第173回:王子様キャラの鬼畜はW116に乗って現れる
『V.I.P. 修羅の獣たち』
2018.06.15
読んでますカー、観てますカー
融和ムードに冷水を浴びせかける
なんとも間の悪いタイミングでの公開である。『V.I.P. 修羅の獣たち』は、韓国、北朝鮮、アメリカの国家機関が入り乱れて暗闘を繰り広げる物語なのだ。現実の世界では、韓国の仲介によって6月12日にアメリカと北朝鮮のトップが初めて会談した。曲がりなりにも融和ムードが演出されているのに、この映画を観ると冷水を浴びせかけられたような気分になるだろう。
中国との国境の町、北朝鮮の新義州。コスモスが咲き誇る道を、制服を着た女子生徒が歩いている。通りかかったのは、「メルセデス・ベンツSクラス(W116)」に乗った男たちだ。いささか古いモデルとはいえ、高級車を自由にできるということは特権階級であるに違いない。後席では、きれいな顔の青年がヘッドフォンでクラシック音楽を聴きながら読書している。酒を飲みながら下品に談笑する前席の男たちは、彼の取り巻きなのだろう。
彼らは背後から近づいて停車し、少女をクルマの中に引きずり込む。連れ去って隠れ家に監禁し、手足を縛り上げて陰惨な暴行を加える。鬼畜の所業を笑顔で見ていた青年は、最後の仕上げを自分の手で行った。命乞いをする少女を絞殺したのだ。残虐な行為に喜びを感じているように見える。あまりに残酷なシーンだからなのか、画面にはぼかしがかけられていた。
どんな国であっても、このような犯罪が許されるわけがない。保安省のリ・デボム(パク・ヒスン)は同様な事件が起きていることに気づき、犯人を特定する。しかし、上部から中止命令が下された。逮捕することなど不可能な、アンタッチャブルな相手だったのだ。
新旧四天王が演技で火花を散らす
3年後、ソウル南部で連続殺人事件が発生する。捜査にあたったのはチェ・イド警視(キム・ミョンミン)。犯人を追い詰めるためには時に手荒い方法もいとわないアウトロー系の刑事だ。長年の経験で、彼はこの事件が同じ人物によるものだと直感する。容疑者として浮上したのは、あまりにも危険な男だった。北朝鮮からの企画亡命者である。
耳慣れない言葉だが、韓国では冷戦時代に北朝鮮の要人を亡命させて利用していた歴史があるという。国家情報院とアメリカのCIAが協力してスパイ活動を行い、北の中枢に近い人間から情報を得ようとしたのだ。事件を起こしていたのは、北朝鮮のナンバー2に仕える中国資金の金庫番キム・モスルの息子である。政治的な利用価値があるため、韓国ではVIP待遇を受ける。監視の目はゆるく、野放し状態だった。
その男、キム・グァンイルを演じるのはイ・ジョンソク。新韓流四天王の1人に数えられるイケメン俳優だ。これまではラブコメの出演が多かった王子様キャラだが、この作品では悪の権化になりきった。権力をかさに着て暴虐非道の限りを尽くし、卑劣で狡猾(こうかつ)な行動に出ることにためらいがない。冷酷非情で、人の痛みを感じることはないのだろう。殴られて血を流しながらもふてぶてしい態度を崩さないのは、心を持っていないからなのだろうか。微笑を浮かべながら平然と凶悪な行為に及ぶ姿には、凄絶(せいぜつ)な美すら感じられる。
チェ警視はグァンイルを逮捕するが、妨害が入る。国家情報院のパク・ジェヒョクが、グァンイルの身柄を取り戻そうとするのだ。彼はVIPであり、情報を得るためには警察の手に捕らわれているのでは都合が悪い。演じるのは、元祖韓流四天王のチャン・ドンゴンである。いつものダンディズムは封印し、疑問を抱きながらも公務員として国家の利益を守る忠実な下僕を体現した。
CGに頼らないカーチェイス
リベンジに燃えるリ・デボムも、韓国に潜入していた。CIAの工作員ポール・グレイ(ピーター・ストーメア)は、国家情報院に協力するそぶりを見せながらアメリカの利益を最優先するべく状況を操ろうとする。それぞれの思惑が入り乱れ、利害関係が複雑に絡みながら事態が進展していく。
国家がむき出しの敵意を見せながらぶつかり合う緊張感に満ちた状況に、日本人がリアリティーを感じるのは難しいかもしれない。しかし、韓国ではこれが現実だ。今も北朝鮮と水面下での争闘が続いている。
企画亡命者となったグァンイルの父の上司には、実在の人物が設定されている。張成沢だ。金正日時代にはナンバー2と目されていて、金正恩にとっては叔父にあたる人物である。中国との太いパイプを持っていたが、金正恩の怒りを買って2013年に失脚。国家の敵として処刑された。誰もが知る権力闘争が、物語の展開に重要な意味を持つ。観客はこれが絵空事とは感じられないはずだ。
韓国映画の常で、最後には派手なカーチェイスシーンが用意されている。「キャデラック・エスカレード」と「ヒュンダイ・テラカン」というSUV同士のバトルだ。CGを使わない街なかでの撮影で、荒っぽいからこその迫力がある。市街地での撮影がかなわない日本の映画人にとってはうらやましい撮影環境だ。
米朝の初会談で朝鮮半島の非核化が話し合われたが、合意の文言は明瞭ではなく、先行きがはっきりと見えたとは言えない。もちろん平和が訪れることを誰もが願っているが、裏側での駆け引きや暗闘が行われていることもまた確かなのだ。この映画も後味は苦く、ざらついた感触が心の底に残る。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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