第62回:謎の快音マフラーふたたび(その1)
2017.10.10 カーマニア人間国宝への道サウンド重視のフェラーリ用マフラー
秋になった。
秋が来れば思い出す。はるかなフェラーリ、どうなった~♪
実は本当に“はるかなフェラーリ”になっていた。夏の間は、快音マフラー工房・キダスペシャルにマフラー製作を依頼し、赤い玉号こと愛機「328GTS」をずっと預けていたのである。
キダスペシャル。それは喜多 豊さんというマフラー職人がおっぱじめたマフラーブランド……というよりマフラー屋さんだ。今回はあえて“快音マフラー工房”などというこじゃれた言葉を使ってみたが、実際は、どくだみ荘的町工場とでも申しましょうか? 勘と経験に頼った完全手作りの、ものすごく原始的なマフラー工場であります。
私とキダスペシャルとの関わりは長い。私にとって最初のフェラーリである「348tb」用のマフラーを作ってもらったのが、94年春。そこから数えると23年になる。
23年前。当時、マフラーを交換するのは、よりパワーを出すためだった。マフラーだけでそんなにパワーが上がるはずもないのだが、とにかく世はまだまだパワー重視。どんだけ速くなるかがすべてであり、マフラー屋さんは、ウソでもなんでも「〇〇馬力アップ!」をうたい文句にしていた。
ところがキダスペシャルは、ズバリ、サウンド重視だった。マフラーでパワーが大増大なんてあるわけないが、音色は変えられる。楽器のように。
大人気! キダスペシャル
当時は、「NSX」や「GT-R」、「ランサーエボリューション」など国産スポーツが世界を席巻しており、フェラーリなんてのは、値段が高いばっかりで故障しまくるポンコツ、というのが世のクルマ好きの認識になっていた。
そこで喜多さんは、「速さではかなわないけど、音色なら勝てる」ということで、サウンド重視のフェラーリ用マフラーを開発したのである。
まぁ開発したといっても、勘と経験値でテキトーに作ったらすっごくいい音がしただけなのだが、私はそのサウンドを池沢早人師先生の「348」で体験して完全に魂を奪われ、その後自分の348にも装着。以後、キダスペシャルとの長い付き合いが始まった。
このあたりのことは、拙著『そのフェラーリください!!』(三推社レッドバッジシリーズ刊・とっくに絶版)にくどくど書き連ね、大反響をいただきました。
まぁ大反響といってもたかが知れてはいますが、版元のベストカー編集部には相当数の問い合わせ電話があり、キダスペシャルには注文が殺到した。
まぁ殺到といっても、月に6本作ってたのが倍になっちゃって大変だよ~、くらいのものかと思うが、謎の快音マフラー・キダスペシャルに対する反響は、拙著のメインテーマであった「フェラーリの真実の姿を赤裸々に暴露!」と同じくらいのインパクトをもたらした。
当時、フェラーリ用の後付けマフラーは、ケーニッヒなど輸入ものがメインで、大変高価であった。しかしキダスペシャルをきっかけとして、フェラーリ用の国産マフラーが次々と開発され、競争が激化したのでありました。私も一時は他社のマフラーに浮気しましたが、「360モデナ」からキダスペシャルに復帰し、以後愛用しております。
赤い玉号用もついに完成
そのキダスペシャルだが、現在は喜多師匠がご高齢のため引退され、舎弟だった岡田ピーが、2代目として東久留米の快音工房(!?)でコツコツと活動している。
この岡田ピーという男、もともとはコピーライターだったが、私のフェラーリ本を読んでエノテンからフェラーリを購入し、いつのまにか喜多師匠に弟子入りしてマフラー職人になってしまった男。縁は異なものである。前愛車である「458イタリア」用のマフラーも彼に製作を依頼し、見事な火を噴いた。
今度の赤い玉号は、購入時すでにMSレーシングのマフラーが付いており、私好みのワイルドなサウンドを奏でていたので、交換の必要性はほとんど感じなかったが、キダスペシャルこそ私に“天使の絶叫”を教えてくれた張本人。長年の付き合いもある。
そこで、「これを超えるマフラーを、作れるものなら作ってみてくれ!」と、マフラー製作を依頼した次第でした。
そのマフラーが完成したとの報が届いたのは、9月も半ばのことだった。
東久留米。それはいったいどこにあるのかと申しますと、東京都の多摩地域の東端であります。
私は西武池袋線に乗って、トコトコと東久留米に向かいました。
さぞやとんでもないド田舎だろうと思って駅を降りると、驚愕(きょうがく)の一大ターミナル! 商業ビルが林立する立派な駅前ロータリーに失神しそうになりました。う~ん、地元・西永福駅の10倍は繁栄してる……。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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