第531回:日本のデザイナーをカリフォルニアに!
ロサンゼルスオートショーでカーデザインの未来を考える
2017.12.08
マッキナ あらモーダ!
大物のニューモデルがデビュー
ロサンゼルスオートショーが2017年11月28日に開幕。会場では新型「メルセデス・ベンツCLS」「ジープ・ラングラー」といった車たちがワールドプレミアを飾った。
メルセデス・ベンツCLSは、「4ドアクーペ」のトレンドセッターとなった偉大な初代の呪縛にとらわれていた2代目からすると、3代目はずっと伸び伸びとしたデザインになった。少し前、初代のユーズドカーを買おうか真剣に迷っていたほどのCLSファンであるボクとしては、かなり引かれる。
残念なのは、後部ドアのウィンドウの天地が少ないため、相変わらず顔を車外に出せないことだが、これはボクの“デカ顔”が原因である。
環境先進エリアであるカリフォルニアらしい話題もあった。トヨタは家畜の排せつ物や汚泥を利用したバイオマスによる燃料電池(FC)発電所および水素ステーションを建設することを発表。そこで作られた水素は、実証実験中のFC大型商用トラックにも使用する。
会場では実際にFCトラックがやってきて、脇のスクリーンに「従来のディーゼルエンジン搭載トラックを圧倒的に凌駕(りょうが)する加速力」が繰り返し映し出されていた。
ダース・ベイダーのテーマとともに
しかしながら、たまげたのは日産とホンダである。
日産は2016年のロサンゼルスオートショーで、クロスオーバーSUV「ローグ」の「スター・ウォーズ仕様」を発表したが、今回はさらにエスカレート。最新作『最後のジェダイ』に合わせ、数々のショーカーが登場した。
プレゼンテーションではダース・ベイダーのテーマが流れ、ショーカーがルーカスフィルムとの綿密なコラボレーションによるものであることが強調された。たしかに作り込みのレベルは高度である。
一方ホンダは「ミニーマウス仕様」である。こちらはエントランス近くに独立して置かれていた。「ホンダ・オデッセイ」の2018年モデルにミニーマウスのアイコンであるピンクのポルカを着け、名付けて「Minnie van」。先にディズニーのファンイベントでデビューしたものを持ってきた。
いずれも代理店の企画担当者にかなりやり手の人物がいて、メーカーの現地法人担当者に「今度はロスですから、これいきましょう」ってな具合で決まったのかもしれない。
110年の歴史をもつロサンゼルスオートショーが新車のテクノロジーやデザインを披露する場から、エンターテインメントを提供する催しへと舵を切り始めている。
そうしたことを考えながら歩いていたら、訪ねるべきスタンドをひとつ忘れていたのに気づいた。自動車デザイン教育の殿堂として長年数々のデザイナーを輩出してきた、カリフォルニア州パサデナの「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」のスタンドである。
伝統的な画才はカーデザインに必要か?
前年に続き、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインのスタンドは南ホールに近い通路に設けられていて、学生たちが制作したクレイモデルが展示されていた。
見覚えのある学生がライブでクルマのイラストレーションを描いている。
昨年も詰めていたマカオ出身の学生、ハンドルネーム“キットカット”君だった。今回は中国そして韓国の学生と一緒に番をしていた。このスタンドは、教職員が詰めているのも常だ。今回ボクが訪れたときは、トランスポーテーション・デザインのフランク・ヤード氏だった。
ところで、デザインといえば、常々聞いてみたいことがあった。
イタリアのジョルジェット・ジウジアーロに代表されるように、一流の自動車デザイナーには人物画や風景画も得意とする人がいる。そうした伝統的な画才はカーデザインにおいても必須要件なのだろうか。
ボクの質問に対してヤード氏は、「今日、クルマ以外の絵が描けることは、必須の才能ではない」と答えた。同時に「ビデオゲームに没頭しつつ成長した若者は、絵を描きあげるスピードが極めて速い」とも証言する。
その話を聞いてボクは、少し前に日本の記事で「ヌードデッサンの授業にもかかわらず、ひたすらアニメ風少女イラストを描く学生がいる」という話に触れたのを思いだした。両者に直接の関連性はないが、時代を感じさせる。
一方でヤード氏は、自身の観察によるものとしながら、「美大などで絵画の基礎をきちんと勉強してからアートセンターに入学する学生は、最終的には、より高度な領域で仕事をすることが多いように思われる」とも語る。
ここからはボクの見解だが、例えば肉感的なカーデザインは、人物や動物が下敷きにされていることが多々ある。そして、それらを描くことは、突き詰めれば解剖学にまで行き着く。ゆえに、ヤード氏の言うことは大いに正しいと思う。
もっとデザイナーをカリフォルニアに!
前述のキットカット君に「アートセンターといえば、日産をこのほど退職した中村史郎氏も修了生だよね」と話しかけると、「シロー・ナカムラはボクにとってはアイドル的存在。いつかボクも未来の『GT-R』をデザインしたいんだ」と熱く語った。
ヤード氏によると現在、トランスポーテーション学科を専攻する約300人の学生のうち75%はアジア出身という。内訳はトップが中国、続くのは韓国だ。そうした国々からやってくる学生の中には、メーカーからの派遣留学生も少なくない。
ヤード氏いわく、過去には日本のメーカーもアートセンターへの派遣留学を頻繁に行っていたが、今日の中韓ほどの規模ではなかったという。かつて模倣大国と日本人が冷笑していた国々の自動車メーカーが、未来のカーデザイナーに惜しみなく投資している。
そういえば数年前、ある日本メーカーのデザイン担当重役がボクの前で嘆いた。彼の会社では、「どんなにデザイナーが昇進しても、エンジニアの下の扱いなのです」と。
日本ではいつまで、こんな状態が続くのだろう。デザイナーを育てるのには時間がかかり、直近の利益に結びつかない。しかし、そこを乗り越えなければ。
ボクが住むヨーロッパで「(日本車は)テクノロジーは素晴らしいが、デザインがちょっと……」と苦笑されるのは、もうそろそろ終わりにしたい。
今からでも遅くはない。日本の自動車メーカーは、自社のデザインセンターにデザイナーを閉じ込めておかないで、カリフォルニアの太陽の下により多くの若手を送り出してほしい。切にそう願った。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。