第416回:非日常の世界へようこそ!
「浅間ヒルクライム2017」参戦リポート
2017.06.01
エディターから一言
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日本のモータースポーツゆかりの地である浅間。そこで開催されているヒルクライム競技に、webCGのスタッフが参戦した。国内ではまれな、公道封鎖型レースの模様を、エントラントの視点からリポートする。
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地元有志の夢かなう
「モータースポーツに興味はあるけど、雑誌や映像で見るのがもっぱら。自ら競技に参加するのは、ちょっとハードル高いなぁ……」
というのが、多くのクルマ好きの、モータースポーツへの向き合い方ではないだろうか。かくいう筆者も、自動車メディアの編集者ではあるものの、基本的にはそういうスタンス。高校時代は世界ラリー選手権(WRC)に興味を持ち、20年もたって、その花形だった「ランチア・デルタHFインテグラーレ」を手に入れたけれど、なにも競争しようとは思っていない。あくまで見るもの語るもの、なんです。
なのに今回、ラリー競技に参加することになったのだから困った。しかも「浅間ヒルクライム」。聞けば、プロのレーシングドライバーを含め、全国から猛者が集まるそうじゃないですか……。
イベントの概要をざっと説明すると―― 浅間ヒルクライムは、長野県小諸市に広がる高峰高原の一般道を使って開催されるモータースポーツ。そもそもの興りは、県内の有志、つまり地元のクルマ好きが、「海外で開催されているヒルクライムを、自分たちの愛車を使って、国内でやってみたいなぁ」と盛り上がったのがきっかけだそう。それからの奔走劇はここでは省くが、大変な苦労を重ねて行政を動かし、2012年に初開催を実現させた。
2014年の第3回からは公道の一部を一定時間“完全封鎖”して行うものとなり、参加車両もおのずと、ナンバーの付かない競技車両やカスタマイズカーが多く含まれるようになってきた。その盛り上がりに誘われて、ポルシェやルノー、ゼネラルモーターズなどの自動車メーカーも参加。いまでは地元自治体である小諸市も積極的にバックアップする、立派なイベントへと成長している。
「楽しく走る」が一番
2日にわたる競技の運営スタッフは、ほとんどが地元や首都圏から集まったボランティア。しかし、そんな手作りな大会の関係者がヒルクライムに注ぐ情熱と愛情は相当なものだ。事務局の方々はもちろん、混雑の激しい駐車場の誘導ひとつとっても早朝から日暮れ時まで大変だと思うけれど、皆さん実に楽しそうに(しかし真剣に)取り組んでいる。なんだか、学校の文化祭や地域の伝統的なお祭りを成功させようという、あの雰囲気に似ている。
そんな浅間ヒルクライムのエントラントは年々増え続けている。第6回となる今大会は167台で、これが車両の生産年を基準に「クラシッククラス」(戦前~1960年代)、「ネオクラシッククラス」(1970~1990年代)、「モダンタイムスクラス」(2000年以降)の3カテゴリーに分類される。排気量やボディー形状の区別はナシ。そして、それぞれの上位1~3位には賞が与えられる。
とはいっても、浅間ヒルクライムは「速さを競う競技」にあらず。決められた8.4kmのコース(小諸市の市街地から高峰高原へと続く、通称チェリーパークラインの一部区間)を、大会2日間にわたって、目標スピードの「59km/h」にどれだけ近い平均速度で走れたかで争われるのだ。
でも、熱気ムンムンの駐車場に並んでいる参戦車両は、派手なカラーリングやエアロパーツでドレスアップした最新の競技車両や、往年のレースを戦ったヒストリックマシン、サーキット専用車ばかり。どう見ても“スピード重視”だ。中にはふつうの市販車両もいるけれど、少数派。自分がステアリングを握るノーマルのランチア・デルタなんて、ここでは地味すぎて、まるで存在感ゼロなのだった。
多くの参加車両は速すぎて、持てる力を出し切ったら勝利が遠のいてしまう。そもそも、隣でペースを教えてくれるコ・ドライバー(同乗者)がいなければ、入賞は難しいだろう。会場の参加者にその点をたずねてみると、同乗者の有無に関わらず、多くの方が「勝ち負けにはこだわらない」との答え。「楽しく走るのが一番ですよ」という言葉が、異口同音に聞かれた。
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気分はプロのドライバー
車両のコンディションを確認する車検や、主に競技の注意事項を伝えるドライバーズミーティングを終えたら、出走者はふもとのスタート地点へと移動。およそ170台の車両が数珠つなぎになって、これから競技で上るコースをいったん下っていく。
ふもとのパドックに全車そろったら、1台ずつ順番に出走となる。その間隔は、20秒から最大1分。どれくらい開けるかは、マーシャルが前後の車両の性能差を見て判断する。腕の差もわかったらベターなのでしょうが……。
