第512回:ダサかっこいいフィアットで「新婚さんいらっしゃい!」
2017.07.28 マッキナ あらモーダ!送迎車といえば
日本の結婚式では、ホテルや結婚式場によって、立派な送迎車を売りにしているところがある。今年の春、東京を訪れたときも、後席にカップルを乗せたロールス・ロイスの2ドアコンバーチブル「コーニッシュ」が走ってきたので、よく見れば近くの結婚式場から出てきたのであった。
自動車雑誌『CAR GRAPHIC』初代編集長の小林彰太郎氏がもし存命なら、この光景を見て「本来バカンス用のボディータイプを、運転手付きで式典に用いるとは笑止千万」などと憤慨していたかもしれない。
ボク自身は、もし新婚でも用途うんぬん以前に、東京で浮世離れしたロールス・ロイスというだけで気恥ずかしくなってしまうだろう。
しかしながら本国でも見る機会がめったになくなったコーニッシュ(I~IVシリーズ)である。短く見積もっても車齢21年の英国車が、東洋の島国で現役なのだ。ましてやハレの日に立ち往生は絶対に許されないわけである。ボク個人としては品質がよくなかった時代の英国車を日々整備しているメカニックの苦労に、敬意を表さずにはいられない。
「フィアット124」発見
今回は結婚式のクルマのお話である。
先日、ローマの北東約80kmにある町リエティを訪れた。この町は地理的に長靴型半島のほぼ中心とされることから「イタリアの、へそ」と呼ばれている。
日曜日の午前、町随一のホテル前に紺の「フィアット124」がたたずんでいた。124といっても、今話題の新型「124スパイダー」や、その元祖となるスパイダーではない。元祖のベースとなった「124ベルリーナ」である。
1966年に誕生したフロントエンジン・リアドライブのファミリーセダンで、イタリアでは1974年までカタログに載り続けた。後輪にコイルスプリングを採用するなど、一部には若干進んだスペックがおごられていた。だが全体的には、そのスタイリングとあいまって、ひと昔前の自動車教習所におけるカットモデルのごとくコンベンショナルな構造であった。
いっぽうで、その質実剛健な設計のおかげで、トルコ、エジプト、スペイン、インド、さらには韓国(アジア自動車)などでライセンス生産が行われ、新興国のモータリゼーションを支えた。特に旧ソビエト連邦/ロシア版の「ラーダ2101」は、ネーミングを変えながら、なんと2012年まで生き延びたことで知られる。
祖父のクルマをハレの日に
「なんとダサかっこいいデザイン」と思いながら鑑賞していると、間もなく男女がホテルから出てきてクルマに近づいた。
男性は花を持ち、女性はウエディングドレスを抱えている。声をかけてみれば、前日にホテルで披露宴をしたばかりの新婚夫婦だった。
新郎のジョルジョさん(33歳)は、普段はイタリア北東部のトリエステのスポーツジムで働いているが、新婦フランチェスカさんとの結婚式と披露宴のため、故郷リエティに戻ってきたのだという。フィアット124は、結婚式用のクルマだったのだ。
イタリアでは結婚式当日、新婦が家から式を行う教会もしくは市役所への移動や、披露宴会場へと向かうクルマに、ちょっとした気合を入れることが少なくない。多くはレンタカーやハイヤーをチャーターしたり、ちょっといいクルマを持っている友達に頼んで借りたりする。だが、時折みられるのが「家に眠っている、古いクルマを引っ張り出す」カップルだ。ジョルジョさんの場合もそれだった。124はもともと彼の祖父が購入したもので、その後彼の父親が引き継いだものという。
フェラーリでなくていい
こうした古い家族車が生きているのは、ガレージもしくは「カンティーナ」といわれる広い物置に古いクルマを押し込んでおくイタリアならではである。時には、クルマの横に生ハムの塊がつるしてあったりする。
ボクが熱心に写真を撮っていると「ボクのおじいさんも、天国で喜んでると思うよ」とジョルジョさんはつぶやいた。
クルマに乗り込んだ彼らに「この124でこれから新婚旅行に行くのかい? 」と声をかけると、「そんなことしたら、おやじにぶったたかれるよ!」とジョルジョさんは豪快に笑った。その口ぶりからは、彼の父親の124に対する溺愛ぶりが想像できた。
その後彼らは、父親のガレージへ車両返却に向かった。ただし、いつかはジョルジョさんが124を引き継ぐだろう。そして、未来には彼らの子供が結婚式に使う日がやってくるに違いない。
フェラーリやマセラティでなくてもいい。オーソドックスな家族車でも、時がたてばハレの舞台を立派に飾れる。なんともほほ笑ましいではないか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=渡辺 忍)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」 2026.8.27 イタリア・シエナで開催された「アルファ・ロメオ・スパイダー/GTV」のささやかなオーナーミーティングを、地元在住の大矢アキオが取材。あなたにとって最後で最高のアルファ・ロメオは、いつの世代のどのモデルですか?
