第432回:ノーリスク・ノーライフ 自動車から何を学べるのか? 原発問題
2011.08.25 小沢コージの勢いまかせ!第432回:ノーリスク・ノーライフ自動車から何を学べるのか? 原発問題
いまこそ“選択”のとき
いやはやつくづく考えさせられましたよ。原発問題。この数カ月、ずっと頭に引っかかって、モヤモヤしたまま過ごしてきたわけだけど、ちょっとだけ見えてきた部分がある。これが意外と自動車問題に近く、学べる部分があるかも? ということだ。
結局のところ、人生ってメリットとリスクのバランスなのよね。もちろん、交通問題と原発ではレベルが違うし、基本反対なわけだけど両者は、くしくもメリットとリスクがない交ぜになった“両刃の剣”と呼べる点で似ている。しかも、どちらもハイテクの塊。
つまり、そのバランスをどう取るのかって問題なのだ。そして日本人は、残念ながらそれが決定的にヘタだと思う。というかリスクのとらえ方、本質がわかってないように思うのだ。
自分自身、自動車メーカーに入っていたのでわかるが、これらは共に理系に人気の花形職業で、今まで主にメリットのほうを享受してきた。
かたや「(安全管理を除けば、)安価かつ安定的に電気を生む夢の発電方法」で、かたや「時間や場所を選ばず、自由に人や荷物を運べる夢の運搬方法」。どっちも日本人にとっては得意分野だったわけよね。EVなんかは長らく原発とセットで考えられてきたわけだし。
そしてどちらも今になってリスクというかデメリットの面がクローズアップされている。原発は今さらながら災害時の爆発やメルトダウンの問題と、それ以上に深刻なのが半減期数万年ともいわれる放射性廃棄物の問題で、技術が進化したらイッキに浄化できると考えている人もいるようだけど、以前はコンクリート等で固めて地中深くか海に沈めていたわけだし、再処理しても高レベル廃液は残る。決定的な解決方法は、現状ほぼない。
なによりも放射能飛散に関しては本当に……よくわからない。「微量ならよし」って考えは、本当に悪魔のささやきで、飛びついてしまいたくなるが、時々恐怖に襲われる。子供のことを考えると暗澹(あんたん)たる気持ちになる人も多いだろう。軽いノイローゼになる場合もあるはず。
だからこれから俺たちはいろんな意味で“選択”していかなければいけないわけだ。脱原発か、徐々に減らしていくのか、そのまま行くのか。放っておくと、ノラリクラリと利益団体に誘導される可能性もあるわけで、本当にひとりひとりが自分の意見を持つべきだと思う。
「科学的分析」は十分か?
実は、これと同じような選択の必要性が、日本の自動車社会にもある。それは自動車の安全問題。最近言われる“若者のクルマ離れ”も、かなりの要因はコレにあると俺は思っている。
具体的なきっかけは、「交通戦争」と呼ばれた50〜60年代あたり。あの時は日清戦争を超える勢いで死者が増えたから“戦争”と名付けられたようだが、以来クルマは「家族のシアワセを運ぶ道具」と同時に、「走る凶器」とも呼ばれてきた。なんとも不思議な印象だ。特にバイクは80年代に象徴的な「三ない運動」も行われて今やほとんど絶滅寸前だ。
自動車の魅力とは、根源的にはスピードの魅力に他ならないわけであり、四輪車に関してもそのネガティブキャンペーンがジワジワとボディブローのように効き、今の「クルマ離れ」にもつながっていると俺は考える。ほかにも速度規制と駐禁問題とか事故の責任問題とか。
そしてこれは、自動車についてのメリットとデメリットが全く別のところで考えられてきた弊害だと思う。どういうことかというと、メリットの部分は経済産業省、いわゆる昔の通産省の管轄にあり、デメリットはご存じのとおり警察庁の管轄。結局、両者の連携がほとんど取れてないから、かたや花に水をやり、かたや土をはぐような事が平気で行われるわけだ。しかも役人も警察も、本質はマジメな方たちだから余計困ったことになる。
もちろん交通規制や事故対策も大切だろう。だが、ヤリ過ぎは禁物であると同時に、理性的な規制は実は難しい。感情論ではなく、科学的根拠が必要になるからだ。例えば事故が起こったとして時速100kmだから起こった? 80kmだから? って結び付けるのは簡単だが、本来事故はドライバーだけでなくクルマ、道路などさまざまな要素が複雑に絡み合って起きる。そうでなくともクルマは刻一刻と進化していく。そこはものすごく科学的な分析が必要で、まずはデータを広く発表する必要がある。
自動車の制動距離にせよ、いまだに交通安全協会発表で時速100kmだと空走距離が28mで制動距離が84mの計112m。数十年前とほとんど変わってない。だが、そんなことは素人目にもありえないのだ。クルマもタイヤもABSもメチャクチャ進化したのだから。要するに、実はこの手の大衆ハイテクの管理と取り締まりには科学者とその科学的判断が絶対に必要なのだ。
ぜい弱なディフェンス
それと同じで放射能だけど、いま俺が一番危惧しているのが俺が住む大田区のスラッジプラント。東京に降った放射性物質はどんどん下水にたまって濃縮されて、しかもご丁寧なことに燃やされている! という恐怖のおハナシだ。それもウチの近くの羽田空港のお隣などで!
東京都議会の柳ヶ瀬裕文議員の試算だと、東京の下水道施設に集まる総放射能量は、1日あたり約21億5000万ベクレル! 年間で7847億5000万ベクレル!! というから原子力関連施設並み。そのうち大気や水に溶け出してるのは1日4億ベクレル弱らしいが、それでもものすごい。下水道局では「排ガス中の放射能は高性能フィルターでほとんどカットしてる」っていうけれど、おそらく原発事故前の方法だ。それをどれだけ信用できるっていうのか?
