第562回:◯◯を食べると効果抜群!?
イタリア式クルマ酔い防止の極意とは?
2018.07.13
マッキナ あらモーダ!
その名は「シートロエン」
2018年7月5日、シトロエンが乗り物酔い防止アイウエアをリリースした。
「seetroen(シートロエン)」という、ウイットに富んだネームが冠されたこの商品は、連続した計4個の真円形フレームで構成されている。フレームのいずれにも下半分に青い液体が封入されており、装着した人の平衡感覚維持に寄与する。
装着開始10~12分後に、内耳を通じて感知する動きと意識が同期され、クルマの中でスマートフォンや本を注視していても酔わなくなるという。加えて、効果が表れた後は、装着しなくても旅を楽しめるようになる、と解説されている。
もともとのアイデアは、フランス南東部オリウルのスタートアップ企業、ボーディング・リング・リーディングによるもので、同社が特許を有している。すでに日本でも2015年頃から通販サイトや一部メディアで紹介されてきた。
しかし今回シトロエンは、パリのデザイン事務所、ストゥディオ5.5に、そのリファインを依頼。シトロエン・デザインのコンセプトに沿わせるとともに、よりフレッシュでシンプル、かつ人間工学的なデザインを実現した。
大人だけでなく、内耳の成長が終わる10歳以上の子供も使用可能で、メガネの上からも装着できる。
シートロエンの価格は、99ユーロ(約1万3000円)。シトロエン“ライフスタイル”コレクションの公式ウェブサイトを通じて販売されている。
高級車ほど苦手なんです
コネクテッド、自動操縦、シェア、電動化と日々進歩する自動車の世界だが、皮肉にも解決しないものといえば、クルマ酔いである。前述のシトロエンによると、ヨーロッパでは3000万人が乗り物酔いの症状を感じており、3人に1人が少なくとも1回は乗り物酔いの経験があるという。
そればかりか、「自動運転が乗り物酔いを招くかもしれない」という説は、本稿第399回で紹介した。そこでも記したとおり、ボク自身も乗り物に強いほうではない。
職業柄、人もうらやむクルマに人もうらやむロケーションで乗せていただく機会に数々恵まれたが、爽快だった思い出は少ない。カリフォルニアの山中で、ディーラーのセールスマンが操るフェラーリに乗せてもらったときは、あまりに急な加減速にまいってしまい、降車後30分ほど、店先の庭で深呼吸しながら休憩させてもらった。
ドイツ系プレミアムのトップ・オブ・ザ・レンジもまたしかり。それも2ブランドで経験した。
ロングボディーのクルマを運転するのはともかく、その構造に由来する比較的周期が長いローリング&ピッチングに身を任せるのに慣れていなかった。助手席や後席に乗ってアルプスの山中を巡っているうち気分がすぐれなくなり、いずれも見晴らしのいいエリアでしばし休ませてもらった。
試乗車は大抵新車であるため、そのマテリアル臭、特に高級レザーの匂いも、ボクの場合クルマ酔いに拍車をかける。古い高級車の、どこからか漏れてくるガソリン臭も良くない。
いっぽうで大衆車だと、いくら揺すられても酔わない。自らのビンボー体質に思わず笑ってしまう。このあたり、ボクが「自動車評論家」を自称するのを控え、「コラムニスト」「お話派自動車ジャーナリスト」と称している理由のひとつでもある。
トラッドは「ショウガ」
ところで、こちらの人々は、クルマ酔いを防ぐためにどうしているのか? 日本でも一般的な酔い止め薬と腕バンド以外に、何か秘策はあるのだろうか? 周囲のイタリア人で、特に育児経験のある人も含め聞いてみた。
まずは自動車ディーラー勤務のラファエッロ氏に聞く。彼は「子どもにはガムをかませていることですね」と言う。ペパーミントのガムは、すっきり効果を促進するとともに、唾液の分泌を促す効果がある。
次は別の自動車販売店で働くフランチェスコ氏である。彼は開口一番「運転することだな」と真顔で言った。それは正しい。運転するのがたびたび面倒くさくなるボクが、クルマを持ち続けている理由のひとつは、「運転していれば酔わないから」だ。フランチェスコ氏は続ける。「あとは、酔いやすい人間は前席に乗せることだ」。前方の路面の状態や突起が分かるだけで、乗り物酔いは低減できる。
このほか彼の家庭の場合、家族は酔い止め薬と腕バンドを使用しているそうだ。しかし、かつては「ショウガを入れた茶がいい」といわれていたことを教えてくれた。
もう少し詳しい話を聞くべく、税理士のジャンルーカ氏のところに赴いてみた。彼の仕事は税理士だが、150km離れた村で別に経営しているアグリトゥリズモ(農園民宿)があって、週末は夫人と息子2人を連れて移動する。今回のテーマには、うってつけの家族である。
ジャンルーカ氏は「ま、私の運転テクがブラヴーラ(bravura=さっそうとしている)ゆえに、子供たちはただの一度も酔ったことないけどな」と、のたもうた。いや、そういうことではなくて……とボクが困っていると、その空気を察したか、夫人が奥から出てきた。
彼の夫人も、やはりショウガ系がいいと認める。ショウガは自律神経を整える効果があるという。しかし、彼女にはさらなる秘策があった。
グリッシーニ、そして生ハムも効果アリ
彼女いわく「適度な塩味のものを、ほどよく食べておくのがいい」のだそうだ。「例えばグリッシーニ(イタリアの細長いパン)。プロシュート・クルッド(生ハム)もおすすめです」
確かに、「適当な塩味のクラッカーが効く」というのはイタリアのウェブサイトでそれなりの頻度で出てくる乗り物酔い防止策だ。ゆえに、グリッシーニも悪くないというのは想像できる。
それはともかく、クルマ酔いに生ハムとは……。日本人からすると意外だが、彼らにしてみると日ごろから食べ慣れたものゆえ、適量を守れば効くのに違いない。
夫人の解説はまだまだ続く。「ただしプロシュートは、ここトスカーナ産がベスト。同じプロシュートでも、パルマ産は味が薄くて、あまり効きません」。地元産品を愛するイタリア人らしい。
そうだ、酢昆布があった……!?
シトロエンがなぜこの時期にシートロエンをリリースしたかといえば、お察しのとおり家族での乗り物移動が一気に増えるヴァカンス時期だからである。
みんなで乗るクルマといえば、ボクがこちらに住みはじめた頃は、イタリア人やフランス人が乗るクルマの中は、常におしゃべりがあふれていた。ラジオなどいらないくらい、みんな話に夢中になっていた。
いっぽう近ごろは、どうだ。子供たちはスマートフォンやタブレット、そしてゲーム機を無言で操っている。それはジャンルーカ氏の夫人も認めるところだ。気がつけば助手席の夫人もスマートフォンをいじっていて、車内は静寂に包まれている。
揺れる車内で、画面など一点を注視しようとすると、当然のことながら酔いやすくなる。そのために、ヨーロッパでも「酔いやすい人」がクローズアップされるようになってきたのは確かだろう。
そう書いていたら、日本で長年、酔い止め効果があるとされている「酢昆布」を思い出した。グリッシーニや生ハムよりも、明らかに携帯性に優れているではないか。
だが、ボクが黙って後席で箱を開けてペロペロかみかみしたら、その香りに接したことがない彼らに少なからずインパクトを与えるだろう。怪訝(けげん)に思ったドライバーが思わず急ブレーキを踏むことがないよう、あらかじめ告知しておいたほうがいいかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=シトロエン、ボーディング・リング・リーディング、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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