フェラーリ488スパイダー(MR/7AT)
閉じてよし 開けてよし 2018.06.26 試乗記 パワフルなV8ターボエンジンを搭載する、フェラーリのオープントップモデル「488スパイダー」。その走りの楽しみは、オープンエアモータリングのみにあらず。さまざまな場面で、クローズドボディーの「488GTB」とは違った魅力に触れることができた。クーペとの違いはさほどない?
やっぱりフェラーリは、この分野では頭ひとつ飛び抜けてるのかもしれないな、というのがこの日の試乗を終えて最もこころの中に残ったことだった。ただでさえ持てる実力の100%なんて試しようがないというのに、途中からは中途半端な雨に見舞われて、路面は極めて滑りやすいチョイぬれ。そんな状況の中でこうしたクルマを走らせるのは、いろいろな意味で喜ばしいこととはいえない。けれど、そんな状況だったからこそ強く実感できたことというのがあって、感服させられちゃったような気持ちなのだ。
一日をスタートしたときは、もともと良くなかった天気予報がズレたことに感謝しつつも、晴れたり曇ったりを繰り返す空の下、この手のクルマに試乗するときとほぼ同じ、いつものニュートラルに近い気持ちだった。もちろん軽い期待感とちょっとばかりの緊張感は持ち合わせているわけだけど、それよりも2年半ほど前、日本導入直後に何度か試乗した「488GTB」とどこがどんなふうに違うのかな? という興味が先に立っていた。
488スパイダーそのものは2015年の秋にわが国でもお披露目されていて、詳細は皆さんもご存じだろうが、簡単にいえば488GTBのオープントップバージョンであり、メカニカルな部分は──足まわりのセッティングなどにバランス取りは加えられてるかもしれないけど──基本を同じくしている。大きな違いは、いうまでもなく開閉それぞれ14秒のリトラクタブルハードトップを持つこと、それに伴ってリアのエンジンフード周りがトンネルバックスタイルのデザインへと変わっていること、同じく車重がドライで1420kgとクーペより50kg増加してること、ぐらいといっていいだろう。
が、オープン化によるものなのか、それとも絶えず行われている細かな改良の積み重ねのおかげか、あれ? と思わされたことがいくつかあった。
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ターボ車とは思えないサウンド
まずは乗り心地だ。もともと488はちょっとした高級サルーンばりの乗り心地のよさを持っていたモデルだけど、488スパイダーはクーペのGTBよりわずかにソフトだったのだ。トップを開け放った状態でも変なきしみ音はどこからも聞こえてこないし、ダッシュボードが震えるようなこともなかった。ルーフを切り取ったことによるネガティブな要素はほとんど感じられず、乗り心地だけさらに洗練されたような印象だ。路面がかなり荒れている場所に差し掛かったときのみフロアがかすかに震える感じはあるけど、それも重箱の隅をつつくレベルのお話。もちろん直進性にもコーナリングにも、悪い影響は全く与えない。
そして、サウンドだ。街中を低回転域で流してるときには気がつかなかったのだが、3000rpmを少々上回った辺りでエキゾーストバルブが切り替わると、3.9リッターV8ツインターボは高らかに雄たけびをあげはじめる。そこから先のサウンドが、初期の488GTBのものよりさらに耳に心地よい感じがするのだ。
初めて488GTBのサウンドを聴いたときもターボにしては刺激的で悪くないとは思ったが、488スパイダーのそれは基本的な音質は同じながら少しヌケがよく、くぐもった感じがなくクリアで、スポーツカー好きの心に何の抵抗もなくストッ! と刺さってくる。もしや僕の耳がこの手のサウンドに慣れたせい? なんて思いもしたぐらいの変化だけど、サウンドにこだわるフェラーリが、ファンたちの間で当初あった酷評ともいうべき声をそのまま放置しているはずもない。
いずれにせよ、音がダイレクトに耳へと飛び込んでくるオープンの状態だけでなくトップを閉じても同じように感じたのは確か。ほかのV8ターボと比べれば明らかに官能的といえる部類で、スポーツカーに気持ちをかき立てるサウンドは不可欠と考えている僕も自然に口元が緩みそうになる音色である。
峠道が待ち遠しくなる
