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第543回:お元気なのはいいけれど……
イタリアの高齢ドライバーについて考える

2018.03.02 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

高齢の運転者には肯定的?

先日、あるイタリア人宅を訪問したときのことである。夫妻が乗る「トヨタ・カローラ」のほかにもう1台、先々代の「シトロエンC3」が置いてあった。

夫人の父親の愛車という。さらに聞いて驚いた。「父は95歳だけど、まだ現役で運転してるの」。そして元教員という彼女は「私より運転がうまいくらいよ」と言って屈託のない笑みを浮かべた。

イタリアの価格比較サイト『ファーチレ・プントイット』が2017年に発表したところによると、今日イタリアでは、90歳以上の運転免許保有者は6万人を超える。

一方、テレビのニュースでは、少なくとも年に1度は「元気に運転するおじいちゃん」といったトピックが紹介される。2017年6月には100歳を迎えた元自動車部品商の男性が運転する様子が報じられた。車種は、イタリアでお年寄りから絶大な人気を獲得しながらも販売終了となった韓国GM製「シボレー・マティス」だった。

こうしたとき、イタリアのメディアの伝え方は、前述の夫人同様“ほのぼのした話題”だ。つまりポジティブな扱いなのである。

筆者のアルバムにおさまっている、親愛なる高齢ドライバーの皆さん。ジャンカルロ&オネリア夫妻と「ヒュンダイ・ゲッツ」。
筆者のアルバムにおさまっている、親愛なる高齢ドライバーの皆さん。ジャンカルロ&オネリア夫妻と「ヒュンダイ・ゲッツ」。拡大
カルロ氏と「スズキSX4」。
カルロ氏と「スズキSX4」。拡大

事故のトップは「運転中」

イタリアの自治形態は、大きいほうから州・県・地域自治体(コムーネ)と、日本に比べて複雑である。

その影響もあって、高齢者が関係した事故に関する全国調査や統計は、日本に比べて多くはない。

Cmrという機関が2017年に発表した「高齢者と交通事故」と題するリポートも、実は北部ロンバルディア州を中心に論じたものだ。しかし幸い、イタリア全国に関する現状も詳しく記されている。

それによると、2015年にイタリアにおいて交通事故で死亡した高齢者は、10年前の2005年に比べて20.5%減の1万7651人だった。

喜んではいけない。17歳以下は75.1%減、18歳から64歳までが実に54.1%も減っていることと比較すると、高齢者の死亡者数は減少のペースが緩慢なのだ。

高齢者が交通事故にどのような形で関係したかを示す数値によると、圧倒的に多いのは「運転者」の1万8492人で、「歩行者」6710人、「同乗者」5454人を大きく引き離している。そして「運転者」の数は、前年の2014年よりも472人増えているのだ。

元銀行員マウロ氏と「スズキ・ワゴンR+」の姉妹車「オペル・アジラ」。
元銀行員マウロ氏と「スズキ・ワゴンR+」の姉妹車「オペル・アジラ」。拡大

公共交通機関も一因

報告書は文末で、「高齢者に対する安全教育と啓蒙(けいもう)」「免許更新時を対象にした高齢者への告知の検討」「高齢者運転に対する地元警察の知識の更新」、そして「公共交通機関における高齢者優待制度の拡充」などを訴えている。

参考までにイタリアの運転免許更新について記すと、50歳までは10年ごとだが、それを超えると5年ごと、そして80歳を超えると2年ごとに短縮される。

ボクが思うに、公共交通機関の状況改善が喫緊の課題だろう。

例えばボクが住むシエナは、人口5万3000人の県庁所在地である。にもかかわらず、バスの主要路線が動き出すのは朝7時台からで、夜は20時台には終わってしまう。運営しているのは会社組織とはいえ事実上の州営なので、利用者の声が反映されにくい。

タクシーの数も全部で50数台と極めて少ない。割り算すると、1000人に1台程度しかないことになる。背景には、タクシーの個人営業ライセンスが当事者間で売買されることがある。ライセンス相場が下がることを嫌うドライバーたちの組合は、市がタクシー数を増やそうとするたびストライキなどの形で対抗する。