1台、また1台と出ていって、いよいよ自分の番。「スタート!」の掛け声とともに、まずは50km/h制限のリエゾン区間を走行。2kmほどでタイム計測の起点に至り、そのゲートを通過すると同時に本番スタートとなる。
チェリーパークラインそのものは、日本の山岳部で多く見られる、ごく一般的なワインディングロードだ。ただ、道路を貸し切りにして行われる浅間ヒルクライムでは、対向車線も走行路として使える。となれば、左右いっぱいに道幅を使って、華麗なライン取りでコーナーを気持ちよくクリア! ……といきたいところだけれど、慣れない身だとつい白線が気になって、左車線をなぞってしまう。
苦笑いしたその瞬間、後ろから迫ってきた爆音のマシンにズドンと抜かれた。高性能バイク「スズキ隼」のエンジンを積んだ、「フォーミュラ・スズキ隼」だ。立て続けに、さらに3台がパス。信州の市道で、フォーミュラカーに抜かれるなんて! あまりにも非日常的な光景に、声をたてて笑ってしまった。
コースの後半では、多くの報道カメラマンが待ち構えていて、レンズの砲列を向けられる。気分はすっかりWRCのラリードライバー。なのに、走りがショボくてすみません……。と、伏し目がちになったところで前方の視界がパッと開けた。フィニッシュラインの周囲は観戦スタンドになっていて、大勢のギャラリーが手を振って迎えてくれるのだ。ちょっと照れくさいけれど、うれしい。いつか「マラソン大会に出ると、沿道の方に手を振ってもらえるのが快感になってくる」と聞いたことがあるが、それもきっと、同じ心境に違いない。
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あわやビギナーズラック!
明けて2日目のヒルクライムは、心にもだいぶゆとりが出てきた。スタートが待ち遠しく思えて、「今日こそはスマホのストップウオッチを使って好タイムを狙おう」などと意気込む。が、グローブをはめた手ではタッチパネルの操作ができず、ガックリ。あとはひたすら運転に集中するだけになった。幸い路面には、前日に皆さんが残したタイヤ痕がうっすら。レコードラインのガイドに導かれつつ、楽しくワインディングロードを駆け上がった。
大胆に対向車線まで使って、右へ左へコーナーをクリアしていると、だんだん無心になってくる。「あっという間」のゴール地点では、前日に続いてたくさんのギャラリーが自分のゴールを祝福してくれた。なんともいえない、非日常感と一体感。これが、多くのドライバーがリピートしたいと思う浅間ヒルクライムの醍醐味(だいごみ)なのだろう。
もちろん、モータースポーツであるからには、興味の焦点は「走り」だ。実際どんな数字が出たかというと―― 最も速かった「トヨタ・ヴィッツ」(ラリー仕様)の平均時速が86.897km/h。計測区間8.4kmの通過タイムは5分48秒だった。ちなみに、自分のタイムは、8分31秒。平均時速は59.178km/hで……あれ? 全出走者中、2位!? これって、もしやビギナーズラック!? ……と喜んだのもつかの間、成績はこの2日目と1日目(18位)の車速を平均して決まるため、残念ながら入賞はならず。ちなみに、総合優勝者の平均時速は、目標の59km/hに対して、“ジャスト”と言っていいであろう0.053km/h差。勝負の世界は、やっぱりシビアなのだった。
そんなビギナーがため息をつく一方で、運営の方々は早くも次回の準備を見据えている。聞けば、ボランティアの手配や安全管理など、まだ課題は残されているという。公道を封鎖している一定時間に行う競技だから、おのずと出走台数が限られ、増え続ける参加希望に応えきれない悩みもあるのだとか。でも、そうした問題意識があるからこそ、この手作りのイベントは成功しているのだろうし、今後も成長していくに違いない。願わくば、浅間ヒルクライムを好例として、同様のイベントがさまざまな地域で開催されますように。そして、多くの人が競技に参加するよろこびを味わい、ニッポンの自動車文化がいっそう豊かなものになりますように。
(文=webCG 関 顕也/写真=沼田 亨、webCG)
→「浅間ヒルクライム2017」参戦車両のフォトギャラリー(前編)はこちら
→「浅間ヒルクライム2017」参戦車両のフォトギャラリー(後編)はこちら
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関 顕也
webCG編集。1973年生まれ。2005年の東京モーターショー開催のときにwebCG編集部入り。車歴は「ホンダ・ビート」「ランチア・デルタHFインテグラーレ」「トライアンフ・ボンネビル」などで、子どもができてからは理想のファミリーカーを求めて迷走中。
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