第465回:飛び出る、突き出す、そそり立つ!
今こそクルマの“突起パーツ”に注目せよ
2016.09.02
マッキナ あらモーダ!
「飛び出すヘッドランプ」命な人たち
イタリア人ファンによる「マツダMX-5ミアータ(日本名:マツダ・ロードスター)」のファンミーティングに参加したことがあった。すでに、2代目のMX-5が市場に出回っていた時期である。
しかしボクを呼んでくれたオーガナイザーは、「なんといっても初代が好きだ」と言って、自分も初代で参加していた。一流銀行勤務ゆえ、決して財布の問題ではなさそうだった。その後もかたくなに初代に乗っているので、あるときどうしてなのか? と聞いてみれば、「初代のリトラクタブルライトがいいに決まってるじゃないか」と教えてくれた。
変わって、昨2015年のこと。ドイツのフランクフルトで、ポルシェファンのミーティングをのぞいた。
ボク個人的には「911」系よりも、「928」や「924」とその仲間たちが好きなので、早速そうしたファンが集まっている一角に足を向けた。
1992年型「968」のオーナーがいたので、その魅力を聞くと、「最後のトランスアクスル・ポルシェだからね」と切り出したあとに、「このポップアップライトが、かっこいいんだよ」と実物を指しながら熱く語ってくれた。
ご存じのとおり、リトラクタブルライトやポップアップライトは突起物ゆえ、空力的には不利となる。さまざまな技術が投入されて、軽量で薄型のヘッドライトが装着可能になった今日、その存在価値は皆無といえる。
しかし、ある年代の人たちにとって「飛び出すヘッドランプ」は、いまだ魅力的なのだ。
ああ、いとしの「パワーアンテナ」
そういう筆者も、今や時代遅れな装備への思い入れがある。その代表がラジオのアンテナだ。
子供時代、クルマの車体、特にトランクリッドからピンと伸びたアンテナは、なんともカッコよく映ったものである。それはボクだけでなかったようだ。小学校の同級生は、愛車(といっても少年用自転車)に、ラジカセのお古と思われるアンテナを、何の役にもたたないのにアクセサリーとして装着していた。
アンテナの中でもカッコいいと思ったのは「パワーアンテナ」である。
ダッシュボード上のスイッチひとつでポールがにょきにょき上下するパワーアンテナは、1970年代前半、一部モデルにしか付いていなかった高級装備であった。
わが家にあった「フォルクスワーゲン・ビートル」のアンテナは、専用のキーを先端に引っ掛け、手動で引き出すという原始的なものだったから、ますますパワーアンテナが輝いて見えたものだ。
時折代車で「アウディ100クーペS」がやってくると、パワーアンテナが装備されていて、それはそれはシビれた。車検でそれがやってくるたび、ボクは車内にこもり、パワーアンテナのスイッチを親に怒られるまで操作していた。
約10年後、わが家にやってきた「アウディ80」にパワーアンテナが付いていたときはうれしかったし、免許をとってそれがボクのものになったときは、ラジオを聴かないのにアンテナを伸ばして走っていたものだ。
今になってみれば、そのころの自分を「バッカねえ」と思う。
それでも今日、ウィンドウやスポイラーの内蔵型アンテナをもったいぶって装備一覧に列記している最新カタログを見るたび、「カッコよさでは、パワーアンテナのほうが上でしょうが」と、ボクは悪態をついてしまう。
“出っ張ってるの”はカッコイイ
冒頭のMX-5オーナーは1977年生まれ。初代の登場年は1989年だから12歳である。免許取得前、最もクルマへの興味がわく年ごろに、MX-5がデビューしたことになる。
ボクのパワーアンテナしかり、免許取得後実際に運転するようになってからよりも、免許を持っていなかったころ、直感的に「カッコいい」と思った装備やアクセサリーが、その後も価値あるものとして心に残るとみえる。
ライトしかり、ポールアンテナしかり。空力上不利なほか、歩行者保護上も好ましくない。いたずらされる確率も高い。
しかし、空力担当エンジニアが「あれさえなければ」と目の仇(かたき)にしてモグラ叩きのごとく減らしてきた、今日時代遅れの突起物こそ、自動車の魅力だったのかもしれない。
車両前方を認識するためのポールや、車幅を認識するフロントフード両端のマーカー……かつてボク自身は、それらをありがたがるおじさんたちを笑っていたものの、彼らにとってはボクのパワーアンテナと同じだったのに違いない。
クルマはますます「脱毛男子」に?
日本の国土交通省は2016年6月、国際基準に準拠してバックミラーに代わる「カメラモニタリングシステム」の使用を認可した。バックミラーという突起物が、またひとつ消えるだろう。
現在グーグルやフォードが開発中の自動運転車のルーフに付いているレーザースキャナーも、いずれはGPSアンテナのように小型化されるに違いない。今の子供たちは将来、ドアミラーや(その前にフェンダーミラーか?)、レーザースキャナーに懐かしさを感じるのかもしれない。
ただ、女性ウケする男性の対象が、毛の濃い男からツルツル脱毛男子へと変わり、“人間のフラッシュサーフェス化”がいとも簡単に進行したように、何の郷愁も抱かないこともあろう。
蛇足ながら、そのころには「ダイヤルを回す」という言い回しも、同じく電話にまつわる英語「Hang up」のように句動詞化が進んでいるだろう。「指のふるえをおさえつつ僕はダイヤル回したよ」「ダイヤル回して手を止めた」といった昭和歌謡曲の歌詞も理解が難しくなるに違いない。
そんな一抹の寂しさを感じたボクであるが、2016年8月、米国ペブルビーチで公開されたメルセデス・ベンツのコンセプトカー「ヴィジョン メルセデス・マイバッハ6」を見て思わず安堵(あんど)した。同ブランドのコンセプトカーとしては久々に、伝統的なマスコットがしっかり立っているのを確認したからである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、日産自動車、フォード、ダイムラー)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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