第158回:未来の自動車市場はプジョーが独占する?
『ブレードランナー 2049』
2017.10.26
読んでますカー、観てますカー
元祖は1982年の作品
35年ぶりの続編である。『ブレードランナー』が公開されたのは1982年。日本はバブル前夜で浮かれ気分に満ちていた。小泉今日子、中森明菜、松本伊代など、“花の82年組”と呼ばれる華やかな顔ぶれがデビューしたアイドル豊作の年でもある。総理大臣は、鈴木善幸から中曽根康弘に交代した。映画でヒットしたのは、『E.T.』『転校生』『蒲田行進曲』など。『ブレードランナー』は一部でカルト的な支持を集めたが、興行的には成功していない。
今ではSF映画の金字塔であることを疑うものはいないが、当時は斬新すぎる未来描写に観客は戸惑いを覚えたのだろう。ただ、世界中のクリエイターに衝撃を与えたのは確かで、影響を受けた数々の映画やマンガが生まれている。ハイテク都市とスラム街が混在する都市という設定は、ごく普通のものになっていった。
『ブレードランナー 2049』は元祖の続編なのだから、熱狂的なファンの期待値を上回るのは簡単なことではない。よほど自信がなければ監督を引き受けるのをためらうだろう。指名されたのは、ドゥニ・ヴィルヌーブ。文句のつけようのない人選である。昨年公開された『メッセージ』は複雑なタイムパラドックスをエンターテインメントとして成立させた稀有(けう)な作品だった。2013年の『複製された男』のような超難解作も作るが、芸術性と大衆性を両立させる才能を持っていることの証明である。
前作の監督であるリドリー・スコットも製作総指揮で参加している。そして、ブレードランナーのデッカードを演じたハリソン・フォードも出演するというのだ。ファンが歓喜するのは当然だろう。
レプリカントと恋に落ちた捜査官
『ブレードランナー』は2019年のロサンゼルスを舞台にしていた。地球は環境破壊が進み、人類はほかの惑星へと脱出する。残された貧しい人々は、スラム街で希望のない生活を送っていた。空が晴れることはなく、毎日酸性雨が降り注ぐ。地球外惑星で奴隷労働に従事させるために、タイレル社がレプリカントと呼ばれる人造人間ネクサス6型を製造していた。彼らの中から人間に反旗を翻す者が現れ、人間社会の中に潜んで破壊活動を開始する。
レプリカントは人間そっくりに作られているので、見た目では区別がつかない。「フォークト=カンプフ検査」によってレプリカントを見つけ出す任務を帯びている捜査官が、ブレードランナーと呼ばれている。彼らは隠れているレプリカントを “解任”する権限が与えられている。要するに殺害するわけで、反抗的なレプリカントを排除することで人間社会の崩壊を防ぐ役割を持っているのだ。腕利きのブレードランナーであるデッカードは、多くのレプリカントを解任してきた。誤算は、彼が美女レプリカントのレイチェルと恋に落ちてしまったことである。
『ブレードランナー 2049』はちょうど30年後を描く。舞台は前作と同じロサンゼルスだ。ネクサス6型は2018年に製造が中止され、設定寿命が切れる2022年に全個体が消滅した。製造元のタイレル社は寿命の制限を持たないネクサス8型を開発するが、法律で製造が禁止されてしまう。この年にアメリカ西海岸で大停電が起こり、都市機能が停止した。経済は混乱し、食料の供給がストップして人々は飢餓に苦しむ。レプリカントの破壊工作が原因とされたことで、彼らは人類の敵となったのだ。
2025年になると科学者のニアンダー・ウォレスが遺伝子組み換え食品によって食糧危機を救い、市場の支配権を握る。彼が率いるウォレス社はタイレル社を買収し、反抗することのない従順なネクサス9型を作ってレプリカント禁止法を撤廃させた。違法なネクサス8型がまだ残存しており、ブレードランナーが捜索を続けている。ライアン・ゴズリングが演じるkもその1人だが、人間ではない。ネクサス9型のレプリカントである。
日本のバブル崩壊がなかった世界
前作からの30年は映画本編では描かれていないが、2022年、2036年、2048年に起きた出来事を題材にした3本のショートムービーが公開されている。ウェブ上で観ることができるので、事前にチェックしておくとわかりやすいだろう。
