ホンダNSX 開発者インタビュー
常に挑戦していたい 2016.09.23 試乗記 ホンダ技術研究所四輪R&Dセンター
主任研究員
和田範秋(わだ のりあき)さん
ホンダから「スポーツハイブリッドSH-AWD」を搭載した新型「NSX」が登場。高度なハイブリッド機構と四輪制御システムを通して、ホンダが目指したものとは? 開発の経緯と、そこに込められた技術者のこだわりを聞いた。
「アメリカ製」と呼ばないで
たとえ米国生産でも、新型NSXは日米ホンダの共同開発である。神戸で開かれたプレス公道試乗会で、「ダイナミックアドバイザー」と紹介されたのが、和田さんだった。名刺には「四輪R&Dセンター LPL」と印刷されているが、LPLの部分にはボールペンで斜線が入っていた。新型NSXのLPL(開発責任者)は米国ホンダのアメリカ人のはずだが……。
それはともかく、初代のシャシー開発にも携わった和田さんは、日本側開発チームのキーマンである。
―――聞き慣れない肩書ですが。
和田範秋氏(以下、和田):シャシーの開発部隊はアメリカなので、ダイナミック(動的)な性能の味つけを彼らと一緒にやりました。
―――初代NSXのDNAを説く、的な役割ですか?
和田:そんなエラそうなものではないです(笑)。ただ、今回はパワートレインもシャシーも新規開発なので、サジェッションを与えながら、一緒につくっていった、という感じですね。開発スタート時は、北海道の鷹栖テストコースに彼らを呼んで、テストしました。
―――和田さんもオハイオへ通われた?
和田:行ったり来たりですね。多いときで、毎月。コンピューターのシミュレーションで性能評価もできますが、それではなかなかまとまらない。テレビ会議で話していると、お互い主張するだけで、最後はケンカになっちゃうんですよ。向こうにもけっこう頑固な人がいて(笑)。
―――日米の役割分担でいうと、パワートレインは日本。シャシーはアメリカということですね。
和田:シャシーも基本設計は日本でやって、アメリカで仕上げたという感じです。こっちでつくったパワートレインを送って、向こうでドッキングして、そのテスト車をまた日本にもってくる、なんてこともやりました。そのたびに人も行き来して。国内でつくるのより3倍くらい手間はかかっています。
―――それで、値段も3倍になった?
和田:(ウケる)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
初代NSXのDNAはどこに?
ローンチコントロールを使うと、0-100km/hは3秒台。最高速は、アキュラNSXで307km/h。日本仕様はスピードリミッターが備わるが、サーキットを走るときには、車載モニター上の車両設定で解除することができる。エンジンをきると、スピードリミッターありの初期設定に戻るが。
―――新型NSXで目指したものは、なんでしょう? 「最速のスーパースポーツ」ですか?
和田:いえ、違います。新しいドライブフィールです。ホンダもかつてV10を開発しましたが、やめました。大きなエンジンを使えば、速いかもしれないが、あまり驚きがないんですね。今度のNSXでは、ガソリンエンジンだけじゃできないことをやりたい。モーターにはモーターのいいところがあるし、エンジンにもある。トルクスプリット(左右輪のトルク制御)の技術もだいぶ研究が進んできて、それらを組み合わせて、実際、テスト車をつくってやってみると、おもしろかったんです。フロントのトルクスプリットだけでオーバーステアになる(お尻を振り出す)くらいのポテンシャルがあった。システムとしてすごいポテンシャルを感じました。これを使えば、いままでにないドライブフィールを得られるんじゃないかと。
―――初代NSXは、かなり下敷きにしましたか?
和田:最初だけです。アメリカでつくることが決まってから、NSXのコンセプトをみんなで共有するために、現代のスポーツカーをたくさん集めて、向こうで乗り比べをしました。初代NSXはもちろん古くて、ステアリングギアレシオなんかもスローだから、回頭性がいいわけじゃないですけど、パッとレーンチェンジしたときのリアの位相遅れの少なさとか、直進性のよさとか、運転のしやすさとかはいまもいいよねと。昔、NSXはタバコを買いに行けるスーパーカー、なんて言われましたが、いまはフェラーリだって十分行ける。そういう意味では、ほかのメーカーもこっちに来ている。じゃあ、NSXは次にどうするのか。そのへんの方向性を共有して、開発を始めました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
マニュアルは出ますか?
