第7回:アルピーヌA110(前編)
2018.10.10 カーデザイナー明照寺彰の直言![]() |
レースやラリーで名をはせた「アルピーヌ」の名とともに、復活を遂げたフランスのスポーツカー「アルピーヌA110」。尻下がりのフォルムや特徴的な各部のプレスラインなど、オリジナルを忠実に再現したその意匠を、現役のカーデザイナーはどう評するのか?
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写真より実物のほうがいい
永福ランプ(以下、永福):明照寺さん、今回は話題の復刻スポーツ、アルピーヌA110なんですが。
明照寺彰(以下、明照寺):アルピーヌ、先日初めて実車を見て、けっこう欲しいなと思っちゃいました。
永福:そ、そうですか!
明照寺:オリジナルのデザインを現代的に解釈しているわけですが、基本的なモチーフは変えていないですね。特にヘッドライトからテールまでつながる強いショルダーライン、それがリアにかけて下がっていくところが、すごくきれいに表現されています。上面から見たカーブ、側面から見たカーブ、その両方がお尻に向かってギューッと絞られている。それがすごくきれいだなって思いました。
永福:うーん。……実は自分は、写真で見た段階で、これはダメだなという印象でした。
明照寺:私も写真で見る限りでは、「なんだこれ?」って感じでしたよ。
永福:えっ、なぜ?
明照寺:リアが絞られすぎていて、スタンスの広さが感じられなかったんです。ひょろ長いクルマみたいで、タイヤの踏ん張り感が見えなかった。それと、フロントがちょっと高くも感じました。フロントが高くてリアが低いのは、スポーツカーとしてはちょっと違うんじゃないかということですね。
永福:そうなんです。ミドシップなのに、FFっぽく見える。
明照寺:通常、スポーツカーはフロントが低くてリアが高いというのが定石ですから。その点アルピーヌは、写真で見ても動画を見ても、あんまり良くないなぁと思いました。
細かい違いが違和感を生む
永福:細部を見ると、オリジナルをすごく丁寧に再現していて、つまりソックリって言ったら変なんですが、とてもソックリですよ。でも全体から受ける印象はずいぶん違う。だから、かえってニセモノみたいに見えてしまった。
明照寺:そういうところはあるかもしれません。例えばフロントのバンパー付近とか、オリジナルは下部を内側にしまい込んだデザインで、それが塊(かたまり)感を演出していますよね。新型アルピーヌもサイドとリアはすごくオリジナルに忠実なんですけど、フロントだけが最近のクルマっぽい。左右に斜めにウイング形状の柱が立っていて、その下にエアダムがある。それで形状の“強さ”がスポイルされてしまっていると思います。
ほった:それにこれ、なんというかバンパーの左右が“頰がこけた”みたいに見えますね。それと、こうして“新旧”を見比べると、フロントのボリューム感がずいぶん違う。
永福:オリジナルは、リアも低いけどフロントもうんと低い。トータルで非常にバランスが取れてる。でも新型は、なにかがちょっとヘンなんですよ。
明照寺:フロント以外はゴリッとした塊感があるんだけど、この部分だけ、何か「違うクルマのように見えるな」というのはあります。ただ、これはおそらく衝突安全や歩行者保護の要件を満たすために、仕方なかったんじゃないかな。空力も含めてですが。
ほった:フロントフードが低すぎると、安全性をクリアするのが難しい? A110はフロントにエンジンのないミドシップのクルマですけど。
明照寺:今の衝突要件って、ものすごく複雑なんです。最近よくエアダム部に突起がついているクルマがありますよね、新型アルピーヌにもありますけど。アルピーヌではただのデザインかもしれませんが、一般的にあれは空力対策のように見えて、実は衝突要件がからんだカタチの場合もあるんですよ。
永福:えっ、あれが?
明照寺:細かい説明ははしょりますが、「あの突起から外側は側面だと認証されることで、他の部分のデザイン自由度が増す」とか、そういう事情があるんです。
永福:そんなの、シロウトには見当もつきません(笑)。
ほった:難解なパズルを組み立てているようですね。説明されても理解できる自信がない。
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カタチやディテールは似せられても……
永福:新型を見ても、なぜあまりグッとこないのかなあって思って、一生懸命眺めたんですけど、やっぱりオリジナルのイメージがあまりにも強烈なんです。具体的には『CGTV』のオープニングで見たアルピーヌなんですけど。
ほった:実車はあんまり見る機会ないですからねえ。
永福:比べちゃうと、面の質感そのものが違いすぎる。オリジナルは、FRPボディーを最後は手で磨いて仕上げてるわけですよね? その質感をプレス加工の金属パネルで表現するのはやっぱり無理なのかなって。工芸品と大量生産品との違いですね。
明照寺:確かに作り方は全然違います。ボディーラインとかランプ関係とかはとてもよく再現していますけど、60年代のクルマのあの雰囲気までは、なかなか再現できないでしょう。
永福:もうちょっとモチーフだけ使った、モダンなデザインにしていれば、こんなことは思わなかったんですが。
明照寺:そこはやっぱり新旧MINIと同じじゃないでしょうか。ミニって、昔は「あんなにちっちゃいのに4人がちゃんと乗れる」って、小さいからこそ評価されていたところがあるわけで。でも今のMINIって、そういう志よりスタイル優先ですよね。良しあしではなくて、そういうものを社会が求めているんだと思います。
ほった:昔のクルマはホントに小さかったですよね。今年のオートモビル カウンシルで新旧アルピーヌが並べられていたんですけど、旧のほうの凝縮感は尋常じゃなかったですよ。
永福:新旧並べちゃったらもう、新型はセリカのリバイバル? っ思ってしまうなぁ。
明照寺:確かにそれはありますね(笑)。
永福:でも明照寺さんは、実車の新型アルピーヌを見て、欲しいと思ったわけですよね。それはなぜですか?
明照寺:それはですね……。
(文=永福ランプ<清水草一>)
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明照寺 彰
さまざまな自動車のデザインにおいて辣腕を振るう、現役のカーデザイナー。理想のデザインのクルマは「ポルシェ911(901型)」。
永福ランプ(えいふく らんぷ)
大乗フェラーリ教の教祖にして、今日の自動車デザインに心を痛める憂国の士。その美を最も愛するクルマは「フェラーリ328」。
webCGほった(うぇぶしーじー ほった)
当連載の茶々入れ&編集担当。デザインに関してはとんと疎いが、とりあえず憧れのクルマは「シェルビー・コブラ デイトナクーペ」。
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