高齢者が自ら運転しなければならない条件が多すぎるのである。

元事務員で70代のピエロ氏と「フィアット・テムプラ」。
元事務員で70代のピエロ氏と「フィアット・テムプラ」。拡大

運転し続けるベビーブーマー

第2次大戦後の都市計画も、高齢者が免許を手放せない状況を生んだといえる。

イタリアの多くの自治体では、1970年代から80年代初頭に郊外型住宅地が建設された。参考までにいうと、ベルルスコーニ元首相は政界進出前、ミラノ郊外に住宅地を建設することで財を成した人物である。人々はより広い家を求めて、中世ルネッサンス以来の旧市街を捨て、そちらに移り住んだ。

多くは戦後ベビーブーム世代で、当時30代だった。自らステアリングを握り、安定した経済を背景に1人1台所有は当たり前。公共交通機関の充実など求めなかった。自治体も、彼らの“クルマ移動主義”にあぐらをかいて、公共交通機関網の充実を怠った。

そして時は過ぎ、ベビーブーマーは今70代になった。前述のようにバスのサービスが乏しい中で、今でも運転し続けるしかないのだ。イタリア中央統計局の発表によれば、この国の高齢人口は、2015年にはEU平均の28%を大きく上回る34%に達しているのにだ。

筆者の知人であるアンドレア(写真右)と、そのお母さん(左)。彼女の愛車は「インノチェンティ・ミニ」。
筆者の知人であるアンドレア(写真右)と、そのお母さん(左)。彼女の愛車は「インノチェンティ・ミニ」。拡大

MT車は高齢者の事故を抑制する?

ところで、イタリアでも近年目立つのは「高齢ドライバーの逆走事故」である。

2017年9月には、北部トリノで7時間の間に2件の高齢ドライバーによる逆走事故が発生している。同じ年のクリスマスには、ミラノ環状線で80歳と86歳のドライバーが、それぞれ別の逆走事故を起こした。直近では、2018年2月に南部ブリィンディシ~タラント間の自動車専用道路で、2週間に3件も高齢者による逆走事故が発生している。

一方、日本で頻発する「立体駐車場から落下」「駐車場で誤発進して店舗に突入」といった事故はまれだ。

「イタリアでは立体駐車場が日本と比べて極めて少ないから」「日本のようなコンビニエンスストアが事実上存在しないから」といったことはさておき、最大の理由は「オートマチック車の普及率が低いこと」にあると筆者はみている。

2017年5月15日の『イル・ソーレ24オーレ』紙によると、イタリアでは過去5年間にAT車の普及率が15%から20%へと高まった。これに貢献したのは、セグメントDと呼ばれるモデルで、プジョーなら「508」、アウディであれば「A4」以上のクルマたちだ。

小型車におけるAT比率の伸びは限られている。多くの高齢者が選ぶモデルはそれほどATが選べないし、そもそもイタリアのお年寄りは保守的な人が多く、長年親しんできたMT車を積極的に選ぶのだ。

マニュアル車はクラッチの操作が必要になるうえ、いわゆるクリープ現象もない。ペダルが多いぶん、かえって踏み間違えは少ない。それらが幸いにも落下や店舗突入の数を少なくしているのではなかろうか。

もちろん仕事でクルマに乗り続ける高齢者もいる。1945年生まれで今年73歳のマリオさん。「プジョー206」の商用車仕様をサービスカーとして駆る。
もちろん仕事でクルマに乗り続ける高齢者もいる。1945年生まれで今年73歳のマリオさん。「プジョー206」の商用車仕様をサービスカーとして駆る。拡大

日焼けの次は高齢ドライバー問題を

メディア的観点からすれば「いつまでも運転するおじいちゃん」がほのぼのした話題として伝えられるのは、高齢での運転を「悪」と決めつけず、さまざまな視点からものごとを見ている健全な状態といえよう。

しかし社会的な観点からすれば、各種の身体的能力が低下した高齢者の運転と、それによる悲惨な事故を減らすべく、より統計学的・科学的な見方で採り上げられるべきなのだ。

イタリアで高齢ドライバーの問題が主要メディアで大きく採り上げられるようになるまで、あとどのくらいの月日を要するのか。

この国では、「日焼け」は長年にわたり視覚的メリットが優先されていて、その弊害について積極的にテレビで扱われるようになったのはここ2、3年のことだ。

高齢ドライバーについても、もっとマスコミで論じてほしい。昔のドラテク(死語)を披露してやる! と言わんばかりに車間距離を詰めて走るおじいちゃんをバックミラー越しに眺めながら、そう願う筆者である。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

元電力公社社員ルチアーノさんと初代「フィアット・パンダ」。
元電力公社社員ルチアーノさんと初代「フィアット・パンダ」。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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