都市の景観は前作を発展させたものだ。高層ビルと猥雑(わいざつ)な市街地が共存しているのは、新宿・歌舞伎町からヒントを得たデザインだといわれている。日本語の看板やネオン表示がエキゾチックな情景を作り出していた。日本の経済力が発展し、日米貿易摩擦が激化していた時代である。当時の感覚では、2019年には日本が世界で存在感を高めていると想像するのは当然だった。
実際にはバブル崩壊以後の日本は長期停滞に入るわけだが、前作の設定を変えるわけにはいかない。2049年のロサンゼルスでも、カタカナ交じりの看板が多く見られる。デッカードが魚丼(?)を4つ注文して「2つで十分ですよ!」とたしなめられた屋台は残念ながら登場しなかった。ゲイシャガールがネオンサインで宣伝する「強力わかもと」が出てこないのも、日本人としてはもの足りないところである。
コカ・コーラのネオンサインがあるのはいいとして、パンナムのビルが残っているのは激しい違和感がある。1960年代には世界のトップ企業だったパンナムは、1991年に破産して運航を停止してしまった。映画が公開された1982年にはすでに経営が悪化していたが、まさか倒産するとは思わなかったのだろう。
レプリカントを製造していたタイレル社という名前を聞けば、どうしてもF1のタイレル6輪車を思い出してしまうだろう。後にティレルと表記されるようになるが、当時はアメリカ風にタイレルと呼ばれていた。6輪車「P34」が参戦したのは1976年。1982年にはミケーレ・アルボレートがファーストドライバーを務めていた。1990年代には3人の日本人ドライバーが乗ることになるが、21世紀を迎える前にチームは消滅している。
劇的に進化した新型スピナー
『ブレードランナー』では、地上と空中を自在に飛び回る飛行車の「スピナー」が未来感を演出した。今作の冒頭では、kが新型スピナーに乗って巨大な太陽電池ゾーンを抜け、郊外まで飛行する。疲れているようで彼は半分寝ているが、目的地までは自動運転で到達するようだ。1982年の段階では人間が操縦していた。技術の進歩に沿って、映画の描写も変わっていく。劇的な進化を遂げたのがワイパーである。トーナメント型からフラット型に変わり、降り注ぐ雨を排除して視界を確保する。
動力も30年の間に変わったようだ。前作では1950年代のクルマも走っていたが、2049年にはさすがに内燃機関は存在していないようだ。スピナーのパワーユニットも一新されたのだろう。前は地上では普通のクルマのようにタイヤで走行していたが、今回は地上でも少し浮いているように見える。それでもなぜか前2輪、後ろ1輪という三輪車のフォルムだ。
メーカーも変わっている。前作のスピナーはアルファ・ロメオ製だった。1982年は「アルフェッタ」や「アルファスッド」を製造していた時期である。今回お役御免になってしまったのは、4年後にフィアット傘下に入ったことが理由なのだろうか。新型スピナーには、「PEUGEOT」のエンブレムが光っている。ほかの型のスピナーは出てこないので、プジョーが独占的に製造していると思われる。
自動運転も飛行車も、世界中の自動車メーカーが技術開発を急いでいるテーマだ。現時点でプジョーが優位に立っているという情報は伝わっていないが、実はひそかに革新的な技術を手中に収めつつあるのかもしれない。そうだとすれば、今のうちにプジョー株を買っておけば大もうけできる可能性もある。
2049年には、乗り物以外にも素晴らしい技術が開発されていた。kが交際している女性ジョイはAIなのだ。『スクランブル』でセクシーな自動車泥棒だったアナ・デ・アルマスが、完全無欠な理想の彼女を体現している。肉体はないけれど、アクロバティックな方法で愛をかわすこともできる。ライアン・ゴズリングは2007年の『ラースと、その彼女』ではダッチワイフと交際していたから、3次元ホログラムと恋をするのも納得である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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