第540回:日本とはまるで違う
「イタリア式アマゾン」に泣く
2018.02.09
マッキナ あらモーダ!
発端は「配送センターのブレスレット」
日本で2018年1月30日、ネット通販業者のアマゾンが、宅配便大手・ヤマトホールディングスの値上げ要請を受け入れたことが明らかになった。ネット通販普及による宅配便の急増と人手不足が背景にあるという。
一方イタリアでも、2月1日以降、アマゾンが連日ニュースのヘッドラインをにぎわわせている。
発端は、アマゾン・イタリアの配送センターで導入を決めた新しいデバイスだ。それはブレスレット型で、倉庫内での従業員の動作をトラッキングするもの。動きを解析することにより、作業効率を改善させるとして採用されたツールだった。
しかしイタリア人従業員たちが「私たちはロボットではない」として、この決定に抗議。政界や労働組合まで巻き込む議論となり、ジェンティローニ首相もブレスレット導入に反対の意向を示した。続いて翌2日にはポレッティ労働大臣とアマゾン・イタリアの幹部が会談の席をもつ事態にまで発展した。
アマゾンが北部ピアチェンツァに流通センターを開設してイタリアでサービスを開始したのは、2011年10月のことだ。現在は中部のリエティにも流通センターがある。
同社の労使関係がニュースの話題となったのは、これが初めてではない。2017年11月には、いわゆるブラックフライデーの勤務が過酷すぎるとして従業員が抗議。ストライキを計画した。
そこで今回はアマゾンにちなんで、イタリアでボクの身に降りかかった、日本の常識からするととんでもない“事件”についてお話ししよう。
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イタリアのペースは油断ならない
ボク自身は、送料が無料になったり、通常より早く配送される商品が多くなったりするアマゾンの「プライム会員」に、2017年1月に加入した。イタリアにおける年会費は19.99ユーロ(約2700円)だ。
調べてみると、ボクが申し込む2年前の2015年に、プライム料金は従来の9.99ユーロから突然ほぼ倍額の現行料金に値上げされたそうだ。それをもってしてもイタリアのプライム会費は、日本の3900円、アメリカの99ドル(約1万円。一括払い)と比べて安い。
本エッセイの第488回に記した電子レンジを購入したときは当初4日で到着するはずが7日もかかってヤキモキしたものだが、プライムにすれば少しは状況が改善されるだろう。そんなわずかな望みを抱いたのも事実だ。
プライムを使って最初に買ったのは、2017年2月の加湿器だった。イタリアの家電量販店で加湿器といえば、いまだに、懐かしいSLのように蒸気が出るタイプである。そこで、イタリアで入手が難しいシャープのプラズマクラスター搭載加湿空気清浄器をアマゾンで探すことにした。本当は女房へのバレンタインデープレゼントのはずだったが、ダラダラ決めかねているうちに、2月14日を過ぎてしまった。
それはともかく、商品の届け方は「スタンダード配送」しか選べなかった。かつ、ドイツからの発送だった。だが当初表示された「中6日」という見込みから早まり、「中4日」で到着した。これは幸先がいい。
次に注文したのは3月で、商品はレーザープリンターのトナーだった。金曜日の注文で、翌週の月曜日には到着した。ボクが住む地方都市は、県都ではあっても土曜配達対象都市ではないし、イタリアは、日曜はどこであれ配送がない。つまり、事実上の翌日配達をこなしてくれた。
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予告なき変更
だがその後、雲行きが怪しくなってきた。8月に買い物用のトロリーを注文したときだ。注文時は「中4日」の予定だったものの、後日、ボクに通知することなく1日前倒しの「中3日」に早まってしまっていた。それを知らず不在にしていたら受け取りのタイミングを逃してしまい、最終的には再配達をしてもらった。そして、当初の予定どおり「中4日」になった。
続いて10月、再びレーザープリンターのトナーを注文したときは、「中1日」のはずが、待てど暮らせど予定日には届かず、通告もないまま「中2日」になってしまった。
そして先日、1月26日の金曜日、ボクにとっては3度目となるトナーを注文したとき、これまでで一番のハプニングに巻き込まれた。
今回は、わが街シエナの駅前ショッピングモール内に2017年に設置された「アマゾンロッカー」を受け取り場所に指定した。わが家のレジデンスのインターホンは、たびたび調子が悪くなる。そこであえてロッカーを選んでみたのだ。
到着予定日は「月曜日」と表示された。2017年3月のときと同様、週末注文の週明け到着ということか。ところが、月曜当日になっても品物が来ない。仕方がないので翌火曜日朝まで待つと、何もなかったかのように到着予定も「火曜日」に変わっていた。だがその日も商品は届かなかった。連絡もない。大事な書類を大量に印刷する前だったので、かなり焦ってきた。
悲鳴をあげる恐怖のロッカー
その夕方、かつてショッピングモール内にある例のアマゾンロッカーに貼られてあった、ある張り紙がボクの脳裏によみがえってきた。そこには「Guasto(故障中)」と書かれていた。2017年8月のことだった。
