第155回:激走! 超希少ブガッティがポルシェと高速バトル
『スクランブル』
2017.09.21
読んでますカー、観てますカー
ありがち……いや、あり得ないカーチェイス
ラスト近く、ド派手なカーチェイスシーンがある。この映画で一番の見せ場だ。ブガッティで逃げる主人公を悪者が乗ったポルシェとマセラティが追いかける。片側は切り立った岩壁で反対側は申し訳程度のガードレールしかない崖。一つのミスが命に関わる険しい山道だ。主人公は巧みなドライビングテクニックで追いすがるマフィアを振り切る――。
ギリギリの状況で高速バトルを繰り広げるというのは、クライム・サスペンス映画ではありがちな展開だ。ハイパワー車がとてつもないスピードで危険な道を駆け抜けるというクライマックスシーン。言葉で説明すれば、特に違和感を持たないだろう。普通はそのブガッティが「ヴェイロン」だと思ってしまうからだ。
実際にスクリーンの中で走りまわっているクルマは、異様な形をしている。半ば独立したフロントフェンダーを持つロングノーズに半球形の巨大なキャビンが組み合わされ、フロントからリアエンドまでボディーセンターをフィン状の突起が貫く。これは「世界で最も美しいクーペ」と称される「タイプ57SCアトランティック」なのだ。1937年のクルマである。
スーパーチャージャー付きの直列8気筒エンジンを搭載し、最高速度は200km/hに達したというから、当時としては飛び抜けた高性能車だった。ただ、カーチェイスを演じるポルシェとマセラティは最新モデル。いくら腕のあるドライバーでも、勝負になるわけがない。ドリフトでコーナーを抜けていったアトランティックを追ってきたマセラティが曲がりきれずに岩壁に激突するなんて、本来なら起こり得ないことだ。そんなことを気にするのはやぼというもの。『スクランブル』は、細かいことを言わずにスピード感とどんでん返しを楽しむ映画なのだ。
マフィアの豪華な名車コレクション
主人公は自動車泥棒をなりわいとするフォスター兄弟。2人でヨーロッパ中を荒らし回っている。兄のアンドリューを演じるのは、スコット・イーストウッド。クリントさんの息子だ。『ワイルド・スピード ICE BREAK』ではちょっとお間抜けな役だったが、この映画では堂々たる正統派のイケメンである。弟ギャレット(フレディ・ソープ)とあまり顔が似ていないのは、異母兄弟という設定でつじつまを合わせている。
今回のターゲットは、オークションで競り落とされたばかりのブガッティ・アトランティックだ。事故でばらばらになった破片を集めて修復した1台を含めても、現存するのはたった3台。落札価格が4100万ドルというのも納得だ。フォスター兄弟は輸送中のトランポを襲い、首尾よくクルマを手に入れる。しかし、落札者の素性が悪かった。南欧最大のマフィアを率いるモリエール(シモン・アブカリアン)である。兄弟は捕らえられてマルセイユにある彼の豪邸に。殺されるのかと思ったら、なぜか自慢のコレクションルームに連れていかれた。
「アルファ・ロメオ158」「BMW 327カブリオレ」「シェルビー・コブラ」「ジャガーXK120」「オースチン・ヒーレー100」などが並べられ、クルマ好きなら目がくらんでしまいそうだ。コレクションのラインナップに一貫した流れがないとか、面倒なことは言いっこなし。彼らが目の保養をさせてもらったのは、冥土の土産だろう。親分のクルマを奪ったのだからおとがめなしというわけにはいかない。モリエールはショットガンを構えて兄弟に銃口を向ける。
ここで、兄弟は取引を持ちかける。コレクションに新たな1台を加える代わりに解放してほしいと要求したのだ。モリエールの宿敵クレンプ(クレーメンス・シック)から「フェラーリ250GTO」を盗み出すという魅力的な提案である。マフィアの大物にしては詰めの甘いところがあるモリエールは、1週間という期限付きで快諾。これがクルマ好きの性(さが)なのだ。大事なクルマに当たる危険がある場所でクルマ好きがショットガンをぶっ放すだろうか、という疑問はひとまず封印しておこう。
本物の鋳型で作られたレプリカ
クレンプのガレージは、モリエールとは対象的に赤一色だ。フェラーリにしか興味がないらしい。新世代モデルも好きなようで、「テスタロッサ」「F40」「エンツォ」などが並べられている。彼も見知らぬ若造にコレクションを自慢するのだから、冷酷無比な犯罪者というタイプではなさそうだ。脇の甘さがアダとなり、後でコロッとだまされるのではないかと心配になる。
250GTO奪取計画が進められる中、インターポールまで登場して誰が敵やら味方やらよくわからないカオス状態に。いろいろあってモリエールのコレクションを外に持ち出すことになり、名車が数珠つなぎになって街なかを走っていく。なんだか見たことのある光景だと思ったら、旧車イベントに似ているのだ。これから秋のシーズンを迎え、各地でこのシーンのようなパレードが繰り広げられるだろう。
言うまでもないが、使用されているブガッティ・タイプ57SCアトランティックはレプリカである。世界遺産級のクルマでバトルするなんて恐ろしいことはできない。ただ、レプリカとはいえ、限りなく本物に近い仕様だ。ラルフ・ローレンが所有しているモデルの修復に使われた鋳型を借りて、撮影用に2台製作した。さすがにエンジンまでは作れず、ローバー製で代用したという。ついでに言うと、250GTOもレプリカだ。
フェラーリの新世代モデルや、ジャガー、コブラあたりはすべて本物が使われている。BMW 327も本物だというから恐れ入った。盗み出したクルマを運ぶシーンがパレードっぽくなってしまったのを責めることはできない。憧れのクルマが元気に走っているのを見られるだけでありがたいこと。ブガッティ・アトランティックの激走なんていう非現実的な映像は、映画でなければ見られないのだから。付け加えておくと、イケメン2人にはそれぞれふさわしい相手がカップリングされているので、美女好きへの配慮も万全。頭でなく目で楽しむにはオススメの作品である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第285回:愛のためにフルヴィアクーペで突っ走れ!
