第463回:さながらドイツのチューニングカー
最新鋭のスチームアイロンを買ってきた話
2016.08.19
マッキナ あらモーダ!
日本と違うイタリア式アイロン事情
女房が「新しいアイロンが欲しい」と訴え始めた。聞けば、スチームの穴から真っ黒いしずくが垂れるのだそうだ。内部に堆積する水垢(みずあか)が原因と思われた。
ボクが毎日アイロン不要な軽装をしていることもあり、わが家のアイロンの出番は、平均的な家庭より少ない。そのため、新品の購入は長いこと先送りにしていた。
そうこうするうちに、ボクが持つ数少ない白ワイシャツが無数の黒点で染まるという大事件が発生したのだ。
わが家のアイロン史を振り返れば、イタリアに来た当初は今よりもビンボーで立派なアイロンが買えず、旅行用のアイロンで済ませていた。今使っているフィリップス(シンガポール工場製)はその後継機で、少なくとも10年以上現役だ。
熱を伴う家電は、定期的に買い換えるほうが安全上も好ましいだろう。それに女房が一時帰国などで不在となる間は、ボクもお世話になる家電だ。そう考えたボクと女房は、隣町フィレンツェの家電量販店に出向くことにした。
日本では、コードレスのアイロンが主流となって、もはや20年以上がたつ。だが、それはイタリアで“店頭に出ては消え”を繰り返し、まったく定着しない。
以前、「コードレスください」と言ったら、店員に「それ、なんですか?」と聞き返されたこともあったくらいだ。
背景には、アイロンをかける服の量が多いことがある。伝統的家庭では、いまだに下着のパンツ1枚まできっちりとアイロンがけする家が少なくない。約3分ごとにクレードルに戻さなければならないコードレスタイプでは、効率が上がらないのである。
同時に、「ある程度重くないと、かけた感じがしない」というイタリア人も少なくない。その証拠に、「クリーニング屋さんかよ」と思うような、大容量スチームボイラー分離型アイロンも、いまだ数多く売られている。
ボク自身も、東京出張時にホテルでコードレスアイロンを借りると、かけ面がすぐに冷めてしまうのがもどかしいし、そのものの重量が軽すぎて、アイロンをかけた気がしない。
「マットブラック」と「ドイツ製」によろめく
昨今はイタリアの家電量販店も最低限の従業員数で営業している。加えて、メーカーから派遣される販売応援員のような制度もないから、商品知識に富んだ店員を探すのは容易ではない。
実際、訪ねた店でようやくスタッフを探しあてたところで、テレビの担当だった。日本のようにインカムで白物担当を呼び出してくれるようなこともない。
結局、女房とふたりで陳列されている箱から商品スペックを読み解くほうが早いという結論に達した。
これまで使用していたアイロンの後継機になりそうなものを商品棚の中から物色する。プライスレンジを見ると、日本円にして7000円から1万円台前半である。
女房ははじめ、ボクに全権委任しながらも、中盤から「衣類をつるしたまま使えるハンガーアイロン機能が付いているといい」などと言い出した。クルマを選ぶときも、最初は「任せる」とかいいながら、途中から「ペットボトルがしっかり立つクルマを」とかなんとか、注文をつけだす。
それはともかく、そこにあったブランドは、イタリアのアリエーテとイメテック、フランスのティファール、オランダのフィリップス、そしてドイツのブラウン、ボッシュ、ロウェンタである。
これまで使っていたのはフィリップスだったので、今度はドイツものを選ぶことにした。中でも、ロウェンタの「DW6010」がスタイリッシュだ。
ただ、これまでのフィリップスの出力が2200Wだったのに対して2400Wである。とっさにクルマを思い出し、出力が増える=税金が増えると意味不明な恐怖感を抱いた。しかし、箱に印刷した説明によると、逆に従来製品比で3割消費電力が少ないという。
なによりアイロンでありながら、ウエストラインより下(カバーというらしい)がマットブラック塗装され、そのうえにシルバーで花模様が施されているのが個性的である。日本はおろか、こちらの従来品にもないデザインだ。「維持費だ」「性能だ」とかいいながら、最終的に色とデザインで選んでしまう自分は、クルマを選ぶときとまったく同じである。
そのうえMade in Germanyの文字がしっかりと記されているではないか。同じ売り場にあった他のドイツブランドは他国の工場製である。
日ごろクルマに関しては「どこの工場製であろうと、品質管理は同じ」と書きながらも、やはり「ドイツ製」という言葉にはクラッとくる。
値段は87.99ユーロ(約1万0200円)。展示商品の中で2番目に高かったが、万一別居でもすることになった場合、毎日自分が使うことも考えて購入に踏みきった。
“ベンツの刻印”に後光が差す
家に帰って靴も脱がぬまま、早速“ロウェンタ開封の儀”を執り行う。
電源プラグは今までのフィリップスがイタリアで普及している「L型」だったのに対して、ロウェンタは「SE型」もしくは「ティーポ・テデスコ(ドイツ型)」と呼ばれるものだ。SE型はイタリアでもアダプターが広く普及していて、実際わが家にも電気ポット用のお古が転がっていた。まったく問題はない。
それより店頭で見落としていて驚いたのは、その電源コードである。10年以上前のフィリップス同様、「袋打ちコード」と呼ばれる布製なのだ。女房は「むかし東京の家にあった、こたつを思い出す」と笑うが、ビニール製コードより“コスト掛けてます”感がある。
製品全体の印象はというと、前述のマットブラックと、タンク部のグリーンのコントラストのせいで、従来のアイロンにない迫力がある。それでありながら、使い終わって冷却のため部屋に放置した際、あまり奇異な存在感がないのは、デザイナーの腕だろう。
といいながら、子供のころ親が使っていたサンヨー製アイロンの写真を引っ張りだして比較してみると、違いは明らかだ。サンヨーが510型「ブルーバード」なら、ロウェンタは最新のドイツ製チューニングカー的なすごみがある。
そんなことを考えながら、ロウェンタの3D加工が施されたかけ面を観察してみる。
隅に記された製造元は、フランクフルト・アム・マインから南に約70kmの町エアバッハである。そして「Carl-Benz Strasse(カール・ベンツ通り)」の文字が刻まれている。グーグルで調べてみると、その一本裏通りには、「ルドルフ・ディーゼル通り」もあった。
イタリアでは新興住宅地に「エンツォ・フェラーリ通り」「タツィオ・ヌヴォラーリ通り」といった、本人と縁もゆかりもない名称をつけてしまう。それと同様に、ドイツでは工業地帯に「ダイムラー通り」「ベンツ通り」、そして「ディーゼル通り」が少なくないのだ。
したがって、「カール・ベンツの妻で、夫に黙って彼の発明品で自動車旅行を敢行した世界初の女性ドライバー、ベルタ・ベンツが愛用していたアイロンが起源」などというファンタジーは皆無だ。それでもベンツというだけで、妙にありがたみを感じてしまう、今週も能天気な筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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