第161回:冬休みに観たい! 日米韓それぞれのクルマ文化を映し出すDVD
2017.12.27 読んでますカー、観てますカーあり得ない視点で撮影されたカーチェイス
今年は韓国映画が大豊作。3月に相次いで公開された3本の作品がいずれ劣らぬ傑作だった。ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』は、静かな田舎町で起きる連続殺人事件を描いた作品だ。容疑者はみな異常な精神状態で、肌にはただれた発疹が広がる。悪霊の仕業だといううわさが流れ、山の中に住む日本人に疑惑の目が集まった。演じたのは國村 隼。半裸で森の中を駆け回る怪演が評判を呼び、韓国で最も権威のある映画賞で助演男優賞と人気スター賞を獲得した。横溝正史原作の角川映画と『エクソシスト』をかけ合わせたような新感覚ホラーである。
パク・チャヌク監督の『お嬢さん』にも度肝を抜かれた。イギリスのミステリー小説を原作にしたサイコホラー映画で、日本統治時代の朝鮮半島に舞台が移し替えられている。資産家の令嬢と侍女、詐欺師が入り乱れて遺産を争奪する物語だが、18禁指定での公開を余儀なくされた。刺激の強いエロ描写が連続するからだ。屋敷には夜な夜な紳士が集い、令嬢が日本の古典官能小説を朗読する。韓国なまりの日本語で露骨な猥語(わいご)が飛び交うから、最も楽しく鑑賞できるのはわれわれ日本人なのだ。
キム・ソンス監督の『アシュラ』は、ほかの2作と比べると韓国映画にはよくある筋立てだ。政治家が闇の組織と裏で手を結び、警察官を手下にして権力を意のままに操る。登場人物は全員悪人でゲス野郎。陰謀と裏切りが交錯して誰が敵なのかわからなくなる。胸の悪くなるような容赦ない暴力描写が、韓国映画の真骨頂だ。
架空の都市アンナム市を牛耳っているのが市長のパク・ソンベ。演じるのは『哭声/コクソン』でハイテンションな祈祷師(きとうし)役だったファン・ジョンミンだ。彼の使いっ走りになっているのが刑事のハン・ドギョン。イケメン俳優なのに、平然と悪事に手を染める汚れ役を演じている。市長の犯罪を解明しようとする検事も加わり、三つどもえのサバイバルが凄惨(せいさん)な殺し合いに発展していく。
この作品を取り上げたのは、とんでもないカーチェイスシーンがあるからだ。「ヒュンダイ・サンタフェ」に乗った主人公が、高速道路でワンボックスカーを追う。豪雨の中で激しいぶつかり合いを演じ、サンタフェは壁にこすり付けられて火花を飛ばしながらの激走だ。その様子を映し出すカメラが、2台の目の前を横切るという離れ業。そのままクルマの中に入っていき、後席からドライバーをとらえる。一体どうやって撮影しているのか。何度もスロー再生してみたが、まったくわからなかった。
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映画史上最も叙情的なミニバン
韓国では行政が映画撮影に協力的だから、激しいカーチェイスを撮ることができる。日本の状況は絶望的だ。公道でクルマをクラッシュさせるなんてもってのほかで、仕方なく海外で撮影せざるを得ないケースも多い。『サンセットドライブ』ではクルマが重要な役割を果たすが、法定速度を守った平和な運転である。
鎌倉に住む植木要一(小林 敬)は、ミュージシャンを目指しながら派遣社員として働いている。妻の亜紀(佐伯日菜子)との離婚届にサインした夜、長女の雪が発熱して入院。検査結果が出るまでの1週間、離婚はおあずけとなった。亜紀が病院に泊まって付き添うことになり、要一は長男の亮と一緒に過ごすことになる。
ごく普通の家族だから、クルマも普通だ。ファミリーカーとして日本中で使われている「トヨタ・ノア」に乗っている。特にクルマについてのこだわりはないのだろう。便利さだけで選んだに違いない。要一が長男を保育園に送り届けた後に病院に行き、付き添いを交代すると亜紀がキーを受け取って家に帰る。
ちょうど夏休みが終わる前で、要一は会社を休んで長男とドライブに出掛けることにした。何も思い出になるようなことをしてやっていないことに気づいたからだ。湘南の海に出掛け、海の家でラーメンを食べる。おいしいはずはないが、長男は大喜び。海辺で食事をすることが楽しいのだ。
ノアは3列シートの7人乗りなのに、映画の中ではいつも2人しか乗っていない。家族が壊れ始めていることが、視覚的に伝わってくる。禅寺を訪ね、早朝の海水浴場に行くうちに、父親はノアの室内を家族で満たすことを夢見るだろう。纐纈悠輔のギターが美しい旋律を奏で、夕日の中を父子がドライブする。ノアがこれほどまでに叙情的な姿を見せるのを初めて見た。
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差別が横行していたアメリカ車の黄金時代
リチャードとミルドレッドは恋人同士。妊娠を告げるミルドレッドに、リチャードは満面の笑みで「結婚しよう」と語りかける。ありふれた幸福の風景だが、一つだけ問題があった。リチャードは白人で、ミルドレッドは黒人。1958年のアメリカ・バージニア州では、異人種間の結婚は違法だった。
『ラビング 愛という名前のふたり』は、実話を元にした映画である。純愛を貫く2人の名字がLovingというのは出来過ぎのようだが、これも事実だ。レンガ職人のリチャードは真面目で勤勉な青年で、稼ぎも悪くない。愛車は「フォード・クラウンヴィクトリア」で、仲間たちとはドラッグレースを楽しんでいる。モータリゼーション真っただ中という時代だ。食卓では「フォードとシェビーはどっちが速いか」という話題に花が咲く。
2人は異人種間の結婚が認められていたワシントンDCまでクルマを飛ばし、晴れて婚姻許可証を手に入れた。しかし、地元の警察官には通用しない。真夜中に寝室を急襲し、2人を逮捕する。困ったことに、彼らは正義を執行していると思いこんでいるのだ。当時は一定数の人間が白人と黒人が結婚することは不道徳だと信じていた。想像しがたいことだが、今でも使命感に燃えてヘイトスピーチに精を出す連中がいるのだから彼らを笑えない。
裁判にかけられた2人は懲役刑を免れたものの、州から出ていくよう命じられる。25年の間、故郷に戻ってくることはできない。ワシントンDCで新生活を始めるが、ミルドレッドはどうしてもリチャードの母のもとで出産したいと言う。2人は危険な賭けに出る。途中でクルマを乗り換え、警察の目を欺こうとしたのだ。
もちろん、それは根本的な解決にならない。1964年になるとラビング夫妻は3人の子供たちとともにひそかに故郷に戻って暮らし始める。ミルドレッドが司法長官のロバート・ケネディに手紙で訴えたことで、司法が動き始めた。1967年、ついに最高裁が異人種間結婚禁止を憲法違反だと認めることになる。
賢くてしっかり者の妻ミルドレッド役のルース・ネッガ、ちょっとぼんやりしているが優しくて愛情深い夫役のジョエル・エルガートン。2人の素晴らしい演技が作品に深みとリアリティーを与えている。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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