第159回:サーキットの地下で不運な男たちが現金を狙う
『ローガン・ラッキー』
2017.11.17
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ソダーバーグが4年ぶりに映画に復帰
朗報と言わねばなるまい。スティーブン・ソダーバーグが帰ってきたのだ。1989年に『セックスと嘘とビデオテープ』で衝撃的なデビューを果たし、『オーシャンズ』シリーズなどでヒットを飛ばした。際立った作家性を持ちながら商業的に成功させる術(すべ)も知る売れっ子監督となっていたが、2013年の『サイド・エフェクト』を最後に映画から手を引くと表明していたのである。
映画界の状況を見て、先がないと考えたのだ。アメコミ原作のシリーズ化ばかりが目立つようでは、彼がやる気をなくしたのも仕方がない。映画より見込みがあると考えて選んだのがテレビだった。地上波ではなく、ケーブルテレビである。CMが入らないのでスポンサータブーがなく、視聴者が選択して金を支払う方式だから自由な表現が許される。資金が豊富で、映画のように2時間にまとめる必要もない。『ハウス・オブ・カード』や『ブレイキング・バッド』といった作品が、日本でも人気となっている。
ソダーバーグが映画復帰を決めたのは、優れた脚本に出会ったからだという。書いたのはまったくの新人であるレベッカ・ブラント。初めて脚本を仕上げてみたものの、どうすれば映画にできるのかわからない。彼女はツテを頼り、どの監督に頼めばいいかアドバイスしてほしいとソダーバーグに相談した。一読して彼は自分でメガホンを取りたいと申し出る。ほかの監督に取られたくなかったのだ。
この経緯自体がまるで映画のシナリオのようだ。ソダーバーグが4年ぶりに新作映画を撮ると聞いて心が動かない俳優はいない。チャニング・テイタム、ダニエル・クレイグ、アダム・ドライヴァー、ヒラリー・スワンクといった豪華メンバーが参加することになった。
『007』のあの人がダメ男役!
監督がこの脚本を気に入ったのも無理はない。『オーシャンズ』シリーズと似た構成のクライムアクションものなのだ。派手なアクションシーンや銃撃戦がなく、1人として死人が出ないところも同じ。CGに頼った爆発シーンばかりの映画を作るのはイヤで、緻密に計算されたプロットで観客を驚かせる作品を作りたいのだ。
まったく違うのは、犯罪に関わるメンバーの素性だ。『オーシャンズ』では実績を持つプロの泥棒や詐欺師が集まったが、『ローガン・ラッキー』に登場するのは素人ばかりである。ダニエル・クレイグが演じるジョー・バングは一応爆破のプロということになっているが、実際にはかなり危うい仕事ぶりだ。クレイグは『007』でのタフでダンディーな姿とはかけ離れたキャラで、ガサツでいい加減な男である。役作りのために自分で髪を脱色したというから、ダメ男になり切ることを楽しんだのだろう。
主人公のジミー・ローガンはとてつもない不運を背負った男。監督は『マジック・マイク』のストリッパー役がハマっていたチャニング・テイタムを起用した。この人は筋肉が多めで知恵が少なめという役が多いが、今回はハダカが売りではない。アメフトのスター選手だったのに膝を故障してプロへの道を絶たれ、炭鉱で働いていたが足が悪いことでクビになる。妻には捨てられ、娘に会うこともままならない。
弟のクライドも、幸運の持ち主とは言えない。イラク戦争で勇敢に戦ったが、左腕を失った。義手をつけてはいるが、『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』のフュリオサのような高性能版ではない。バーテンダーとして働いていて、片手で器用にカクテルを作る。アダム・ドライヴァーはそのシーンのために特訓を積んだらしい。
NASCAR現役ドライバーがカメオ出演
タイトルとは逆に、ローガン家はアンラッキー続きなのだ。不幸の連鎖から逃れるために、彼らは一発逆転をもくろんで大金を奪取する計画を立てる。ジミーが最後に働いていた現場は、シャーロット・モーター・スピードウェイだった。地面が陥没し、炭鉱掘りの技術を生かして復旧作業に携わったのだ。彼は売店の売上金が地下に集められていることを知り、ひそかに潜り込んで金庫から金を奪おうと考えた。
シャーロット・モーター・スピードウェイは、NASCARのレースが開催される伝統あるサーキットである。埋め立て地に作られていて、本当に陥没穴ができたことがあるそうだ。ローガン兄弟が狙うのは、「コカ・コーラ600」のレース当日。ビッグイベントだけに10万人以上の観客が集まり、巨額の現金が地下に集められるはずである。
撮影は実際にシャーロット・モーター・スピードウェイで行われ、アトランタ・モーター・スピードウェイでもレースシーンを撮っている。つまり、この作品はNASCARの全面的な協力の下で作られているのだ。マシンが壁に激突したり、スピンしてコースアウトしたりする映像が迫力満点なのは、関係者が映画製作に理解を示したおかげだろう。犯罪の現場に使われるというのに、喜んで便宜を図るのは大した度量だ。ただし、現金が輸送管の中を空気によって運ばれるという映画の設定は、実際のシステムとは違うということだ。
NASCARの現役ドライバーも映画の中に登場している。警備員や警官などの役でカメオ出演しているというので、NASCARファンは探してみるといいだろう。
俳優の実人生を反映した主人公像
ちょっと頼りない男たちをサポートするのが、ジミーの妹メリーだ。演じるのはエルヴィス・プレスリーの孫ライリー・キーオ。卓越したドライビングテクニックを持ち、マニュアル車が大好きという派手めの美容師だ。ジミーの元妻の現夫が彼女のボログルマをばかにするが、もちろん何とも思わない。排気量や気筒数を誇るのは、自分に自信がないことの表れだと見切っている。くだらない言いがかりは相手にせず、彼の愛車「フォード・マスタング」を勝手に使って現金奪取の手助けをするのだ。
この映画の主役は、社会からこぼれてしまった人々である。彼らは自分のせいで不運に見舞われたのではない。しかし、一度つまずいてしまうと、なかなかチャレンジはかなわないのだ。犯罪を奨励するわけではないが、チャンスを奪われてしまった彼らが反撃に出るのを見ると元気が出る。
ジミーの人物像は、チャニング・テイタムを想定して描いたと脚本家は語っている。大学を中退して故郷に帰り、マイアミに移ってストリッパーをしていたところをスカウトされて俳優になった彼の生い立ちを思い浮かべたというのだ。この役がハマっているのは当然である。
来年1月公開の『キングスマン:ゴールデン・サークル』でも、彼はすてきな役柄で登場している。マシュー・ヴォーン監督によるスパイ映画第2弾で、もちろん今回の作品とは何のつながりもない。ただ、この2つはチャニング・テイタムが出演すること以外にも、『カントリー・ロード』が重要な役割を果たしているという共通点がある。こちらも素晴らしい出来なので、楽しみにしてほしい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。