第544回:「共用メルセデス」に「窓のないクルマ」
自動車の未来像に、あなたはついてこれるか?
2018.03.09
マッキナ あらモーダ!
自動車業界にないスピード感
世界最大級の携帯電話関連の見本市「モバイルワールドコングレス(Mobile World Congress。以下MWC)」が、2018年2月26日から3月1日までスペイン・バルセロナで開催された。今年のテーマ「より良い未来の創造」のもと、モバイル、エレクトロニクス関連製品を中心とした2300を超える企業が参加した。
会場で目立ったテクノロジーを集約すると以下の3つだ。ひとつ目は、先の平昌オリンピックでもテスト運用が行われ、国によっては2019年からサービスが開始される次世代通信規格「5G」に関する技術である。
2つ目は、仮想通貨に切り離せない「ブロックチェーン」に関するテクノロジー。3つ目はコンピューターネットワーク上で利用者に近い側に多数のサーバーを配置し、クラウドの負荷低減と通信遅延防止を図る「エッジ・コンピューティング」に関する技術であった。
コンシューマー製品の主役は依然スマートフォンである。サムスンはカメラ性能を向上させたフラッグシップモデル「ギャラクシーS9」「ギャラクシーS9+」を発表した。
一方、ソニーモバイルコミュニケーションズは、スマートフォンとして世界初の4K HDRビデオ撮影が可能な「Xperia(エクスペリア) XZ2」を公開した。
参考までにいうと、サムスンは前述の新製品を市中心部のカタルーニャ広場で早速展示し、一般向けにも華やかな宣伝を展開していた。広場に面したデパート「エル・コルテ・イグレンス」ではサムスンのコーナーに人だかりができている一方で、ファーウェイやアップルのコーナーには誰ひとりいなかった。
プロ向けの見本市とほぼ同時に、一般の人々が新型を試している。その光景を見ていると、以前より早くなったとはいえモーターショーからディーラーにやってくるまでかなりの時間がかかる自動車という商品が、なんとも前時代のものに感じられた。
ぶっとぶ準備はできてるかい?
ボクが滞在していた民泊で別の部屋にいたのは、IT関連で働くイスラエル人のおじさんだった。自動車関連の新製品を中心に見にきたことをボクが話すと、「これからクルマは、ますます“走るコンピューター”になるぞ」と言った。
イスラエルおじさんの言葉どおり、会場では自動車ブランドやサプライヤーがコネクティビティー(通信)、オートノマス(自動運転)、シェアリング(共有)、エレクトリック(電動化)を表す“CASE”化を模索していた。
自動車ブランドで最も大きなブースを構えたのはダイムラーであった。2018年2月初旬に発表されたばかりの新型「メルセデス・ベンツAクラス」を展示。プレスカンファレンスでは、CESで発表されたマルチメディアシステム「MBUX(メルセデス・ベンツ・ユーザーエクスペリエンス)」を紹介した。
加えて今回は、新たなサービス「プライベート・カーシェアリング」を発表した。
これは新型Aクラスを友人や家族など特定のグループ内で“共有”するものだ。オーナーが専用アプリケーション「Mercedes Me」で許可した人は、同じくMercedes Meアプリを通じてドアを解錠できる。これはドイツ国内で販売される新型Aクラスに装備されるデジタルビークルキーとビルトインNFCステッカーによるものである。
借りた人はグローブボックス内のキーを用いてエンジンをかける。使用後は車内にキーを残し、再びアプリで施錠する。
ところでMBUXにおいては好みの音楽やアドレス帳をはじめ、多くのパーソナル情報が表示される。知人に見られてしまうことはないのか? そのような筆者の心配に、デジタル担当副社長のザビーネ・ショウネルト氏は、「(家族や知人に貸している間は)そうしたプライバシーは完全に守られる」と話す。
今回は家族や知り合いの間でのシェアだが、ダイムラーがすでに欧州各国の大都市でスマートなどを使って普及させているカーシェアリングサービス「Car2go」との連携も将来模索していくと、ショウネルト氏は語る。
ところでMWC直前の2018年2月21日には、ボッシュ(今年は不参加)が、ライドシェア(相乗り)サービス企業「SPLT」の買収を発表した。昨今のドイツ企業におけるシェアリング社会への対応には目を見張るものがある。
世紀を超えて“所有する喜び”の代名詞として歩んだブランドが、「シェア」を提唱する時代が始まっている。「さあ、ぶっとぶ準備はできてるかい?」は、同業他社・日産のスローガンだが、今やダイムラーが同じせりふを顧客に向かって叫んでいるような気がしてならない。
「5G」とつながるクルマの姿
自動車メーカー各社の展開は、華やかさからすると、2018年1月のラスベガスCESに劣る。しかし、自動運転や5G通信の応用に関していえば、CESよりも積極的かつ具体的な提案がみられた。
NTTドコモがソニーおよびヤマハ発動機と協力して開発した「New Concept Cart」は、その代表例だ。
「開発に注力するあまり、ネーミングの時間がなかったんだろうな」といったくだらない臆測はともかく、このクルマの目指すものは、ずばり「窓が要らない自動車」である。
ソニー製一眼レフカメラ「α7S II」と同じ4Kカメラで車両の周囲を常時撮影。乗員は車内のディスプレイを見ながら、手動もしくは自動で運転を行う。実際、今回パビリオンの外からブースへの搬入では、スタッフがディスプレイを見ながら運転したという。
今回展示された車両では、乗降を考慮して左右にドアのない開口部が設けられていた。だが車内全周をディスプレイで覆えば、窓のないクルマも可能ということになる。
なぜこのようなクルマを?
