ポルシェ・パナメーラ(FR/7AT)【試乗記】
らしいデザイン、惜しい走り 2011.07.11 試乗記 ポルシェ・パナメーラ(FR/7AT)……1187万3000円
「ポルシェ・パナメーラ」シリーズにV6エンジン搭載のエントリーモデルが登場。その走りは期待どおりのものだったのか?
独特のフォルムの理由
「パナメーラ」にじっくり乗ったのは今回が初めてだった。いろいろな部分に発見があったけれど、もっとも印象的だったのはパッケージングだった。 4970×1930×1420mmのボディサイズに対して、2920mmのホイールベースは特に長くはない。でも真横から見ると前後のオーバーハングがほぼ同じで、ルーフはリアまで伸びている。これが他の何者にも似ていない、独特のフォルムを作り出しているわけである。そしてキャビンに乗り込むと、この形を採用した理由が理解できる。
セダンとしては低めの全高に合わせて、前席のヒップポイントは落とし込まれている。スイッチの羅列やウッドパネルはポルシェとしてどうなのよ? と思うけれど、高い位置でスラントしたセンターコンソールのおかげで、スポーツカー的な囲まれ感が得られる。
でもヒップポイントが低いので、着座位置は後ろ寄り。そのままでは後席の足元が狭くなってしまう。ところが身長170cmの僕が座ると、楽に足が組めるほどだ。頭上にも余裕がある。なぜか? 2人掛けのシートが、通常のセダンより後方に置かれ、それに合わせてルーフを後方まで伸ばしているからだ。
左右のシートの間隔は、ホイールハウスを避けて、前席より狭い。一方中央には高めのセンタートンネルがあって、左右を仕切る。後席にも前席に似たハイバックのセパレートタイプを採用したことで、「ポルシェらしい」という褒め言葉をもらったパナメーラのシートは、実は構造上の必然でもあったのだ。
そのわりに荷室は奥行きがあるけれど、フロアは高い。トランク式のセダンだったら不満が寄せられただろう。でもハッチバックなので、そういう印象は受けない。
しかも彫りの深い後席は、背もたれを倒せばきちんとフラットになる。後席のリクライニングはいちばん寝かせた状態が着座には最適で、荷室空間拡大のための調整機能であることが分かる。トノカバー収納バーの脱着に力を要することを除けば、マルチパーパス性を考慮した空間である。
オートエアコンは後席も左右独立調節が可能で、助手席のスライドやリクライニングまで遠隔操作できるなど、ショファードリブンを意識したような装備もあるけれど、パッケージングに関しては前席優先というメッセージが伝わってくる。そして実際にドライブすると、パナメーラはメッセージどおりの印象をもたらした。
ゆったりした身のこなし
ワインレッドのエクステリアにベージュのインテリアという、世田谷区在住のマダムが好みそうな配色の試乗車は、V6エンジンに7段PDK、後輪駆動ドライブトレインを組み合わせたベーシックモデルで、2ペダルのパナメーラではいちばん安い。とはいえ1000万円を超えるわけで、そういう視点で見ると、前後の快適性の差は大きめだった。
前席での乗り心地は、低速ではフロント245/50ZR18、リア275/45ZR18のピレリPゼロの硬さを感じるものの、速度を上げるとその印象は消える。とはいえ完全にフラットにはならず、アメリカ車のようにゆったりした揺れとともに巡航する。オプションのPASMをスポーツ、スポーツプラスに切り替えるとこの揺れは収まるが、それでも硬さとは無縁だ。
ところが後席に移ると、一転して段差や継ぎ目での突き上げが気になる。取材日は雨だったので、跳ね上げた水しぶきがリアフェンダーに当たる音も届く。シートを後ろ寄りにセットしたハッチバックボディという構造が不利に働いているようだ。
レッグスペースを少し切り詰めてでも、後席を通常のセダンと同等の位置まで前進させるか、ホイールベースを縮めて前席優先であることを強調しても良かったのではないかと思った。そうしなかったのは、パナメーラが初公開された場であり、ショファードリブン需要が多い中国を意識した結果かもしれない。日本のユーザーは、このクルマを「クーペ」ととらえておいたほうが誤解を生まずに済みそうだ。
ステアリングは重くはなく、鋭すぎず鈍すぎずの自然な反応だが、ホイールベースが3m近いので、その後の身のこなしはゆったりしている。タイトコーナーでは、ポルシェのイメージからするとリアのトラクション能力が不足気味で、ペースを上げるとスライドすることもあった。低いスタンスで安定して駆け抜けていく高速コーナーを得意とするキャラクターに感じられた。
回して、踏んで走れる
3.6リッターエンジンは、フォルクスワーゲン系の狭角V6を積む「カイエン」とは違い、4.8リッターV8から2気筒分をカットした自社設計ユニットで、「カイエンV6」と同じ300ps、40.8kgmという数字を、3604ccの排気量から発生する。
乗った印象はアウディ的で、フラットなトルクカーブと緻密なエンジン音が主体。ポルシェという名前から期待される吹け上がりのピークや排気音などの演出は、残念ながら無い。アイドリングストップの再始動スピードは、一部の同業者が指摘するほど遅くはなく、慣れれば気にならないレベルだった。
7段のギアを持つだけあって、100km/hクルージングはたった1700rpmでこなす。でも高速道路での加速にはキックダウンを多用することになる。ドイツ車の常でアクセルペダルが重く、ストロークが長いので、右足首の運動量は相応になる。
こんなに回して、踏んで走れるポルシェは久しぶりだが、シュトゥットガルト産の1000万円級4シーターとしては、もう少し余裕が欲しいというのが正直なところだ。
彼らとしては、専用エンジンであることを強調したいのかもしれないけれど、なぜ現行「アウディQ7」が積む3リッターV6スーパーチャージドユニットを積まなかったのだろう。パワーこそ272psに抑えられるものの、40.8kgmのトルクをはるかに幅広い回転数で発生するから、速くて快適なクルージングが堪能できるはずだ。
ポルシェというブランドと、ポルシェらしいデザインを持っていればそれだけでOKというユーザーが、とりわけこの国には多い。そういう人にとって、1000万円で買える4座クーペは魅力的に映るだろう。でもパナメーラにポルシェらしい走りを求めるなら、V8+4WDの「4S」以上をお薦めしておきたい。
(文=森口将之/写真=郡大二郎)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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