第401回:“ランボ復活”の再現なるか?
アウディ スポーツのヴィンケルマンCEOが戦略を語る

2017.04.08 エディターから一言
アウディ スポーツのステファン・ヴィンケルマンCEO。
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アウディのハイパフォーマンスブランドとして今絶賛売り出し中のアウディ スポーツ。そのCEOを務めるステファン・ヴィンケルマン氏が来日した。彼が昨年(2016年)までランボルギーニのCEOとして手腕を振るい、大きな成果を残したことは記憶に新しいが、今回はアウディ スポーツの代表として初来日。メディア向けにグループインタビューが実施された。ヴィンケルマン氏が語るアウディ スポーツの戦略についてお伝えしよう。

ヴィンケルマン氏は、2017年3月28日に催された、アウディ ジャパンによる新型車のお披露目、およびモータースポーツ活動計画の発表会に合わせて来日した。
ヴィンケルマン氏は、2017年3月28日に催された、アウディ ジャパンによる新型車のお披露目、およびモータースポーツ活動計画の発表会に合わせて来日した。拡大
もともと、アウディのモータースポーツ活動や高性能車の開発などを統括していたのはクワトロ社だったが、このほどアウディ スポーツ社に社名を変更した。
もともと、アウディのモータースポーツ活動や高性能車の開発などを統括していたのはクワトロ社だったが、このほどアウディ スポーツ社に社名を変更した。拡大
<プロフィール>
1964年ドイツ・ベルリン出身。ローマで政治学を学んだ後、ミュンヘン大学を卒業。メルセデス・ベンツやフィアットを経て、2005年にアウトモビリ ランボルギーニ社のCEOに就任。11年にわたり辣腕(らつわん)を振るった。2016年3月15日より現職。
<プロフィール>
	1964年ドイツ・ベルリン出身。ローマで政治学を学んだ後、ミュンヘン大学を卒業。メルセデス・ベンツやフィアットを経て、2005年にアウトモビリ ランボルギーニ社のCEOに就任。11年にわたり辣腕(らつわん)を振るった。2016年3月15日より現職。拡大

ランボルギーニ復活に続いて課せられた“大仕事”

――11年以上もの長きにわたり在籍したランボルギーニを離れ、昨年アウディ スポーツのCEOとなったわけですが、当時はどのような心境でしたか?

ステファン・ヴィンケルマン氏(以下、ヴィンケルマン):友人でもある同僚たちと心から愛するランボルギーニを離れることは、とても寂しいことでした。長い時間を共にした、信頼できるチームとお別れしなくてはならなかったのですから。ただ、人生には時にそういった変化は必要だし、新しいチャレンジをするのも悪くないことだと考えるようにしました。実際にアウディ スポーツに移ってみると、非常に素晴らしいメンバーがそろい、その誰もが情熱を持って仕事をしていることがすぐにわかりました。本当にいいクルマを作っていることがすぐに理解できました。

――就任後、クワトロ社は名称をアウディ スポーツ社と改めました。新たなスタートを切った新会社アウディ スポーツと、そのCEOに課せられた使命をどのように考えていますか?

ヴィンケルマン:今回の社名変更は絶対に必要なことでした。というのも、クワトロはあくまでオプション、つまり選択されるものであり、必ずしもすべてのモデルのUSP(Unique Selling Proposition)だったとはいえないからです。それに対してアウディ スポーツは、アウディのスポーティーなものすべてを含んだ象徴的な存在とし、ロゴもインパクトのある赤としました。これによりアウディ スポーツが扱う商品とブランドがしっかりとマッチするようになりました。

今、われわれに課せられていることは、できるだけ早くアウディ スポーツの認知度を高めること。クワトロ時代は、商品を宣伝するだけでブランドのプロモーションはあまりやっていませんでした。本来ブランドとは、ラインナップすべての価値を示す存在です。ですから、その認知度を高め、ブランドを盛り上げることは非常に大切です。もちろん新モデルや商品の開発は行っていきますが、まずはアウディ スポーツ自体を盛り上げることが大切だと考えています。

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