アストン・マーティン ラピードS(FR/6AT)
冒険的な人生によく似合う 2013.08.30 試乗記 スポーツカー界のサラブレッドたるアストン・マーティンのニューモデル「ラピードS」。558psの4ドアスポーツカーが放つ魅力を堪能した。走りだせば小さく感じる
「ラピードS」は、東京・赤坂にあるビジネスビルの地下駐車場でひっそりとその白い巨体を休めていた。近づくと、フロントドアにアストン・マーティンがめでたくも100周年を迎えたことを訴える大きなデカールが貼ってあった。誰もが知るこのサラブレッド・スポーツカー・ブランドは、自動車界における奇跡といってよい。倒産のたびに救い主が現れてきたのだから。
「スワンウイングドア」と呼ばれる、ちょっと斜め上に向かって開くドアを開けて乗り込む。4ドアの利点は、ドアが短いことだ。つまり狭い駐車場での乗り降りが2ドアより容易である。目にも鮮やかな、鮮血と呼びたいぐらいに赤い革内装が目に飛び込んでくる。スティッチの施されたダッシュパネルの手仕事、バケットシートのレーシィかつぜいたくな造形に見とれる。
スターターのキーを入れるべきスロットに押し込むと、ガルルッと6リッターV12が一声吠(ほ)えた。薄暗い地下駐車場に野獣の雄たけびが響く。全長5m、ホイールベース3mの巨躯(きょく)をそろりと動かし、慎重に地下駐車場から這(は)い出る。公道に出てさえしまえば、ラピードはギュッと小さくなる。せいぜいミドルクラスのサイズ感といってよい。振り向けば、2つのフロントシートが並んでいるように見える。珍しい光景だ。
味わい深いエンジン
走りだして印象的なのは、乗り心地が洗練されたことだ。「VHアーキテクチャー」と呼ばれるプラットフォームが新型「DB9」以降の第4世代に進化し、ビルシュタインの3段階可変ダンパーを得た。これには4ドアでありながら、ノーマル、スポーツ、トラックの3種類のモードが用意されている。ノーマルでも基本的にファーム(堅い)でボディーの動きはそうとう抑えられている。ゆえにノーマルのまま、ドライブし続ける。
「AM11」型のV12には、GTレースで鍛えたテクノロジーが導入されている。最高出力は「ラピード」に81psもプラスの558psを6750rpmで発生する。これはDB9の517ps/6500rpmを上回るもので、アストンとしてはラピードSをまさしく4ドアのスポーツカーと位置づけているのだ。とはいえ、AM11ユニットは巨大なお釜でたっぷりのお湯を沸かしていて、アクセルを踏み込むとそれが沸騰して溢(あふ)れ出するかごとくの豊かなトルクが持ち味で、回転によって、ああん、いやああ、ひいいいいいっ、と泣き叫ぶ官能型ではない。高回転まで回すとごう音を発するけれど、基本はまろやかで、そこが味わいどころなのだ。
6段ATは、デュアルクラッチ全盛の現代の基準でいえば、ゆっくり変速する。とりわけパドルによるギアダウンは悠揚迫らぬものがある。
タイヤサイズは前245/40、後ろ295/35で、いずれもZR20という巨大なものだけれど、ブリヂストンのテクノロジーも貢献しているのでしょう。前述したビルシュタインダンパー、それに11%軽量化された新しいホイール、それらを全部ひっくるめてのVHアーキテクチャーの進化によって、首都高速のつなぎ目でもカドばったハーシュネスはない。
前後重量配分は、フロントエンジンであるにもかかわらず、48:52のリアヘビー。そうか、DB9ベースだから、トランスアクスルなのだ! 車重は2トン弱あるけれど、63.2kgmの最大トルク、増強された中低速トルクのおかげで重さを感じさせないのは前述の通りである。ロングホイールベースの恩恵で、DB9や「バンキッシュ」よりスタビリティーは高い。これは踏める! 歩行者保護の法規の関係もあってだろう、エンジン搭載位置が19㎜低くなっている。これにより重心も低くなったという。高速コーナリングが楽しい。ブレーキはじんわり確実に効く。信頼感がある。
後席は非日常的空間
伊豆半島を走り回って、伊豆スカイラインの某所で休憩する。このとき初めて、マジマジと新しいフロントグリルを眺めた。ラピードでは分割されていたグリルが一体化されたことによって、フロントがデカ顔になった、ように写真では思えたけれど、実物は違和感がない。