それ以外は、初期の頃の488GTBをドライブしたときと、いい意味で同じ。50kgの重量増も体感できるほどではない。最高出力670ps/8000rpmに最大トルクは760Nm/3000rpm。アクセルを踏み込んだときにはすでにタービンが回ってるんじゃないか? と思わせられるほどの、ターボラグを全く感じさせないシャープなレスポンス。どの回転域からでも即座にスピードを手繰り寄せていく底力。湧き上がるトルクを一瞬たりとも分断させずにつないでいく、素早いという言葉では不足なほどの変速スピード。恐るべき安定感で、100km/hで巡航しているときですら意識させられるほどの強大なダウンフォース。削りたいときに削りたいだけ速度を削り取れるブレーキ。クルマの四隅に自分の神経が届いてるかのような一体感。
初めて488と名のつくモデルを走らせたときの驚きと感動がよみがえって、うねうねとしたカーブが続くクルマ好きの聖地へと足を踏み入れるのが待ちきれない気分になってきた。
なのに、天というのは時として薄情なものだ。そこへ到達する頃にはワイパーが必要な空模様になり、路面はぬれはじめていた。ただでさえ持て余しそうになる強烈なアウトプットを持つクルマである。直進状態で加速するときですら、走行モードを「スポーツ」──それが488の“普通モード”だ──で右足の力加減を誤ると、一瞬タイヤが不穏な動きを見せるとともにメーターパネルの中でインジケーターがパパパッと点滅し、「今、グリップを失ったからもっと気をつけろよ」と教えてくれるほどなのだ。そんな状態で最初から踏み込んでいけるほど、僕は能天気じゃない。
雨でも乗りこなせる跳ね馬
なので、マネッティーノのダイヤルを「ウエット」に切り替えて走ることから始めてみた。これまでさまざまなフェラーリの試乗をしてきたが、雨の中をウエットモードで走るのは初めてだ。
驚いたことに、このモードでは多少元気よく走ってみたつもりでも、クルマの姿勢が乱れない。トラクションとスタビリティーの制御が早めに入って、とにかく挙動を安定させようとする。よっぽど物理の法則を飛び越えたような速度でコーナーに進入でもしようものなら話は別だろうけど、極端な話、コーナリング中にアクセルをグッと踏み込んでも何事もないレベル。スピンモードに入る気配もない。もちろんインジケーターは点滅しっぱなしだけど。これはクルマを振り回すのが好きなドライバーにとってはつまらないといえばつまらないかもしれないが、その安心感は絶大で、そのうえ冷静になって考えてみると極めて効率がいい。ドライバーのミス──あるいはドライビングスキルの足りなさ──を補ってロスを防いでくれるわけだから、足を取られそうな路面の上で速く走りたいときには、このモードが一番かもしれない、と実感した。
とはいえ、さすがにこれだけで終わるわけにはいかない。モードを「スポーツ」に、そして「レース」にと段階的に上げていき、アクセルの踏み込み具合も少しずつ探るようにして試した後、ついには「CT OFF」にして、ゆとりのある場所でのタイトターンでアクセルを余分に踏み込んでみた。するとどうだろう。488スパイダーはいわゆるパワーオーバーステアへと移行したわけだが、わずかなカウンターステア一発できれいに姿勢を整え、コーナーを脱出していくのだ。同じところで2~3回試してみても、ほとんど危なげなし。もちろん比較的セオリーに沿った走らせ方の範囲内だけど、これまたスピンに陥るような気配がなかった。僕の頭の中にポンと浮かんできたのは「俺ってこんなにうまかったっけ?」というクエスチョンである。
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フェラーリ恐るべし
いや……と、思い出す。残念ながらそういうわけじゃなかったのだ。これは僕がうまいわけじゃなくて、クルマがうまいのである。488GTB/488スパイダーには「SSC2(サイド・スリップアングル・コントロール2)」というシステムが備わっている。簡単にいってしまえば、F1-TracやE-Diff3、アクティブダンパーを統合制御して、レースモードのときにはスライドを基本的には抑えつつ、CT OFFモードのときにはスライドをコントロールしながら、最も速くコーナーを脱出させる仕組みである。
