アストンマーティンDB11 AMRシグネチャーエディション(FR/8AT)
スパイスが絶品 2018.06.12 試乗記 12気筒エンジンを搭載する「アストンマーティンDB11」をベースに開発された、高性能モデル「DB11 AMR」に試乗。足まわりやパワートレインのチューニングは大掛かりではないものの、その走りは、オリジナルとは大きく異なるものだった。“AMG”や“M”に近いもの
アストンマーティンDB11にAMRと呼ばれるグレードが追加された。AMRはAston Martin Racingの頭文字である。
レースファンにとって、AMRはなじみ深い名前だ。ルマン24時間に代表される耐久レースに挑戦し、毎回のように優勝争いを演じるアストンマーティンのワークスチーム。彼らのチーム名が、まさにAMRなのである。
こう聞かされれば、DB11 AMRのことをモータースポーツ直系のモデルと想像しても無理はない。しかし、アストンマーティン関係者の話を聞くと、どうやらそうではないらしいということがわかってくる。
アストンマーティンがロードカーにAMRモデルを投入すると発表したのは2017年のジュネーブモーターショーでのこと。このときは「ラピード」と(モデルチェンジする前の)「ヴァンテージ」の限定モデルとして登場することが明らかにされていた。したがってDB11 AMRはシリーズ第3弾ということになるが、ラピードやヴァンテージとは異なり、DB11 AMRはカタログモデルとして継続的に生産されるという。
では、AMRの位置づけはどのようなものなのか? DB11と「ヴァンキッシュ」のビークル・ライン・ディレクターを務めるポール・バリット氏は私にこう説明してくれた。「AMRは各モデルのトップパフォーマーに与えられるサブブランドで、メルセデスのAMG、BMWのMに近いと考えていただければ結構です。また、グレードの性格としては必ずしもサーキット走行向けではなく、一般公道での使用を念頭に置いて開発しました」
足まわりのチューンは最低限
DB11 AMRはV12エンジンを積むオリジナルのDB11をベースに開発された。では、オリジナルとAMRではどのように異なるのか? アストンマーティンでチーフエンジニアを務めるマット・ベッカー氏に話を聞いた。
「サスペンション・ダンパーについては、ピストンスピードの遅い領域のみ減衰率を高め、速い領域の減衰率には手をつけませんでした。これはドライバーとクルマの一体感を高めつつ、オリジナルDB11の弱点だった“ダイアゴナルなロール”(フロント外輪とリアの内輪など、対角線上に位置する車輪を軸に生じる斜め方向のボディーの傾き)を抑えることを目的としています。一方でピストンスピードの速い領域の減衰率をそのままとしたのは、乗り心地を悪化させたくなかったからです」
ダンパー以外では、フロントのアンチロールバーを見直したという。「フロントのみ直径を0.5mm太くしました。これを決めるまでには社内でもさまざまな議論がありましたが、結果的に乗り心地を損なうことなく力強いターンインを実現できました」
さらにリアサブフレームには、DB11 V8で採用されたのと同じ硬度の高いゴムブッシュが採用されたが、足まわりの変更点はこの3つだけで、タイヤの銘柄やサイズ、さらにはサスペンション・スプリングに至るまでオリジナルDB11と同一だという。
ボディーの剛性感に違いあり
一方、エンジンは700Nmの最大トルクはそのままに、その発生回転域を高回転側まで伸ばすことでオリジナルを31ps上回る最高出力639psを獲得。ギアボックスはロックアップ領域を拡大したというが、ドライブトレイン関連の変更点もこれだけ。内外装では細かな化粧直しが施され、よりスポーティーな装いを得たとはいえ、これも決して大規模な変更とはいえない。
しかし、路上で感じられたDB11 AMRの印象は、オリジナルのDB11とは大きく異なるものだった。
まず、ステアリングを通じて得られる情報量が格段に増えた。グランドツアラーとしての洗練さを優先したオリジナルDB11は、ステアリングに伝わるバイブレーションを極力排除しようとした結果、路面からのインフォメーションが少なめでタイヤの接地感をつかみにくかったが、DB11 AMRでは路面のザラツキまで克明に感じられるほか、限界付近のコーナリングでフロントタイヤのグリップが薄れている様子も明確に捉えることができた。
それでも乗り心地が悪化したとは思えない。たしかに、微低速で路面の段差を乗り越えたときには、いかにもダンピングが強力な“ドシン”という軽いショックが伝わるものの、振動の収束が素早いために不快には感じられない。リアのゴムブッシュを固めたDB11 V8でもまるでボディー全体の剛性感が格段に向上したように感じられたが、同じゴムブッシュを採用するDB11 AMRも同様で、ボディーのソリッド感が大きく改善されたように思える。これが乗り心地面でプラスに作用しているのは間違いのないところだ。
ツアラーの性格はそのまま
一方、スプリングレートがオリジナルDB11と同じであるため、適度なロールやピッチングは認められるものの、より強力なダンパーを組み込んだ恩恵でボディーが動くスピードは巧みに抑制されており、コーナリング時の挙動はより安定感が強まったといえる。
結果として、ステアリングを通じてタイヤの接地状態を確認しつつ、これまで以上に高い精度で狙ったラインをトレースできるようになった。つまり、コーナリング時の味わいは従来の典型的なグランドツアラーからよくできたスポーツカーをほうふつさせるものへと大きくシフトしたように感じられたのである。
ワインディングロードでスポーツカーと見まがうようなハンドリングを示したDB11 AMRだが、アウトバーンではオリジナルDB11と変わらないしなやかなフットワークを披露し、極めて快適に感じられた。速度無制限区間では240km/hまで試したが、路面の不整によって直進性が乱されることもなく、安心してステアリングを握っていられた。つまり、DB11のオリジナルコンセプトであるグランドツアラーとしての資質は不変だったといっていい。
この点にこそ、DB11 AMRの妙味はあると思う。すなわち、グランドツアラーとしての立ち位置は崩さず、新たなスパイスとしてスポーツ性を取り込む。足まわりの変更を小規模なものにとどめたのも、こうした味付けを狙ったものだったとすれば納得がいく。
ところで、DB11 AMRの発売に伴い、V12エンジンを積むオリジナルDB11はラインナップから外れ、今後はDB11 AMRとDB11 V8の2グレード構成になるという。キャラクターの違いがわかりにくかったオリジナルDB11とDB11 V8の関係に比べると、「スポーツ派はDB11 AMR、コンフォート派はDB11 V8」という立ち位置が明確になり、ファンにとっては選ぶ楽しさが増えたともいえるだろう。
アストンマーティンは今後、幅広いモデルにAMRを用意する計画だという。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=アストンマーティン/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アストンマーティンDB11 AMRシグネチャーエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4750×1950×1290mm(ドアミラー除く)
ホイールベース:2805mm
車重:1765kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:5.2リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:639ps(447kW)/6500rpm
最大トルク:700Nm(71.4kgm)/1500rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20/(後)295/35ZR20(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:11.4リッター/100km(約9.5km/リッター、NEDC複合モード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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