90年に発売された初代NSXは、標準モデルの5段MTで800万3000円。3リッターV6のパワーは280psだった。新型は2370万円。3.5リッターツインターボV6+3モーターハイブリッドのシステム最高出力は581ps。四半世紀のタイムギャップがあるとはいえ、同一モデルの代替わりでここまで大きく変わったクルマも珍しい。
今度のNSXは複雑なメカトロニクスのかたまりだが、それをつくった和田さんのプライベートはまた別だ。マイカーは「フィットハイブリッド」。MTが好きで、最近「フィアット500ツインエア」(2気筒)を買った。スペシャライズドのロードバイクを愛用するサイクリストでもある。
―――今度のNSXでMTは考えませんでしたか?
和田:ないです。このパワートレインでは成立しなかったかもしれませんが、DCTでちょっとすぐれたものにしたかったので。それと、両方やる余裕はなかったです。
―――今回初めて乗せてもらいましたが、たしかに、ものすごく速いクルマでした。特にワインディングロードではかつてないほど。でも、個人の感想を言えば、たかが2次元の道路を走るのに、こんなに複雑な機構がいるのだろうか、という気もしました。和田さん御自身、自転車乗りでもあって、そうしたジレンマはありませんか?
和田:自己満足かもしれませんが、やっぱり技術の挑戦です。昔のNSXに乗ってみて、ここがよくないという点を直そうとすると、いままでの技術だけではけっこうむずかしい。今回のクルマは、昔のNSXよりはるかに速いスピードで走れて、安定性は次元の違うところにあります。その走りが楽しくないかっていうと、決してそうじゃない。いつもそういうものにチャレンジしたい。たしかに技術は複雑になりますが、また違うものがみえてくる。
―――ステージが上がる?
和田:ええ。「ロータス・エリーゼ」みたいにシンプルなのも好きですけど、こういう世界もやっぱりある。うまく説明するの、むずかしいな(笑)。
(インタビューとまとめ=下野康史<かばたやすし>/写真=荒川正幸、本田技研工業)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
ランボルギーニ・ウルスSE(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.3 ランボルギーニのスーパーSUV「ウルス」が「ウルスSE」へと進化。お化粧直しされたボディーの内部には、新設計のプラグインハイブリッドパワートレインが積まれているのだ。システム最高出力800PSの一端を味わってみた。
-
ダイハツ・ムーヴX(FF/CVT)【試乗記】 2025.9.2 ダイハツ伝統の軽ハイトワゴン「ムーヴ」が、およそ10年ぶりにフルモデルチェンジ。スライドドアの採用が話題となっている新型だが、魅力はそれだけではなかった。約2年の空白期間を経て、全く新しいコンセプトのもとに登場した7代目の仕上がりを報告する。
-
BMW M5ツーリング(4WD/8AT)【試乗記】 2025.9.1 プラグインハイブリッド車に生まれ変わってスーパーカーもかくやのパワーを手にした新型「BMW M5」には、ステーションワゴン版の「M5ツーリング」もラインナップされている。やはりアウトバーンを擁する国はひと味違う。日本の公道で能力の一端を味わってみた。
-
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(FF/6MT)【試乗記】 2025.8.30 いまだ根強い人気を誇る「ホンダ・シビック タイプR」に追加された、「レーシングブラックパッケージ」。待望の黒内装の登場に、かつてタイプRを買いかけたという筆者は何を思うのか? ホンダが誇る、今や希少な“ピュアスポーツ”への複雑な思いを吐露する。
-
BMW 120d Mスポーツ(FF/7AT)【試乗記】 2025.8.29 「BMW 1シリーズ」のラインナップに追加設定された48Vマイルドハイブリッドシステム搭載の「120d Mスポーツ」に試乗。電動化技術をプラスしたディーゼルエンジンと最新のBMWデザインによって、1シリーズはいかなる進化を遂げたのか。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。