第548回:欧州で猛威をふるう日産車旋風!
グッバイ! ドイツ車、そしてハロー! キャシュカイ
2018.04.06
マッキナ あらモーダ!
フランス製が好調
日産史上初のフランス製(実際にはルノー工場製)である5代目「日産マイクラ」(日本名:「マーチ」。新型は日本未導入)は、好調な滑り出しを見せている。2018年3月の現地法人発表によれば、フランス国内ではすでに1万台が納車されたという。
その勢いを加速させるかのように、フランスでは、マイクラの広告が盛んに見られるようになった。ちなみに現地では「ミクラ」と発音されている。
CMのエンディングには、「MICRA Made in France」というキャッチが現れる。自国語の保存伝承を促進するための法律にしたがい、「fabrique en France」の文字も併記されている。
2018年3月2日には、フランス国内向けに、その名も「Made in France」という特別仕様も投入された。400台限定で、「Apple CarPlay」をはじめとする豊富な機能に加え、レグザゴン(六角形)と呼ばれるフランス本土を図案化したバッジも付く。
かつて「トヨタ・ヤリス」(日本名:ヴィッツ)の欧州仕様を買った人に「フランス製ですね」と言った途端、たびたび相手に複雑な表情をされてきたボクとしては、この施策が吉と出るのかやや疑問である。世界同一品質にすべく日夜奔走している担当者の努力もむなしく、欧州には「日本ブランドは、もちろん日本工場製がベスト」と思い込んでいる人が少なくないのだ。
しかしながら、増加する移民などの影響やポピュリスト政党の活動を受け、ナショナリズムの機運が台頭する昨今である。Made in Franceのスローガンは、それなりの効果を示すかもしれない。
フル装備仕様、買っちゃった
ヨーロッパ生まれの日産車といえば、クロスオーバー「キャシュカイ」の歴史が長い。ロンドン中心部の日産デザイン・ヨーロッパでデザインされ、先代マイクラも造っていた英国サンダーランド工場で生産されている。欧州における販売開始は2007年だから、早くも10年以上が経過したことになる。
2代目である現行型は2017年にリスタイリングを受けたものの、もともとは2014年の発売だ。もはや4年目ということになるが、堅調に売れている。
2017年の欧州における販売台数は、前年比6.2%増の24万9063台。コンパクトSUV&クロスオーバー部門で、フォルクスワーゲンの「ティグアン」や「プジョー3008」を抑えて1位である。(数字はJATOダイナミクス調べ)。
イタリアにおける2017年全体の登録台数は3万1348台で、セグメントCでは「フィアット・ティーポ」、「フィアット500X」「フォルクスワーゲン・ゴルフ」「ジープ・レネゲード」に次ぐ5位にランクインしている。クロスオーバー部門では「500X」「ルノー・カプテュール」(日本名:キャプチャー)に次いで堂々3位だ(ANFIA調べ)。
今回は、そのキャシュカイに乗るイタリア人オーナーと話をする機会を得た。
オーナーの名はエミリオ・クグジさん。ボクが住む中部シエナ県で乳製品産業に携わる企業経営者である。彼の愛車は現行型の前期モデルだ。まずは自身の愛車について解説してもらおう。
「2年半前に購入しました。エンジンは1.6リッターディーゼルで、『テクナ』バージョンです」。テクナは上級仕様の名称で、事実上のフルオプショナルである。
参考までに、現在販売中のモデルにおけるテクナのイタリア国内基本価格は、税込み2万8460ユーロ(約372万円)。ベース仕様が2万1000ユーロ(約275万円)台だから、かなりの豪華仕様だ。
MLクラスから乗り換え
……と、装備にご満悦のエミリオさんだが、彼にはクルマそのものを語るにふさわしい車歴があった。
エミリオさんは1959年生まれの今年59歳。両親はサルデーニャ島で羊の酪農を営んでいた。1950年代のイタリアといえばフィアット車の天下である。ましてや、島しょ部といえば選択肢はかなり狭かっただろう。だが彼の家の場合は違った。
「父は若い頃、フランスでチーズの作り方を学びながら働いていました。そうしたこともあり、フィアットではなくルノーを好んでいました」
そのルノーは、彼が住む村で最初の自動車でもあったという。「それはそれは自慢でしたよ」
でもサルデーニャの酪農といえば山岳地が中心である。それまでクルマがなかった村で、燃料はどうしたのか。そんなボクの質問にエミリオさんは「農機のための小さなスタンドがありました。そこで給油していたのです」と笑う。
やがてクグジ家に転機がやってきた。彼が8歳のとき、父親が本土にいい土地を見つけたことで、家族で引っ越すことになったのだ。「私は『ルノー4』に兄弟と押し込まれ、船に乗って本土までやってきました」。今日エミリオさんの会社があるシエナ県で新たな生活を始めた家族は、以降も慣れ親しんだルノーやプジョーなどのフランス車に乗り続けた。
いっぽう、成人したエミリオさんは、免許を取得して最初のクルマこそシトロエンの「ディアーヌ」だったが、社業の発展とともにさまざまなドイツ車を楽しむようになった。「フォルクスワーゲンのゴルフや『パサート』、そしてアウディも乗り継ぎました」とエミリオ氏は振り返る。
「そしてメルセデスの『MLクラス』に乗ったあと、キャシュカイに興味をもちました。日産の店? 初めて入りましたよ」
次は“ユーク”を購入!?
ところで筆者の周囲には、ドイツ車からキャシュカイに乗り換えた人が、他にも2人いる。ひとりは病院勤務医で、「アウディA4」からのチェンジだ。もうひとりは大学の助教授で、初代「メルセデス・ベンツAクラス」を友人に譲ってキャシュカイにした。
彼らはいずれも過去にそれなりの自動車遍歴をもつと同時に、「安い割にアクセサリーが豊富」といった、旧来の日本車選択理由を口にしない。事実、エミリオさんも「操縦性に関してもドイツ車と遜色ないうえ、取り回しが驚くほど快適です」とキャシュカイを評価する。
米国にほぼ20年遅れたかたちだが、欧州でも日本車が「お得感」だけでない評価を受けるようになっているというムーブメントを、キャシュカイは後押ししている。
帰り際、エミリオさんが「地元で教師をしている女房には、近いうちに“ユーク”を買いますよ」と言う。
おっ、ボクの知らない日産車か? と思ってよく聞いたら、「ジューク」のコテコテイタリア語読みだった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=NISSAN、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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