第547回:「A110」や「ルノー5アルピーヌ」を秘蔵する
あるアルピーヌファンおじさんの熱烈人生
2018.03.30
マッキナ あらモーダ!
車検場の隣にA110の影
新生「アルピーヌA110」は、ヨーロッパの自動車メディアでも話題である。2018年3月のジュネーブモーターショーでは、GT4カテゴリー用モデルと、「Pure(ピュア)」と名づけられたライトウェイト仕様が展示されたのが記憶に新しい。
今回は、古いアルピーヌを愛する、あるイタリア人紳士のお話である。
先日、自分のクルマの車検切れがやってきた。これまでちょっと離れた街にあるなじみのディーラーに頼んできたが、今回は仕事が立て込んでいた。「ええい、手っ取り早く済ませてしまえ」ということで、ボクが住むシエナ市内で行うことにした。ルノー販売店に併設されている民間車検場である。
ショールームの裏手に設けられた車検専門コーナーに赴くと、専任スタッフが「1時間弱で終わる」という。その間、構内をぶらぶらしていることにした。
車検場の隣にはルノーの整備工場があるのだが、そのまた隣の扉にただならぬ気配を感じた。窓越しのシルエットから察するに、古いモデルがある。中をのぞくと、アルピーヌA110や「ルノー5アルピーヌ ターボ」が並んでいるではないか。
なんなんだ、このコレクションは。整備部門のメカニックに聞くと、「ショールームのルイージに聞いてごらん」と言う。教えてもらった館内の近道をたどると、壁面には、初代アルピーヌA110やルノー5アルピーヌの走行シーンの写真が数々掲げられている。エンスージアストの匂いを感じた。
ショールームを訪ねると、ルイージ氏本人に会うことができた。彼はルノーショールームの支配人であった。ボクが「残念ながらルノーを買いに来たのではないのですが……」と、取りあえず断ったあと、「裏にある、あのコレクションは?」と聞くと、彼の表情が見る見るうちに生き生きとしてきた。
ルノー販売店に転職&社長令嬢と結婚
ルイージ・カザーリ氏は、1955年シエナ近郊に生まれた。
クルマとのなれ初めは?
「父は戦前生まれで、家にクルマはありませんでした。しかし、私が14歳だった1969年、町がリネア・モービリというラリーのコースになったのです」。ルイージ少年は、自転車を必死に漕(こ)いでラリーの観戦ポイントを巡ったという。
その日以来、クルマの虜(とりこ)になったルイージ氏は、やがて地元自動車メカニックのもとで工具を借り、カートを造って楽しんだ。19歳で広告のグラフィックデザイナーの職についたが、時間があればルノー販売店に入り浸るようになっていった。なぜなら、店は地元ラリードライバーに車両を貸与したり、整備をしたりといったかたちでサポートを提供していたからだった。
そのルイージ氏が1枚の写真を見せてくれた。場所はシエナ旧市街のカンポ広場で、アルピーヌがアルファ・ロメオ2台と並んでいる。「1973年モンテカルロ・ラリーに出場する選手を、店がサポートしたときの記念写真です」と彼は説明する。
「当時のモンテカルロは各国の参加者たちが自国からスタートしていました。イタリアの出発点はローマ。モンテカルロまでの区間もきちんとポイントに入っていました」。
地元シエナ出身で、のちにF1ドライバーとなるアレッサンドロ・ナニーニは、ルイージ氏の4歳年下である。彼の駆け出し時代についても、ルイージ氏はよく記憶している。
「ナニーニは普段シトロエンの『ディアーヌ』に乗っていました。実をいうと彼は、運転免許取得前からアペニン山脈のラリーに出場して腕を磨いていました」。のどかな時代である。
ルイージ氏はサポート隊にくっついて、先のモンテカルロをはじめ、サンレモ、サンマリノ、エルバ島……といった数々のラリーに遠征した。さらに1977年からは、自らルノー5アルピーヌを駆って地方級ラリーを荒らし回るようになった。
そうした生活を送るうち、グラフィックデザイナーの職を捨て、そのルノー販売店に転職してしまう。好きが高じてとは、このことである。そして1982年、27歳のときにさらなる転機が訪れる。販売店の社長令嬢だったドナータさんと結婚することになったのである。「店に出入りし始めた頃から顔見知りではあったのですが……」とルイージ氏は振り返る。
ただし、意外な試練が待ち受けていた。
「ラリー禁止令」、そして四半世紀ぶりの復帰
「妻の両親から『今後ラリーをしてはならぬ』と言い渡されたのです」
従業員の生活を預かる身として職務に専念せよと、彼の義父母が命じたのは想像に難くない。
「私には、もうひとつの趣味としてカメラがありました」とルイージ氏は言うものの、仲間たちがラリーを続けるなか、1人だけ“抜ける”のは、さぞつらいものがあっただろう。
営業に専念したルイージ氏は、20数年にわたりルノー車を売りまくった。参考までに今日、彼の販売店は隣町にある支店と合わせて、ルノーとサブブランド「ダチア」を年間1200台販売している。中古車も含めると、その数は約2000台に達する。地元ではフィアットを除くと、トップセラーだ。
そうして成功を収め、支配人となったルイージ氏のショールームに、ある日昔の友人がふらりと訪ねてきた。2006年、51歳のときだった。
「彼は『私のルノー5アルピーヌを貸してほしい』とやってきたのです」
友人の希望に応じるため、彼は四半世紀にわたってしまっておいた愛車をガレージから引っ張り出した。すると、友人はモンテカルロ・ヒストリックラリーに4年にわたり連続出場。そのたび好成績を残した。
その頃からイタリアでは、ヒストリックカーによるイベントが各地で盛んに行われるようになっていた。友人の健闘に刺激されたルイージ氏は、昔の仲間を誘って、再びそうしたリバイバル走行イベントに参加するようになった。
愛車はワインと同じ
かつてラリーを楽しんだ同世代と、「スクアドラ・ピローティ・セネージ(シエナ・パイロットクラブ)」という会も結成した。
「なぜサーキット走行ではなくラリーを選んだかといえば、同じ志をもった仲間たちとより密に集えるからです」とルイージ氏。アマチュアとプロドライバーの境が今よりずっと低かった時代を楽しんだ世代ゆえ、メンバーの中には、イタリアのラリー史にたびたび登場する人物もいる。また、イタリア各地のイベントでは、サンドロ・ムナーリ(元ラリードライバー)といったレジェンドとも交流を楽しめる。
目下「70歳までラリーを楽しみたいですね」と語る。
車検のおかげで、こんなに身近で熱いおじさんと出会うことができた。ルイージ氏はクルマを収めた先ほどのスペースを「ガレージ」ではなく「cantina(カンティーナ)」と呼ぶ。イタリア語で「物置」である。
「イタリアでは、うまいワインはカンティーナに秘蔵しておく。だから私にとって、思い出のクルマがあるところは、カンティーナなのですよ」
ルイージ氏はアルピーヌA110のステアリングを握り、満面の笑みを浮かべた。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=Akio Lorenzo OYA、Luigi Casagli Archive/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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