答えは明快だ。4Kカメラは、夜間をはじめとする厳しい状況下で、肉眼の能力をはるかに超える描写力に優れたカラー画像を運転者に提供できるからである。さらに、「高齢化による視力・視野の低下も補える」とスタッフは説明する。
5G通信は、さまざまな可能性を広げる。例えば自動運転モードで各種操作から解放されるドライバーへのエンターテインメント提供だ。例えば「スタジアム近くを走るときには、サッカー試合中の中継映像をフロントスクリーンに投影する」といった演出が可能だ。同時に、車両からは渋滞情報をクラウドに自動アップロードする。
一方でエクステリアのディスプレイには、走行中の地域に合わせて広告を投影することも可能になる。スタッフは、これらの技術を、まずは一部特区における移動手段を対象に採用していきたいとしている。
「窓ガラスの代わりにディスプレイ」に話を戻せば、それは今後実用化が進むと思われるドアミラー/ルームミラーの電子化の延長線上にあるものといえる。機内の壁と天井にディスプレイを貼る「窓のない旅客機」構想にも通じるものもある。
同時に思い出したのは、2003年の東京ショーにおける日産のコンセプトカー「JIKOO(じくう)」に搭載されていた「江戸ナビ」である。運転席には今の東京のナビ画面が、助手席には江戸の地図が表示される、面白機能だった。
このアイデアを拡大して「New Concept Cart」に搭載し、現代の東京を走るときにはあたかも江戸町人や飛脚の間をすり抜けているかのような映像が、ローマでは『ベン・ハー』時代のチャリオットと並走しているような映像が映ったら、さぞかし面白かろう。
マカフィー社長、トヨタを賞賛
会期中には毎日、IT業界をリードする人々の講演も開催された。
面白かったのは、セキュリティーソフト会社であるマカフィーのクリストファー・ヤングCEOのものだった。
まずは家庭に急速に普及をみせているAIスピーカーなどへの対応などを解説。その後、スクリーンにいきなり「改善」という漢字が映し出されたので、筆者は「またKAIZEN称賛か、キター!」と思った。
ただしそれは単なるイントロダクションで、ヤング氏が実際に焦点を当てたのはゼネラルモーターズ(GM)とトヨタによって1984年設立された合弁会社、NUMMI(ヌーミ)だった。当時を知る方ならご存じのとおり、NUMMIは、日米貿易摩擦を回避するための手段だ。
ヤング氏によれば、NUMMIを通じてGMがトヨタから学んだ最大のものは、「生産ラインを止めることだった」という。
問題が発生したら、従業員の誰もが即座に流れ作業を止められる。同時に生産工程各所に設けられた3色の信号――日本では工場のほか「1000円カット理髪店の混み具合を知らせるインジケーター」としておなじみの、あれ――で、問題発生箇所を伝達・共有する手法だ。
「これこそがGMにはない、品質を維持する最高の方法だった」と説明。同時にそれはそのまま、自社で仕事を遂行するうえで、またサイバーセキュリティーシステムを構築するうえでのポリシーになっていると明かした。何十年も前に日本の工場で編み出された方式が最先端IT企業の範となっているとは。自動車産業もまだ捨てたものではないと思ったボクであった。
その晩滞在先に戻ると、例のイスラエルおじさんが家主と話し込んでいた。何が起きたのかと聞けば、「欧州用と思って持参した電源プラグアダプターが、壁のアウトレットに挿せない」とおじさんは訴える。ヨーロッパにはいまだ国ごと、家ごと、場合によっては部屋ごとに、さまざまなプラグ形状が混在するのだ。
5Gやブロックチェーンを語る以前に解決すべき、意外な落とし穴である。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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