第10回:直木賞がニッポンの復興を応援する! 熱血下町エンジン会社物語 − 『下町ロケット』
2011.08.26 読んでますカー、観てますカー第10回:直木賞がニッポンの復興を応援する!熱血下町エンジン会社物語−『下町ロケット』
震災後という状況が受賞を後押し?
第145回直木賞は、池井戸潤の『下町ロケット』に決まった。「はやぶさ」人気に便乗した宇宙開発夢物語ものかと思いきや、最先端技術をめぐる企業間の争いを描いた社会派小説だった。自動車エンジンの特許を持つ町工場が、大企業のロケット開発を左右するという話だから、クルマ好きは楽しめるはずだ。
半年前の第144回芥川賞・直木賞は、お祭り騒ぎだった。久しぶりの両賞あわせて4人の受賞者というのもにぎやかだったが、芥川賞の二人が企んだような見事な対照を見せたのが勝因である。由緒正しいフランス文学家系のお嬢様、朝吹真理子のたぐいまれな才能には驚嘆したが、それ以上に無頼派西村賢太のキャラがマスコミを席巻した。中卒で肉体労働者、暴行傷害で逮捕歴ありという濃い経歴で、迫力ある巨体も絵になる。フーゾク好きを公言するあけっぴろげさもプラスに働いた。
その反動か、今回はまったく盛り上がりに欠けた。芥川賞は1年半ぶりに受賞作なし。選考委員の顔ぶれを見ると、新しい小説を読む能力に欠けた人もいるから、本当にいい作品がなかったのかどうかはわからない。誠実に新しい才能を見つけようとする姿勢のあった池澤夏樹が今回で辞めてしまうので、これから先はさらに悪い状況になるだろう。「15年務め、自分の中で任期満了という気持ちになった」との退任理由は、同じ期に選考委員になったあの老人に引退を促す意味もあるのかもしれない。趣味のオリンピック誘致に専念していてくれよ、と。
直木賞は、目立った反対意見もなく、すんなり受賞が決まったらしい。池井戸潤は、1998年のデビューで、今年48歳。江戸川乱歩賞、吉川英治文学新人賞の受賞歴がある。直木賞はこれまでに2度候補作になりながら落選しているので、潮時という雰囲気もあっただろう。それ以上に、震災後という状況がこの作品の受賞を後押しした面があるようだ。中小企業の活力を描き、ものづくりニッポンを礼賛するかのような物語である。『週刊ポスト』に連載されたのは2008年から2009年にかけてなのだが、たくまずして復興を応援する作品になっている。
町工場の「ものづくりのプライド」
舞台となるのは、東京・大田区である。古くから機械製造が盛んな地域で、熟練した職人たちが日本の工業を支えてきた。佃製作所は従業員200人の町工場で、エンジン部品の製造を得意としている。売り上げ100億円ほどの規模だが、技術には定評があり、堅実な経営を続けている。しかし、取引先の京浜マシナリーから、突然エンジン部品の納入中止を宣告される。折あしく、ライバル会社のナカシマ工業から特許侵害で訴えられる。さらに銀行からは運転資金の融資を断られ、会社は存続の危機にさらされることになる。
不運と不幸が束になってやってきたような設定だが、これはリアリズムなのかもしれない。大企業の下請けいじめに疲弊し、銀行の非情な仕打ちに泣かされるという構図が、多くの中小企業の存立を脅かしてきたのは紛れもない事実なのだ。結果、日本の技術の宝箱であった町工場が次々と倒れ、海外の安価な労働力を頼ることによって製造業の空洞化が進んできた。決して絵空事ではない。
運転資金にも窮し、四面楚歌(そか)の佃製作所だったが、一筋の光明が差しこむ。水素エンジンのバルブシステムに関する特許を買い取りたいという申し出があったのだ。大手町にある日本を代表する企業グループの中心である帝国工業が推進する大型ロケットプロジェクト「スターダスト計画」に、その技術が必要なのである。
しかし、佃製作所はその提案を蹴ってしまう。特許の提供ではなく、部品を製造して納入したいと申し入れたのだ。二代目社長の佃航平は、元宇宙科学開発機構のエンジニアだった。果たせなかったロケット打ち上げの夢を、今度は中小企業の社長として担いたいと考えたのだ。製造業というのは、特許ビジネスで利益をあげるのが本分ではない。ものづくりのプライドを懸けて、町工場が大企業に正面から勝負を挑む……。
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自動車業界を描いたあの小説は「同じ話」?
横暴な大企業、冷酷な銀行、渦巻く陰謀。試練の波状攻撃に立ち向かい、熱血漢の正義の思いが最後に勝利をおさめる。保身にきゅうきゅうとする志の低い連中は報いを受け、利害を超えて技術開発に向かう者には栄光が訪れる。幾多の困難を乗り越えた先にある成功は、何にも代えがたい喜びをもたらす。『プロジェクトX』のような話は、日本人の心の琴線に触れるのだ。エンターテインメント小説として、まことによくできた作品である。
しかし、実はこの作者、同じような話を以前に書いているのだ。直木賞を取り損なった『空飛ぶタイヤ』である。設定、展開ともに、そっくりである。こちらでは、小規模運送会社の赤松運送が、大会社のホープ自動車に立ち向かう。走行中にトレーラーから外れたタイヤが歩道を歩いていた主婦に激突し、死亡させる。原因は整備不良と決めつけられ、赤松運送は世間の非難にさらされ、銀行の貸しはがしに遭う。二代目(!)社長の赤松徳郎はトレーラーの欠陥を疑い、ホープ自動車に真相究明を迫る。そして、リコール隠しを暴こうという執念がついに実を結ぶのだ。
ホープ自動車が属する企業グループの盟主であるホープ重工は、『下町ロケット』に登場する帝国重工と同じく、大手町にビルを構えている。名門を笠に着る横柄な社風には、嫌悪感を抱かずにはいられない。ホープ銀行自由が丘支店のやり口には心から怒りが生じる。銀行の酷薄な仕打ちの描写が真に迫っているのは、作者が三菱銀行出身ということもあるのだろう。ちなみに、「本作品はフィクションであり、実在の個人・団体・事件とはいっさい関係ありません」とただし書きがあるから、何か実際の事件との関連を感じたとしても、それは見当はずれのはずだ。
正直なところ、作品の出来としては、『空飛ぶタイヤ』のほうが完成度が高いと思う。ただ、読後感は圧倒的に『下町ロケット』がいい。同じ困難に立ち向かうなら、負の歴史の検証よりも、未来へ向かっての希望を語ったほうが爽快になれるというものだ。直木賞選考委員は、時宜にかなった良い選択をしたのだと思う。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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