『トリツカレ男』 2025.11.6 夢中になるとわれを忘れるトリツカレ男がロシアからやってきた少女にトリツカレた。アーティスティックな色彩で描かれるピュアなラブストーリーは、「ランチア・フルヴィアクーペ」が激走するクライマックスへ! -
第284回:殺人事件? トレーラーが荒野を走って犯人を追う
『ロードゲーム』 2025.10.30 あの名作のパクリ? いやいや、これはオーストラリアのヒッチコック好き監督が『裏窓』の設定をロードムービーに置き換えたオマージュ作品。トレーラーの運転手が卑劣な殺人者を追って突っ走る! -
第283回:ドニー・イェン兄貴がE90で悪党を蹴散らす!
『プロセキューター』 2025.9.26 ドニー・イェン兄貴は検事になっても無双! 法廷ではシルバーのウィッグをつけて言葉の戦いを挑むが、裁判所の外では拳で犯罪に立ち向かう。香港の街なかを「3シリーズ」で激走し、悪党どもを追い詰める! -
第282回:F-150に乗ったマッチョ男はシリアルキラー……?
『ストレンジ・ダーリン』 2025.7.10 赤い服を着た女は何から逃げているのか、「フォードF-150」に乗る男はシリアルキラーなのか。そして、全6章の物語はなぜ第3章から始まるのか……。観客の思考を揺さぶる時系列シャッフルスリラー! -
第281回:迫真の走りとリアルな撮影――レース中継より面白い!?
映画『F1®/エフワン』 2025.6.26 『トップガン マーヴェリック』の監督がブラッド・ピット主演で描くエンターテインメント大作。最弱チームに呼ばれた元F1ドライバーがチームメイトたちとともにスピードの頂点に挑む。その常識破りの戦略とは?
-
NEW
ベントレー・コンチネンタルGTアズール(4WD/8AT)【試乗記】
2026.1.19試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」のなかでも、ウェルビーイングにこだわったという「アズール」に試乗。控えめ(?)な680PSのハイブリッドがかなえる走りは、快適で満ち足りていて、ラグジュアリーカーの本分を感じさせるものだった。 -
NEW
第327回:髪もクルマもナイスファイト!
2026.1.19カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。日産の新型「ルークス」で夜の首都高に出撃した。しっかりしたシャシーとターボエンジンのパワフルな走りに感心していると、前方にスーパーカーの姿を発見。今夜の獲物は「フェラーリ・ローマ」だ! -
NEW
日本で売れるクルマはあるのか!? 最新の“アメリカ産ニホンシャ”を清水草一が検証する!
2026.1.19デイリーコラムアメリカからの外圧による制度変更で、北米生産モデルの国内導入を決めたトヨタ。同様に、今後日本での販売が期待できる「海外生産の日本車」には、どんなものがあるだろうか? 清水草一が検証してみた。 -
フェラーリ12チリンドリ(後編)
2026.1.18思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「フェラーリ12チリンドリ」に試乗。前編では伝家の宝刀であるV12エンジンを絶賛した山野。後編ではコンビを組むシャシーの印象を余すところなく聞いてみた。 -
BYDシールAWD(4WD)【試乗記】
2026.1.17試乗記BYDのBEVサルーン「シール」の機能アップデートモデルが登場。強化のポイント自体はそれほど多くないが、4WDモデルの「シールAWD」は新たに電子制御式の可変ダンパーを装備したというから見逃せない。さまざまなシーンでの乗り心地をチェックした。 -
新生ノートンがいよいよ始動! 名門の復活を担う次世代モーターサイクルの姿に迫る
2026.1.16デイリーコラム英国のモーターサイクル史にあまたの逸話を残してきた名門、ノートンが、いよいよ再始動! その数奇な歴史を振り返るとともに、ミラノで発表された4台の次世代モデルを通して、彼らが思い描く未来像に迫った。