勘は当たった。翌日起きてみると、前夜の間にアマゾンからメールが入っていた。
「アマゾンロッカーが故障しています。つきましてはサービスセンターにご連絡ください」
念のため、同日の午前中ショッピングモールにのぞきに行ってみると、今回は「Guasto」の貼り紙がない。だがロッカーは「ピ~」という断末魔の叫びの如きアラーム音を上げながら放置されていた。周囲の店舗の人は、さぞうるさかろう。
午後、カスタマーサービスに電話してみた。オペレーターの女性は自身を名乗ると同時に、「この電話はルーマニアでお受けしております。○○です」と言った。こう宣言することで、無理難題をふっかけるクレーマーを避けているのであろうか。
ボクに提示された選択肢は3つ。ロッカーが修理されるのを待つか、届け先を自宅に変更するか、そして注文を取り消して返金の手続きをするかである。
イタリアである。ロッカーがいつ直るかなんて分からない。自宅はインターホンが前述のコンディションだ。そこでボクは例の書類を手持ちのインクでギリギリ刷り終わることができたので、返金してもらうことにした。
次のプライム更新は3月だ。会員特典として見られる「プライムビデオ」のイタリア版は、『Top Gear』の動画こそ配信しているものの、なじみのないアメリカのテレビシリーズ、もしくは古いハリウッドものが目立つ。日本のプライムビデオほど魅力がない。
いっそ更新を打ち切ったほうが良いのかもしれないが、プライム会員でなくなると、さらに配送が後回しになりそうだと思うと、なんとも判断に困るところだ。
人生観が関わる話
イタリアでは、外国に倣ってにぎにぎしく新しいシステムやモノを導入しても、なかなかうまくいかないことが多々ある。
その理由としては、労働組合が強いことや、長年にわたる労働と生活に対するイメージが挙げられる。冒頭の配送センターでの論議は、まさにそれによるものだ。彼らの中の優先順位は、ときとしてグローバル企業が決めたスタンダードを超越するときがある。
冒頭にも記した「私たちはロボットではない」という彼らの言葉から察することができるように、このあたりは人生観も関わってくる問題であり、日本や米国の労働観と一概に比較することはできない。
そんな中、2018年3月にはイタリアでは総選挙が実施される。政治家や労働組合がパフォーマンスとして、郷土愛の強いイタリア人を相手に自らがグローバル企業と対峙(たいじ)する姿をアピールしているようにも筆者の目には映る。
もうひとつ、こうしたシステムがイタリアでうまくいかない理由は「メンテナンスが行き届かないこと」である。アマゾンロッカーだけでなく、パーキングチケット発券機、駅の自動券売機、車いす用リフト、電気自動車の充電ポール……とせっかく最新の設備が設置されていても、壊れていることが多い。
ついでに今回思ったのは、「もしコンビニエンスストアがあれば、受け取りにこんな苦労することはなかろうに」ということである。そう、イタリアには日本のようなコンビニが無いのだ。
だから東京に行って、ほぼすべてが快適かつ正確に進行していく生活や、それを街角で支えるコンビニの便利さにどっぷり漬かったあと、次に何が起こるか予想もできなければコンビニもないイタリアに戻ると、クルマに乗っていて急ブレーキを踏まれたような感覚に襲われる。再びそのような暮らしに慣れるまでには、日本に滞在したのと同じだけの期間を要するのだ。
怒りを忘れてエールを送る
最後に、アマゾンのオペレーターに話を戻そう。
今日、日本でカスタマーサービスに電話をかけると中国やタイのコールセンターにつながることがあるように、イタリアでもオペレーターの賃金が安い外国につながる場合がある。
特にルーマニアは、東欧圏には珍しく自言語がラテン語系なので、イタリア語をすらすら話す人が少なくない。そのためイタリア語オペレーターが多い国のひとつになっているのだ。
今回応対してくれたオペレーターが「差し支えなければ、どちらのご出身かうかがえませんか?」とボクに聞くので、「日本人です」と答えると、「フランス人が話すイタリア語のようなので、フランスの方かと思いました」とのたまう。日頃フランス語を話せば「あんた、イタリア住んでんだろ。なまってるよォ」とフランス人に即刻笑われるボクゆえ、なんだか頭がこんがらがってしまった。
ボクはいたずら半分に逆に質問することにした。
「イタリア語お上手ですねえ。イタリア人ですか? それとも……」
すると彼女は「生粋のルーマニア人です」と笑った。そして「かつてボローニャに10年間住んでいました」と教えてくれた。
一方ボクは、イタリア在住21年。クルマの歴史をイタリア語で話せと言われたら、適当な時間続けることはできるが、もし「アマゾンのクレーム対応をやれ」と言われたら、たとえマニュアルを渡されても彼女のような巧みさでは対応できない。アマゾンへの怒りも忘れ、ルーマニア人オペレーターに対しては、同じ「イタリア語を使う外国人」としてエールを送ってしまった。
ちなみに、この原稿を書いているいま、返金手続きが終わって4日が経過したにも関わらず、なぜかボクのもとには「ロッカーに商品が入りました」というメッセージが舞い込んだのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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