第141回:メルセデスに乗る探偵がビッグスリーの陰謀に挑む
『ナイスガイズ!』
2017.02.17
読んでますカー、観てますカー
ライアン・ゴズリングにだまされるな
確かに、ライアン・ゴズリングの勢いは認めざるをえない。2011年の大傑作『ドライヴ』で演じた寡黙な男の秘めた狂気にはしびれたし、『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』で見せたカッコよさは常軌を逸していた。あの作品を観た男全員が、彼をまねてボロボロのTシャツを裏返しにして着たほどである。2014年には『ロスト・リバー』で監督業にも進出。『ラ・ラ・ランド』でミュージカルもイケることを証明し、ゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞した。
すっかりいい男の代表のようになっているが、だまされてはいけない。2010年の『ブルーバレンタイン』を忘れてしまったのか。彼の役は、女性の気持ちがわからないかい性なしの情けない男だった。2007年の『ラースと、その彼女』はもっとヤバい。あろうことか、ダッチワイフを彼女だと思い込むキモい男をリアルに演じていた。
ゴズリングの顔をよく見てほしい。目が中央に寄りすぎていて、アニメによく出てくる間抜けキャラそのものだ。イケメンに見せるため、尋常ならざる努力をしているに違いない。ちょっとでも気を抜けば、ぼんやりしたアホヅラに戻ってしまうだろう。
『ナイスガイズ!』は、久々に彼の類いまれなコメディーセンスが生かされた作品である。何をやっても中途半端なダメ男を喜々として演じている。ホランド・マーチは腕利きとは言いがたい探偵だ。妻とは死別し、13歳の娘ホリーと暮らしている。生意気盛りの女の子で、飲んだくれの父親を尊敬するはずもない。
ポルノの隆盛と排ガス規制が背景
マーチは人探しの依頼を受けて調査を開始した。ポルノ女優のミスティ・マウンテンズが自動車事故で死亡し、真相のカギを握るアメリアという女性を見つけるよう頼まれたのだ。彼の前に強そうなガチムチのオヤジが現れる。示談屋のジャクソン・ヒーリーだ。殴って黙らせるという古典的な手法を使い、腕力頼りの単純明快な仕事をする。乱暴で粗野な男をラッセル・クロウが演じると説得力が増す。
ヒーリーはマーチのアメリア探しをやめさせる仕事を請け負っていた。へっぴり腰の軟弱探偵は抵抗するすべもない。コテンパンにやられてしまうが、ヒーリーが戻ってきて一緒にアメリア探しをすることになる。この映画は、いわゆるバディームービーなのだ。まったく波長の合わない2人が、いがみ合いながら協力して事件を解決していくというタイプの作品である。『リーサル・ウェポン』『ビバリーヒルズ・コップ』『ミッドナイト・ラン』など、このジャンルは名作の宝庫だ。
舞台となるのは、1977年のロサンゼルス。物語はこの時代に大きな問題となっていた2つの出来事を背景にしている。ポルノ産業がメジャーになり、自動車の排ガスによる公害が政治課題となっていた。アメリアはポルノ女優と関わりを持ち、公害に反対する運動にも参加している。この時代のインテリ女子大生にありがちだった行動パターンである。
アメリアの失踪には、政府を巻き込んだ陰謀が関係しているらしい。排ガス規制をめぐる裏取引が絡んでいるのだ。裏で糸を引いているのはビッグスリーである。1970年に提起されたマスキー法はCO、HC、NOxの排出に厳しい規制をかける内容で、自動車会社は対応に苦慮していた。ホンダのCVCCエンジンなどで日本のメーカーは基準クリアのメドをつけていたが、アメリカの自動車業界はロビー活動で徹底抗戦するしかない。
反ビッグスリーの探偵はアメ車に乗らない
スクリーンには良き時代のアメ車が多数登場する。シボレーの「カマロ」「コルベット」「インパラ」、ダッジの「チャレンジャー」「コロネット」、フォードの「マスタング」「マーヴェリック」など。ポンティアックの「GTO」「ファイヤーバード」、キャデラックの「クーペ ドゥビル」「エルドラド」も走っていた。ヒーリーが乗っているのはちょっと古い「オールズモビル・トロネード」である。
しかし、マーチの愛車は「メルセデス・ベンツ280SEコンバーチブル」。ビッグスリーに立ち向かう役なのだから、アメ車に乗るわけにはいかない。反公害運動を支持するアメリアも「フォルクスワーゲン・タイプ181」というマニアックなクルマに乗っていた。
登場人物は、みんな70年代ファッションを身にまとう。男も女もセクシーさを競うのにためらいがない。ジャケットの襟は大橋巨泉並みの広幅だ。キャンパスにはベルボトムジーンズをはいたヒッピースタイルの学生がたむろしている。集団で地面に寝転がっているのは、ダイ・インというパフォーマンス。プラカードには「SMOG KILLS」とメッセージが書いてある。大気汚染がひどくて人も動物も死んでしまうとアピールしているのだ。あの頃は、日本でも毎日のように光化学スモッグが発生していた。
マーチとヒーリーは映画『ポルノッキオ』の完成を祝うパーティーに潜入する。セクシーな衣装に身を包んだ女性たちがEW&Fの演奏に合わせて踊り、プールには半裸の人魚が泳ぐ。部屋の中に漂う煙はマリファナに違いない。ハードコアポルノは大産業となっており、金まわりがよかったのだ。
最後の対決はLAオートショーで
クライマックスの舞台は、LAオートショーである。アトランタのヒルトンホテルで撮影されたのだが、当時の資料映像も挿入されている。大排気量エンジンと豪華装備を誇るモデルだけでなく、時代を反映してエコなコンセプトカーの展示もあった。「3人乗り電気自動車」として紹介されるのは「AMCコンセプト・エレクトロン」。1967年に登場した「アミトロン」の改良型で、ニッケルカドミウムとリチウムニッケルのツインバッテリーを搭載していた。
最高速度は80km/h、最大航続距離は240kmとされる。回生ブレーキを備える当時最新のテクノロジーが装備されていた。ただし、ショーのステージに上げられたのは、パワートレインを持たないドンガラだったらしい。今だってガソリン自動車の代わりにはなり得ていないのだから、70年代の電気自動車は実用化にはほど遠いレベルだった。
環境技術で日本に大きく後れを取っていたビッグスリーは焦っていた。真っ向から勝負しても勝てそうにない。排ガス規制法を阻止するために陰謀を企てたという設定にはリアリティーがある。現実の歴史でも、マスキー法は骨抜きにされてしまった。1975年からCOとHC、1976年からNOxを90%削減しなければならないと定められていたが、1973年に環境保護庁が実施延期を決定する。前年には却下されていた案件だが、ビッグスリーが連邦控訴裁判所に提訴し、全米科学アカデミーの支援を受けて逆転に成功したのだ。
すべてが終わった後、マーチは「どうせ5年後には日本製の電気自動車が流行するのさ」とこぼす。この言葉は、半分当たっている。電気自動車ではないが、環境性能を高めた日本車はまたたく間にアメリカのマーケットを席巻した。40年後にビッグスリーがどうなったかをわれわれは知っている。
この映画は激動の時代を迎えていた世界の自動車産業と環境問題に光を当てた社会派の作品……というわけではない。ダメかわいいライアン・ゴズリングとクマさん体形のラッセル・クロウがイチャイチャするのに萌えるのが正しい鑑賞姿勢だ。ホリー役のアンガーリー・ライスのキュートさも100点。ちょっと水原希子に似ている彼女の今後が楽しみである。
(鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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