第459回:“いい音”でクルマをより安全に
高級オーディオの米ハーマンの新技術を知る
2017.11.28
エディターから一言
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JBL、マークレビンソン、ハーマンカードンなどの高級オーディオブランドを抱える米ハーマン・インターナショナル。自動運転社会に向けてクルマが大きく進化しはじめた今、同社が培ってきた音響の技術もまた、走行の安全に大きく寄与しようとしている。ミシガン州ノバイにある、同社の北米自動車部門本社を訪問した。
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われわれは車内で何をすべきか?
自動運転の時代はもう目の前……と、有り体な報道を目にするたび、そののんきな青写真にげんなりする。クルマをきれいに走らせることの難しさと楽しさは一朝一夕には語れないし、そうやすやすと譲れない。そうお思いのクルマ好きの方は多いのではないだろうか。もちろん僕もその一人である。
とはいえ、だ。自動車の公益性をおもんぱかれば、自動運転技術は必然なのだと思う気持ちもある。日本を筆頭に多くの先進国が今後迎える高齢化社会でのモビリティーのあり方、人的ミスによる事故要素の軽減、そういうことを考えるほどに、それは錬磨すべきものであることに疑いはない。そして何より、周辺技術のコストダウンを伴った急速の進化がそれを強く後押ししている。もはや軽自動車までが用意するようになったACC(アダプティブクルーズコントロール)や、標準装備でない方が珍しいシティーエマージェンシーブレーキなどはその代表例だろう。
かくして、クルマに一定の運転技能を委ねられる、そんな未来があまねく訪れたとしよう。そうするとわれわれはその車中で一体何をするのか。パワポ作成やメール処理といったワーカホリックもいれば、ごはんや化粧といった娘さんもいるかもしれない。いずれも公衆の面前で機密ダダ漏れという話だが、モラル的なところは別として、飛行機の機内や電車の車内では普通に行われていることだ。
“いい音”が走行安全に寄与する
多くの自動車メーカーのリサーチでは、自動運転の車中で何をするか? という問いに対するユーザーの答えとして、大勢を占めるのは仕事・睡眠・余暇という3項目だという。このうち、余暇について多くの人が望むのは音楽や映像を楽しむ環境の充実ではないだろうか。
そもそもJBLブランドの創業70周年を記念したイベントの前日を利用して足を運んだのはデトロイト。ここには今や世界最大のオーディオブランド集合体となったハーマン・インターナショナルのオートモーティブ部門が研究・開発を行う最大拠点がある。
ハーマンのオートモーティブ部門が扱うのはインフォテインメントのOEM製品が中心だ。車載用のプレミアムオーディオとしてハーマンカードンをメルセデス・ベンツやBMWなどに、JBLをトヨタやフェラーリに、そしてマークレビンソンをレクサスに……とシステム供給するだけでなく、近年は欧州系を中心とした多くのメーカーにヘッドユニットの供給も行っている。この分野では有数、特にプレミアムオーディオの世界ではナンバーワンのシェアといっても過言ではないだろう。
来るべき自動運転社会を見据えた時に、ハーマンが培ってきた車載音響の技術が「余暇」の側に大きく貢献することになることは容易に察せられる。パワートレインの電動化も歩みを並べており、自動運転の速度制御とEVの出力特性との相性は優れているとあらば、その無音空間の中でオーディオくらいは奮発するかという新しいニーズも生まれるだろう。
が、ハーマンが見据える近未来像は単にいい音を鳴らすだけではなく、培われてきた音響技術と車両の側にインタラクティブな関係を築くことにより、走行の安全や安心に寄与する……というものだ。そのための開発はすでに進められており、一部のモデルには実装も始まっている。
注意を促したい方向から音を発する技術
たとえば、先に日本に上陸した「アルファ・ロメオ・ジュリア」。搭載されるハーマンカードンは車両側のレーンデパーチャーウォーニング機能と連携しており、車線をはみ出しそうになっている方向からスピーカーを介してアラートが発せられる。
これはコンマ1秒の判断で危険が変わる中、直感的に補舵を促すためのデバイスだが、ハーマンではこの機能を拡張するための研究をすでに進めており、車室内の360度で注意を促したい方向から自由にアラートを発するサウンドプロセッシングを実現している。これを使えばコーション(注意)だけではなく、たとえばナビゲーションの進行指示を音の定位を動かしながら伝えることができ、画面を見ずとも曲がるタイミングを手前から認識することも可能となる。
このスティアードナビゲーション(Steered Navigation)という技術が、仮にドライバーレスの自動運転車両に搭載されるとすれば、乗員は突然の進路変更に驚かされることなく、事前に次の動きに対して自然に構えることもできるわけだ。
癒やしであり、異変察知の足がかりでもある
完全な自動運転が実現した暁には、たとえば電車や飛行機の設(しつら)えがそうであるように、乗員の各席でいかにパーソナルな環境を保(たも)てるかが快適性に大きく関わってくるだろう。1人は電話、1人は音楽、そしてもう1人は映画……と、異なる音源が狭い車室内で混同することなく成立できないか。ハーマンではいわば音のパーティションによって席間を区切る、「インディビジュアル・サウンド・ゾーン」の開発も進めている。これはヘッドレストに仕込まれたスピーカーを軸に、各席のそばにあるスピーカーを個別にコントロールすることで、立体感を損なわずにソースの分離を可能にしたもので、その試作車での試聴では完全な隔絶感とは言えないまでも、隣席のコンテンツが気にならない分割が確認できた。並行して開発が進んでいる、シートバックに低音専用の共振体を内包する「パーソナル・ベース・インパクト」を加えれば、より臨場感の深い音場をおのおので楽しむことも可能になるだろう。
そして本筋である空間全体の音響設計においては、先に発表された新型「レクサスLS」のマークレビンソンに搭載された360度サラウンド=Quantum Logic Immersion(QLI)のようなデジタルテクノロジーをフルに生かしたシステム構成だけでなく、ハーマンのプロフェッショナル部門が手がける世界の名門コンサートホールのアコースティック特性を再現するイコライジングのフォーマット化を開発している。
いつの時代も音は、人間にとって癒やしの大切な要素だ。とともに、そこから得る情報は、目以上に素早く異変の察知につながることもある。自動運転という新たな移動環境が、その両面をひとつの空間に結びつけることになる。ハーマンはそこを見越して研究を進めているわけで、その技術はより車両制御側へと近接したものになるだろう。
(文=渡辺敏史/写真=ハーマン・インターナショナル/編集=竹下元太郎)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。