アストンマーティン・ラピードS シャドーエディション(FR/8AT)
想像をかき立てる4ドアアストン 2017.10.13 試乗記 「アストンマーティン・ラピードS」は実に不思議な存在だ。ある時はスポーツカー、またある時はフォーマルサルーン、そしてハッチゲートを開ければロードバイクだって積めそうな“ユーティリティービークル”に早変わりする。しかしてその実体は……。 特別仕様車「シャドーエディション」に試乗した。ピークパワーが573psへ
アストンマーティンがほしい。でも、リアシートもほしい、という人のためのクルマがラピードである。
アストンのVHプラットフォームを拡大して、リアドアと後席2座を増設した。エンジンはヴァンキッシュSやヴァンテージにも使われる自然吸気6リッターV12“AM29”ユニット。ZF製8段ATをリアに置くトランスアクスルの後輪駆動であることも他のアストンと同じだ。
ストレッチされたアルミフレームのボディーは、全長5019mm、全幅1929mm。テールゲートを開けると、後席うしろには荷室らしい荷室もある。いちばん積めるアストンであることは間違いないが、前後重量配分49対51というウェイトバランスのよさは相変わらずだ。車検証の前後軸重は、前1000kg/後1020kg。アルミボディーをもってしても、2tを超す重厚長大4シーターである。
ラピードが登場したのは2010年。4座でもまぎれもないアストンマーティンであることをアピールするために、ウルリッヒ・ベッツCEO(当時)らのドライビングでその年のニュルブルクリンク24時間レースに参戦し、クラス2位を獲得している。2013年には現行のラピードSに進化して、477psから558psにパワーアップした。今回試乗したのは、シャドーエディション(2553万4983円)。出力をさらに573psまで上げ、専用の内外装色を与えたラピードSの最新モードである。
スポーツカーよりスポーティー
ラピードSに乗ったのは、「フェラーリ488GTB」の直後だった。たまたま同じ日に撮影をしたからだ。
488GTBから乗り換えると、居住まいからしてまったく違う。トーボードは深く、ステアリングホイールは胸元に近い。正しい英国製スポーツカーのドライビングポジションである。330km/hまでの速度計も、逆時計回りに9000rpmまで表示された回転計も、アナログのリアルメーター。液晶メーターを多用するフェラーリよりクラシックだが、ATセレクターを持たないのはこちらも同じだ。PもRもNもDも、ピアノブラックのダッシュパネルにあるボタンで操作する。
変速ボタン列の真ん中にあるスロットにリモコンキーを挿して押し込むと、エンジンがかかる。走りだすと、あたりまえだが、488GTBより大きい。座面もアイポイントも高い。地を這うような488GTBは、スポーツカーを超えて、レーシングカー的であったことを再確認する。
しかし、スロットルの反応は、3.9リッターV8ターボの488GTBよりラピードSのほうがワイルドだ。エンジンのナマ音もよく聴こえる。ルームミラーに映る後方視界は、意外やミドシップの488GTBのほうがよかった。ラピードSはリアウィンドウが小さくて、しかも遠い。セダンとしては、おそろしく後ろが見えないクルマである。
比較テストではないので、488GTBと比べるのは以上でやめておく。
室内のそこかしこに手づくりの“気”
573psのラピードS シャドーエディションは、史上最もパワフルな4ドアアストンである。ノーマルのラピードSでも最高速303km/h、0-100km/h=4.4秒という高性能を誇る。速いのは当然だ。
強力なトルク感は、自然吸気6リッターならではで、Dレインジでろくにアクセルを踏まなくても速い。右足やパドルで回転を上げると、速さもさることながら、クウォーンというアストンの咆哮(ほうこう)がスゴイ。タコメーターにはイエローゾーンもレッドゾーンも描かれていないが、6リッター4カム48バルブV12は、きっちり7000rpmまで回る。
でも、ラピードSはそんな力行運転をしなくても気持ちいいクルマだ。なんだろうこの気持ちよさはと考えると、それは第一にコックピットの居心地のよさだった。けっしてだだっ広くない。量感のあるダッシュボードが迫る前席空間は、むしろぴっちりしている。しかしそれが、快適な要塞(ようさい)のような居心地をもたらしている。
サハラタンの革内装もほれぼれする。前席ドアシルのアルミプレートに“Hand Built in England”と刻まれているとおり、室内は手づくりの“気”にあふれている。
左肘のところにある大きなグローブボックスのフタは、磁石の力で固定される。強力な磁力の吸着や反発がなつかしおもしろくて、信号待ちのとき、意味もなく開け閉めをしてしまう。後席乗員用のカッコいいハンドグリップも、走行中ブラブラしないようにマグネットでセンターピラーにくっついている。ウチはアストンマーティンに永久磁石を納めている、という町工場が、ゲイドン周辺のどこかにあるのだろうか、なんて想像をめぐらすのもアストンオーナーの楽しみかもしれない。
本気で荷物が積める
ラピードSは、4人のためのアストンである。キャビン後半には、前席とほぼ同等のレザーシートが2席配置される。ミニバンで言うと、キャプテンシートだが、左右の移動はできない。床下にはプロペラシャフトを通すトルクチューブがあり、それをクリアする隔壁が2席を分断するからだ。
しかし、居心地はここもけっしてワルくない。身長182cmの編集部Tさんだと「すっぽりハマる感じ」だが、160cmの筆者には頭上にも膝まわりにも十分な余裕がある。天井はキルティング加工のバックスキンで覆われている。ハンドビルトの内装が一望できる席でもある。どんな人が座るのだろうか。どんな人がいちばん似合うのだろうか。実際には私立の制服を着た小学生などが乗るのかもしれない。
後席背もたれは、電動スイッチでリリースされ、前に倒すと荷室フロアになる。本気で荷物が積めるアストンだ。前後の車輪を外せば、ロードバイク(自転車)が寝かせて積める。
それで思いついた。ツール・ド・フランスで今年3連覇を飾ったイギリス人プロロード選手、クリス・フルームさんちのファミリーカー。ラピードSは、いろいろ想像をかき立てられる超高級4座スポーツカーである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=荒川正幸/編集=竹下元太郎)
テスト車のデータ
アストンマーティン・ラピードS シャドーエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5019×1929×1360mm
ホイールベース:2989mm
車重:2020kg(車検証記載値)
駆動方式:FR
エンジン:6リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:8段AT
最高出力:573ps(421kW)/--rpm
最大トルク:--Nm(--kgm)/--rpm
タイヤ:(前)245/40ZR20 95Y/(後)295/35ZR20 105Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:--km/リッター
価格:2553万4983円/テスト車=--円
オプション装備:Alarm Upgrade Volumetric Tilt Sens/Bang & Olufsen BeoSound Audio/Ventilated Seats/Fit Rapide S Badge/First Aid Kit/Auto Dimming Interior Rear View Mirror/Rear Grab Handle/Umbrella
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:2960km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:295.1km
使用燃料:48.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.1km/リッター(満タン法)/6.2km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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