しかもそのシステムはいつから介入していつ介入が解かれるのか分からないくらいスムーズにして自然、しかもクルマの動きは極めて正確、だ。備わってることを知らない人が走らせたら、間違いなく自分のウデが3段階ぐらい上がったかのような美しい錯覚に浸れるに違いないだろうし、知っていたとしても滑らかな後輪遊泳の動きそのものが、有頂天になるほど楽しく気持ちいい。しかも、だ。真の腕っこきのためにはもう一段階上の「ESC OFF」というモードがあって、100%自分のスキルだけでクルマのコントロールに挑むことだってできるわけだ。
ふと考えた。何もフェラーリのキーを手にするのは、ドライビングが巧みな人ばかりだとは限らない。経済力さえあれば、ライセンスを取得したばかりのドライバーでさえこの670psを解放できちゃうわけだ。そうしたあらゆるレベルのドライバーに対して、さまざまな奥深さをもって“スーパースポーツカーを手なずける楽しさ”“跳ね馬を操る快感”をほぼパーフェクトに近いかたちで与えることができるのが今のフェラーリなのだ。ここまで徹底しているスーパースポーツカーメーカー、ほかにあるだろうか?
パフォーマンスに酔いしれることはできなかったけど、屋根を開けて走る気持ちよさを味わえた時間も短かったけど、それを身をもって知ることができただけでも今回のドライブには大きな価値があったと思う。いまさらだけど、フェラーリ恐るべし、である。
(文=嶋田智之/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
フェラーリ488スパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4568×1952×1211mm
ホイールベース:2650mm
車重:1420kg(乾燥重量)/1525kg(空車重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:670ps(492kW)/8000rpm
最大トルク:760Nm(77.5kgm)/8000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)305/40ZR20 103Y(ミシュラン・パイロット スーパースポーツ)
燃費:11.4リッター/100km(約8.8km/リッター、HELEシステム搭載によるECE+EUDC複合サイクル)
価格:3450万円/テスト車=4620万9000円
オプション装備:Apple CarPlay+AFSヘッドライトシステム+シートバックのカラーレザード仕上げ+トロリーセット+カラードブレーキキャリパー<ブルー>+カーボンファイバー製リアディフューザー+カーボンファイバー製アンダードアカバー+フロントバンパー保護フィルム+カーボンファイバー製センターブリッジ+カーボンファイバー製シルキック+カラードセーフティーベルト<ブルー>+レザーセンタートンネル+アッパーダッシュボードのカラードレザー仕上げ+ロアダッシュボードのカラードレザー仕上げ+サスペンションリフター+ヘッドレストの跳ね馬刺しゅう+チタニウム製エキゾーストパイプ+カーボンファイバー製フロントスポイラー+跳ね馬ロゴ入りカラードマット+遮熱ウインドスクリーン+ハイエモーション/ローエミッション+スクーデリアフェラーリ フェンダーエンブレム+自動防げんミラー+フロント&リアパーキングカメラ+フロント&リアパーキングセンサー+パッセンジャーディスプレイ+カラーレブカウンター+ゴールドレイク レーシングシート+20インチ ダイヤモンドカット鍛造ホイール+プレミアムHi-Fiシステム+カラードステッチ+カラードステアリングホイール+アッパーパートのアルカンターラ仕上げ+パーソナライゼーションプレート(1080万9000円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3169km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:278.6km
使用燃料:43.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.4km/リッター(満タン法)
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嶋田 智之
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