第526回:着せ替えコンセプトで思い出す
とっても不運な日本のクルマ
2017.11.03
マッキナ あらモーダ!
スイス生まれの優等生
小学校時代、試験で真っ先に先生に答案用紙を提出して帰ってしまう同級生がいた。成績も優秀。毎回ウンウンもだえながら答えを考えていたボクからすると、なんともうらやましかったものである。
その同級生を思い出させるような存在が、ヨーロッパの自動車業界にもある。スイスのリンスピードだ。
同社は1977年にフランクM.リンダークネヒト氏が、米国製サンルーフの輸入と、ハンディキャップのある人向けの車両改造からスタートした企業である。1980年代には、スイスにおけるAMGやACシュニッツァーのディストリビューターになっている。
しかしながらリンスピードを有名にしたのは、奇抜ともいえる数々のコンセプトカーである。ドーバー海峡横断用車両(2006年)、潜水できるオープンカー「sQuba(スキューバ)」(2009年)といった個性的なモデルを次々とジュネーブモーターショーに運び込んだ。
ある年、会場でリンダークネヒト氏本人に「実際のところ、あなたの会社を支えている主な業務はなんですか」と質問すると、「大きな自動車メーカーの研究開発を支えるシンクタンク業務です」と教えてくれた。そして彼が例として挙げてくれたのは、誰もが知る自動車ブランドの名称だった。R&D(Research and Development)だったのだ。
自動車関係者なら誰もが知るように、コンセプトカー開発というのは、かなりの突貫作業である。ネーミングに至っては、決まるのがまさにショー開幕寸前という例もよくある。その代表例は、ショー会場で公開直前の準備中に決められた「ランボルギーニ・カウンタック(クンタッチ)」である。
一方リンスピードは、まさに冒頭の同級生並みに、事前発表が早い。3月のジュネーブモーターショーに展示するコンセプトカーの情報を、年明け前から公表してしまうのだ。最近は1月初旬に米国ラスベガスで開催されるエレクトロニクス見本市「CES」に出展するのに合わせ、3カ月前の10月にはリリースが届く。
加えて、前述のリンダークネヒト氏はマメな人らしく、ボクがCESの展示場所を問い合わせたら、クリスマス時期にもかかわらず直々に返事をくれて驚いたときもあった。
ボディーとシャシーをバラバラに!?
そのリンスピードは、2017年10月11日にも、2018年1月に開幕するCES用のショーカーをいち早く知らせてきた。
その名は「スナップ」。
簡単にいうと、シャシーとボディーを分離できるコンセプトカーである。
リンスピードは、カーナビゲーションを例に挙げてコンセプトの原点を説明している。それによると、今日多くのITコンポーネンツが時代に追いつけなくなってしまう原因は、アップデート可能なソフトウエアではなく、すぐに時代遅れとなって足を引っ張るハードウエアにあるのだという。
今日、自動車製造工程で、ボディーとシャシー(もしくはパワートレイン)を合体する工程を「マリッジ」と呼ぶ。生涯離れない結婚である。
対して、スナップの「スケートボード」と呼ばれるシャシー部分と、「ポッド」と名付けられたボディー部分の関係を、「いっときのパートナー」とリンスピードは定義する。
ボディーであるポッド部分は、移動後にスケートボードと切り離して、さまざまな用途で使われる。乗用バージョンは市街地でテンポラリーなオフィスとしても活用できる。荷物搭載用ボディーの場合、ちょっとした倉庫にもなる。
一方、パワーパックとなるスケートボード部分は、数年使用したあと、技術が追いつかなくなった時点で役目を終え、完全にリサイクルされる。
ボクが思うに、EV化でパーツ点数が少なくなり、かつさまざまなリンケージのバイワイヤ技術が進めば、リンスピードが提唱するボディー/シャシーの分離は、可能性が高まるだろう。
これはボクの考えだが、スケートボード部分を所有ではなく、コミュニティーで共有する方式にすれば、来るべきシェアリング社会にも適合する。まさに優等生の回答である。
あの巨匠も考えていた
今回のリンスピードのように「ハードウエアの陳腐化のスピード」という概念こそなかったものの、自動車の世界では「車体を切り離して取り換える」というアイデアは以前から提案されてきた。
“20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ”ことジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザイン(現イタルデザイン・ジウジアーロ)は1982年に公開したコンセプトカー「カプスラ」で、それを提唱している。
パワートレイン部分は「アルファ・ロメオ・アルファスッド」の1.5リッター水平対向4気筒エンジンによるFWDである。そこに乗用車バージョンの場合、2ドア5座のボディーをかぶせるというアイデアだ。
ジウジアーロによると発想の原点は、ベアシャシーだけで走行可能なバスや小さな産業用車両だったという。
着脱容易なボディーにより、パワーパック部分を残しながらコマーシャルカーや救急車、レスキュー車などさまざまな用途に変身可能というアイデアである。
このカプスラ、実際に製作されたのは乗用車バージョンだけで、具体的な着脱機構は明らかにされなかった。
しかしそのパッケージングは小型車に強いジウジアーロらしく秀逸で、「フォルクスワーゲン・ゴルフ1」や当時の「メルセデス・ベンツ380SE」よりも広いキャビンを、全長わずか3720mmの中で実現していた。
日産エクサは惜しかった!
一方、「着脱」という言葉で思い出す日本車がある。
「日産パルサー」のバリエーションである「エクサ」の、1986年に登場した2代目だ。
このクルマ、3ボックスの「クーペ」と、シューティングブレークタイプの「キャノピー」という、2種類のリアハッチ形状が用意されていた。
米国サンディエゴにある日産のデザイン拠点の案を採用したもので、ふたつのリアハッチは交換できるという画期的なアイデアだった。
しかし日本国内では、その“交換”が実現しなかった。新車時の報道によると、監督官庁である当時の運輸省が、その交換可能なハッチを前例がないことを理由に認可しなかったからだった。実際、ボディーに接合する部分の形状を異なるものにすることで、交換できないようにしてあった。
日産のデザイナーやエンジニアはサンディエゴや厚木で、やけ酒をあおったに違いない。
エクサのちょっとしたアイデアにすらビビった日本の官庁に、もし「ポッド」と「スケボー」に分かれるクルマが持ち込まれたら、どのような反応を示すだろうか。そのすぐ後ろには「空飛ぶクルマ」が待っているかもしれない時代である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、リンスピード、イタルデザイン・ジウジアーロ、日産自動車、webCG/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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