第168回:春休みに観たい!
伊仏乳のクルマ映画DVD
2018.03.30
読んでますカー、観てますカー
狂気と自由のランチア・アッピア
イタリアのパオロ・ヴィルズィ監督作品。この連載で前に紹介した『人間の値打ち』の次に公開されたのが『歓びのトスカーナ』だ。この2作が高く評価され、ハリウッドに招かれて撮影したのが1月に紹介した映画『ロング,ロングバケーション』である。
タイトルからは風光明媚(めいび)なイタリアの自然に囲まれてワインとグルメの旅をする物語のようだが、原題は『La pazza gioia』。狂気の歓びといった意味らしく、舞台は司法病院だ。精神を病んだ犯罪者を収容する施設で、2015年に廃止されている。主人公のベアトリーチェは、病院の中でいつも女王のように振る舞っている。貴族の生まれで夫が弁護士だと言っているが、まったくのデタラメ。虚言癖がひどいのだ。『人間の値打ち』では金持ちの奥さま役だったバレリア・ブルーニ・デデスキが演じている。
新入りのドナテッラ(ミカエラ・ラマツォッティ)はいつも暗い表情で口数も少ないが、ベアトリーチェは気になって何かと言葉をかける。ハーブガーデンで働くことになった2人は、給料をもらった後にバスで逃走。病院の職員が探しに来るが、声をかけてきた男が乗っていた「フィアット・フリーモント」を奪って走り去った。
ベアトリーチェは常に躁(そう)状態で、のべつ幕なしにしゃべっている。口から出る言葉は思いつきのうそばかり。彼女は詐欺の常習犯なのだ。無一文なのにレストランで高級料理を注文し、会計の際にはカバンを盗まれたと言い張る。銀行ではカードが事務的な理由で使えなくなったから3000ユーロ貸せと交渉し、断られると逆ギレ。巻き込まれた形のドナテッラだが、一緒にいるうちに自分たちが似たような境遇であることを知る。どちらも、悪い男にだまされて不幸な人生を歩んできたのだ。
映画の撮影現場に紛れ込んだ2人は、スタッフの勘違いから「ランチア・アッピア コンバーチブル」に乗ることに。カットの声がかかっても、ドナテッラはアクセルを踏み続けて外へ飛び出していく。緑あふれるトスカーナの道で、彼女たちは自由を満喫するのだ。
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新旧MINIがパトカーとバトル
『ワイルド・ドライバー』はニュージーランド映画。オーストラリアなら『マッドマックス』や『クロコダイル・ダンディー』などが知られているが、ニュージーランド映画というのは日本ではあまりなじみがない。この作品も劇場公開はされず、DVDでの発売となった。
主人公はダメ男のジョン(ディーン・オゴーマン)。小説家だと称しているが、新作を書くことができずエージェントからは見放されている。家賃滞納でアパートから追い出されてドン底状態だ。八方ふさがりの彼は、会いに行かなければならない女性がいる。居候させてもらっていた友人のスーツを勝手に着込み、オンボロの「ホールデン・キングスウッド」で南を目指すが、少し走っただけでストップ。エンジンから火が出て炎上してしまう。
仕方なく山道を歩いていると、猛スピードでコーナーに突っ込んできた「MINIクーパーS」にひかれそうになった。運転していたルーク(ジェームズ・ロールストン)が乗せてくれることになったが、どうも訳アリらしい。彼は犯罪がらみでトラブルを起こしていて、盗んだMINIで逃げているのだ。ガソリン代を払わなかったことで、パトカーにも追われるハメになる。
ハンバーガーショップで拾った動物保護運動家の女性キーラ(アシュリー・カミングス)も乗せて3人でニュージーランド最南端のインバーカーギルへ向けて疾走する。警察とのバトルがテレビで報道され、彼らの行動に対する応援がSNSで広がっていく。『バニシング・ポイント』のような展開だ。
ヘリコプターまで動員する警察に対して、元レーサーのルークは華麗なドライビングテクニックで逃げ回る。しかし、ルートの要所を抑えられ、とても勝ち目はない。絶望的な状況の中で、頼もしい援軍が現れる。ニュージーランド全土から集まったMINIマニアたちだ。1960年代のクラシックMINIから最新のニューMINIまで、新旧モデルが入り乱れて激走する。MINIファンならば誰もが胸をアツくするだろう。
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自動運転車が暴走するノンストップコメディー
最後はフランス映画。とはいっても、しっとりした恋愛映画ではない。『ボン・ボヤージュ 家族旅行は大暴走』は、ドタバタコメディーなのだ。夏休みが始まり、コックス一家はバカンスに出掛ける。整形外科医の父トム(ジョゼ・ガルシア)、臨月を迎えた精神科医の母ジュリア(カロリーヌ・ヴィニョ)と2人の子供。祖父のベン(アンドレ・デュソリエ)も加わって5人で海辺のリゾートへ。
乗っていくのは、最新モデルの「メデューサ」。3列シートのミニバンだ。聞き慣れない車名だと思ったのは当然だ。映画のために作られた架空のクルマである。元になっているのは「メルセデス・ベンツVクラス」なのだが、そのまま使うわけにはいかなかった。このメデューサ、とんでもない欠陥車なのだ。
売りになっているのは、人工知能を取り入れた最新の先進自動運転機能。モニターに向かって言葉で指示すると、システムが安全で快適な運転を代行してくれる。要するにACCで、今はごく普通の装備となっている。しかし、メデューサのシステムにはバグがあったらしく、減速ができなくなってしまった。130km/hからスピードが下がらなくなり、システムキャンセルを試みたのが失敗して設定速度が160km/hまで上がってしまう。
高速道路とはいえ、遅いクルマも走っている。間を縫うようにステアリング操作するのは至難の業だ。キツいコーナーもあるし、渋滞が始まったら一巻の終わり。最初は疑っていた警察も協力し、道路を通行止めにして惨劇を未然に防ごうとする。
1994年公開の映画『スピード』は、速度が低下すると起爆装置のスイッチが入る爆弾が仕掛けられたバスを使ったノンストップアクションだった。当時はまだ自動運転なんて夢の世界だったが、現在は実現可能性が見えてきている。暴走車を出現させるのに、犯罪を設定する必要はない。システムの不調で同じ状況を作ることができるので、コメディー映画に仕立てることができたのだ。あまり笑えなかったのは、現実世界で自動運転車がテスト走行中に死亡事故を起こしたばかりだったからだろう。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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