-
第975回:ホンダ&スバルのTシャツがイタリアを席巻中 2026.8.20 イタリアで、ホンダやスバルをモチーフにした“日本車Tシャツ”が人気に。自動車をモチーフにしたアパレルの世界で、日本車や日本のブランドがもてはやされる理由とは? 素直に喜べないその背景を、現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う 2026.8.13 ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。
-
第973回:静かになりすぎたクルマと「聴かせて、聴かせて隊」に思うこと 2026.8.6 最近イタリアでよく見かけるという、道行くスポーツカーやスーパーカーのドライバーに、豪快なエキゾーストサウンドをせがむ若者の姿。彼らの存在は静かになりすぎた四輪車に対するアンチテーゼか? 現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代 2026.7.30 イタリアで急速に進む、自動車販売店の統廃合と巨大グループの伸長。その背景にはどんな理由があり、私たちにどんな変化をもたらすのか? 現地在住の大矢アキオが、変わりゆく自動車販売のあり方を考察するとともに、消えゆく街かど自動車文化に思いをはせた。
-
NEW
日産キックスX e-4ORCE(前編)
2026.10.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産キックス」に試乗。デザインが新しいのはもちろんのこと、まさに下ろしたての最新のパワートレインを搭載。日産の大きな期待を背負ったコンパクトSUVである。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。 -
三菱eKクロスEV P(FWD)【試乗記】
2026.10.17試乗記三菱の軽乗用電気自動車(EV)「eKクロスEV」が、一部改良でデザインを刷新! 2022年発売の古参の一台は、台頭するライバルをどう迎え撃つのか? 最新モデルと比べても、キラリと光る魅力はあるのか? 軽EVのパイオニアが擁する一台の実力を確かめた。 -
写真で解説する「フィアット・グランデパンダ」
2026.10.16画像・写真ステランティスが「フィアットブランドの大きな柱のひとつとなる重要なモデル」と位置づける「グランデパンダ」が日本上陸。その具体的な見どころを、写真とともに解説する。 -
フィアット・グランデパンダ ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)【試乗記】
2026.10.16試乗記欧州を代表するコンパクトカーの一台である「フィアット・パンダ」が第4世代に進化。新たに「グランデパンダ」を名乗り、日本にやってきた。ずばり新型の見どころは車両の随所にちりばめられた初代モデルへのオマージュである。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。 -
スズキの未来を徹底検証! 技術戦略説明会から“10年先のスズキの姿”を夢想する
2026.10.16デイリーコラム年間生産500万台で、Dセグメントまでカバーする巨大メーカーに!? スズキが発表した「10年先を見据えた技術戦略2026」を徹底検証。技術開発に製品開発、インドを核としたグローバル戦略などの中身を通して、「10年先のスズキの姿」を予想した。 -
賢い選択 ――キャデラック「LYRIQ」フラットプランのすゝめ――
2026.10.15投資家も太鼓判! 「キャデラック・リリック」×フラットプランという最適解<AD>クルマが変わり、時代も変われば“持ち方”だって変化する? お金のプロである投資家が、「キャデラック・リリック」の残価保証型リースを勧める理由とは? 夢の「2台持ち」をかなえる、最新電気自動車の賢い選び方を考えた。





































