第534回:冬休み特別企画
これがイタリアおやじの秘密基地だ!
2017.12.29
マッキナ あらモーダ!
お父さんはどこにいれば……?
この原稿が日本で公開されるころ、読者諸兄の多くは自宅で年末年始を過ごしているに違いない。せっかく久しぶりに家のリビングにいるのに、奥さんや娘さんから「おじさん、ゴロゴロしてないで、どこかに出掛けてきてよ」などと言われている人もいるだろう。
日ごろ夫や父親としての務めを果たしているのに、“おじさん”呼ばわりされたうえに追い出されるとは、なんとも悲しい。
そうしたときのお父さんたちの避難場所は、自室やガレージであろう。では、イタリアのおやじたちは、どんな“秘密基地”で過ごしているのか? というのが今回のお話である。
ボクが5年前まで住んでいたシエナ旧市街のアパルタメントには、共用階段の踊り場を挟んでお隣さんがいた。
彼らは3人家族だった。夫のジャンニさん、クリーニング店を切り盛りしている夫人のモニカさん、そして、ひとり息子のマッティーア君という構成である。
「カングー」が似合わないおじさん
奥さんは小柄、息子もヒョロっとしているのに対して、お父さんのジャンニさんは妙に体格がいい。ある日奥さんに聞いたところ、地元の体育館においてボランティアで空手を教えているとのことだった。そのこわもてと、家族用のクルマ「ルノー・カングー」が、かなりアンバランスであった。そのため、生粋の文科系弱腰の筆者は、お隣さんでありながらジャンニさんだけは少々近づきがたかった。
少し前、久々に昔のわが家の周辺を通りがてら、彼らの家を訪ねてみた。すると息子のマッティーア君は、ちょっと見ない間に立派な青年になっていた。フィレンツェの映像アート系専門学校に籍を置きながら、シエナの地元テレビ局でADをしているという。ボクが住み始めたころ、まだ床に座って母親と絵を描いていた記憶があるだけに驚いた。
さて、今回の主役であるジャンニさんである。1955年生まれの彼は数年前、36年間勤めた銀行を退職して年金生活に入った。例の空手歴は45年を誇る。「銀行員時代は夕方5時に仕事を終えると、その足で体育館に行って9時ごろまで子供たちを指導していたよ」と振り返る。
おっと、かつて気がつかなかったが、彼らのリビングからは不思議ならせん階段が伸びているではないか。
お隣さんの意外な過去
「私の部屋に通じているんだよ」とジャンニさんは言う。せっかくなので見せてくれるように頼むと、彼はらせん階段を上り始めた。階段の途中の壁面には、若き日のジャンニさんの写真や友人が描いてくれた似顔絵が連なる。タイムトンネル感覚である。階段を上がりきると、LPのコレクションが目に入った。
「若い頃の私にとって、『ジェネシス』や『レッドツェッペリン』は、まさに神格的存在だったんだ」
次に目に入ったのは、バンドのメンバーが写った1枚のポスターだった。グループ名は「Vernice fresca」。日本語に訳せば「ペンキ塗り立て」の意味である。写真中央でスティックを持った若者の顔は、どこかジャンニさんに似ている。
「そう、これは私だ」と彼。「子供のころから洗剤容器の筒を並べては棒でたたき、食卓につけばナイフとフォークでテーブルをたたいていた」と解説する。母親は、そうしたジャンニさんを眺めていたのだろう。
「それまで専業主婦で一切仕事経験のなかった専業主婦の彼女が、ある年にパート従業員として菓子工場へ働きに出たんだ。何かと思ったら、その給料で俺にとって最初のドラムを買ってくれたんだよ」
今も屋根裏でたたき続ける
学生時代もジャンニさんは友人5人と組んだバンドで、ドラムにのめり込んだ。毎晩集まる“スタジオ”は、田舎の小屋を農家から賃借りしたものだった。やがて彼らの腕はプロのシンガーに認められ、彼にくっついて各地を巡業するまでに至った。例のポスターは、当時巡業に行く先々で、町角に貼り出されたものなのだ。
その人気バンドが、なぜ消滅したのか?
「メンバーが次々と兵役(筆者注:当時イタリアには約14カ月の兵役があった)の期間にかかってしまったため、やむなく解散したんだ」
しかし、ジャンニさんはその後も市内の祭りで太鼓をたたき続けた。元バンド仲間のうち2人は、今もプロとして活躍しているという。ジャンニさんはいま、自らの秘密基地である屋根裏部屋でスティックを握り、いくつもの思い出を胸にエレクトリックドラムをたたき続けている。
二輪にまたがった写真があったのでついでに聞けば、「私が若いころ、ホンダはイタリア製のバイクよりも値段が高かったけれど、格段にイカしてたね」と顔をほころばせた。
一見近づきがたいおやじも、話してみれば歴史あり。新しい年も、日本の男性ファッション誌やライフスタイル誌とは違った、生のイタリアと周辺諸国のお話をお伝えしていきたい。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。