翌日、短時間ながら後席を経験した。それは白昼のことだったけれど、ディズニーランドのスターツアーズを幻視した。顔を正面にしていたら運転席のシートバックしか見えない。クビを伸ばして横からのぞく。右手に東京港をまたぐレインボーブリッジが見え、ガラスウォールのビルが背後へと流れていく。排気音が運転席よりも大きく聞こえる。乗り心地は運転席同様で決して悪くない。窓は小さいけれど、足元は十分な広さがある。「ポルシェ・パナメーラ」以上に非日常的な空間で、楽しい時間が過ごせる。
ラピードで思い出すのは、リシャール・ミルである。あれは、2010年5月下旬の全仏オープンのことだった。パリのプラザ・アテネにあるアラン・デュカスのレストランで、素晴らしいクロワッサンを食べながらの、内輪だけ、みたいなカンファレンスで、リシャール・ミル氏は自身の名前を冠した高級腕時計ブランドの超軽量モデルについて、ユーモアを交えながら自信たっぷりに語った。その軽さと耐久性を証明すべく、トゥールビヨンを備えた複雑時計「RM027」を右手首につけて、ラファエル・ナダルが本番でプレイするというのだ。よくもまあ、そんな突拍子もないことを!
で、ローラン・ギャロスへと向かうべく、ミル氏を先頭にホテルの外に出ると、道路端に駐車されているクルマの中に、私の記憶ではブラックの、ほこりだらけの「アストン・マーティン ラピード」が1台あった。ミル氏は、「僕のクルマ。1号車ですよ」みたいなことをさらりといった。ラピードは2010年の初めに発売されたばかりだった。ミル氏が早々に注文していたことは間違いない。
ああ、こういう人がオーナーなのか、と私は得心した。リシャール・ミルはルマンクラシックのスポンサーとしても知られている。彼自身がクルマ好きだからだ。ナダルはこの年、RM027をつけて優勝を果たした。ミル氏は幸運にも恵まれている!
アストン・マーティンは、存在自体が現代のロマンである。後ろ盾となる大手自動車メーカーをもたず、独立独歩の道を行く。冒険的な人生にアストン・マーティンはよく似合う。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
アストン・マーティン ラピードS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5019×1929×1360mm
ホイールベース:2989mm
車重:1990kg
駆動方式:FR
エンジン:6リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:6段AT
最高出力:558ps(410kW)/6750rpm
最大トルク:63.2kgm(620Nm)/5500rpm
タイヤ:(前)245/40ZR20 95Y/(後)295/35ZR20 105Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
価格:2305万8457円/テスト車=2606万3557円
オプション装備:カラートリム&インテリア<Facia ピアノブラック>(25万3050円)/ラピードSロゴ刺しゅう(8万4000円)/エクステリアカーボンパック(84万6300円)/10本スポークグロスブラックDTホイール(54万9150円)/ブレーキキャリパー<レッド>(17万9550円)/リアシートエンターテイメントシステム(42万3150円)/クールドシート(17万9550円)/リバースカメラ(17万9550円)/プライバシーガラス(8万4000円)/アラームアップグレード(5万400円)/スモーカーズパック(8万4000円)/レザーECUポーチ(8400円)/セカンドガラスECU(8万4000円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3691km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(5)/山岳路(4)
テスト距離:299.1km
使用燃料:59.7リッター
参考燃費:5.0km/リッター(満タン法)/5.6km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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