そもそもこれだけ放射性物質の飛散防止にお金をかけている時代に、そんなのありえない! とすら思うが、コレは下水事業そのものに基本「放射線蓄積」という発想が全くないからだろう。「たまったゴミを、処分する。なにが悪い?」ってことなのだ。そこには、全体を見通す科学的思考が全く感じられず、また科学技術の粋が集まった“両刃の剣”を、いつまでも古い硬直した仕組みで規制しているという点で、自動車と原発は重なる。原発の方が、デメリットがわかりやすく、しかもそれがイッキに出ただけということだろう。
ってなわけで、自動車も原発もおかしいのは、作り手側、つまりメリット側はものすごい科学力なのに、それを取り締まったり規制する側は、えらいローテクでしかも、凡ミスともいえる判断ミスをすること。
思い返せば100億円以上かけて整備した「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)」が、事故直後公開されなかったのは象徴的なハナシで、俺たちはすでに慣れっこで驚かないけど、かなりヘンというかワケのわからない話だ。サッカーでいうと、オフェンスはリオネル・メッシとか香川真司を使ってすごいのに、ディフェンスは小学生のサッカーも知らないレベル。連携が取れてないのはもちろん、あまりにお粗末だ。
結局、このアンバランスさが見過ごされているのが日本の最大の欠点なのだ。
自動車の話に戻ると、高速道路の法定速度が時速100kmってのも、説得力のある科学的根拠が示されたことはほとんどない。そもそもこれは数十年以上前の道交法から変わってなく、少なくとも10年に1回ぐらいのペースで改正してもおかしくないし、本来最高速度はその道、その場所なりの事故発生割合から計算して設定してもいいと思う。この道は時速50kmだが、この道は時速120kmというように。それは本来、俺たちが持つ走る権利なのだから。
だいたい俺は今回の事で気付いてしまったのだ。放射線許容量の基準が年間1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに一瞬で変えられるのならば、制限速度をイッキに時速130km、いや時速200kmに上げてもおかしくないと。そこに人の命がかかっているということでは全く同じなのだ。
「本当の情報」がないと始まらない
比べると、ドイツはすごい。言わずと知れた速度無制限の道路を一部持つだけでなく、事故責任の件にしても。
例えば、道に突然子供が出てきたとして……状況にもよるが、それを抑えられなかった保護者の責任が問われる。それと俺が在独30年の人に聞いた実例だが、一般道で年配者の自転車を引っかけてケガをさせて、責任が問われなかったケースもある。逆に損害賠償の請求すら可能だったという。
なぜなら、その老人は酔っぱらってクルマに寄ってきて、周りの人もそう証言したからだ。お年寄りはかわいそうだし、日本なら間違いなくドライバーの過失が問われるところだが、考えれば考えるほど理性的で公平な判断だ。というかそうでもしないと、とてもドライバーとして運転なんかできない。
つまり俺たちは無自覚なままに自動車生活でソンをしていたと思うのだ。最高速度がもっと適正に規制されていたら、もっと深く移動のシアワセを享受できていた可能性があるし、速いクルマを素直に愛することもできたかもしれない。逆に、理不尽な事故の責任を押しつけられることもなかっただろう。
悲しいのは、俺たち大衆に、本当の情報、本当の判断の材料が与えられないことなのだ。そして判断させない。それも自分の生命、生活、尊厳、そういうものにかかわることで、俺たちに見せるべくして作られていて、しかも既に正しいデータがあっても、公開はされなかったりする。
原発もしかりだが、自動車産業もそう。俺は、小さな頃から自動車はすごいモノだと思ってきたし、今まで職業として20年以上この業界で働いてきた。確かに危険な面もある。でも、素晴らしい道具だと思っている。でも、一部ではそれが正しく伝わらずに「走る凶器」と断罪されるのだ。
しかも若い人達に愛されてないのというのは、本当に残念だ。集計すると1000万人近くはいるという自動車産業従事者がいながら、製造業でトップの外貨を稼いでいながらこのていたらく。古いクルマはエコを理由にツブされ、サーキットは山中の不便なところにしか作れず、事故が起これば「ほら危ない」の一言。文化としても尊重されない。レースだっておそらくお金を稼ぐだけの興行だ。
自動車の社会貢献度は実は原発以上だと思う。そもそも原発のメリットは本来電気代の安さのはずなのに、俺たちはそれをほとんど享受できず、CO2発生が少ない件はあるにしても、それはここ10年ほどで認められてきたメリットだし、あるのは化石燃料を使わないことぐらい。そして危険はわかりきっている。それを危険を冒してまで守ろうとするのに、なぜ自動車は感情的に潰そうとするのか。
少なくとも、当局は科学的で納得のいく根拠を示してほしい。原発、自動車、そして、それ以外のものすべてに関して。今回の原発問題で明らかになったのは、俺たちの住む日本が、本当の意味で民主化されてないことだ。非科学的で、なにかととある団体の論理が優先されたりする。
状況は、すぐには変わらないだろう。だが、この悔しさを忘れるべきでないのだ。たとえ、今すぐ解消できないとしてもだ。
(文と写真=小沢コージ)

小沢 コージ
神奈川県横浜市出身。某私立大学を卒業し、某自動車メーカーに就職。半年後に辞め、自動車専門誌『NAVI』の編集部員を経て、現在フリーの自動車ジャーナリストとして活躍中。ロンドン五輪で好成績をあげた「トビウオジャパン」27人が語る『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(集英社)に携わる。 YouTubeチャンネル『小沢コージのKozziTV』
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