第575回:変革期における自動車ショーのあり方とは!?
大矢アキオがパリモーターショーに潜入取材
2018.10.12
マッキナ あらモーダ!
これっきりですか
「14ブランドが不参加」「あのフォルクスワーゲン(VW)も欠席」……。フランスのメディアはパリモーターショー2018を、こうした見出しや書き出しで伝えた。
パリショーは2018年で120年目。現存するモーターショーでは世界最古である。通算にしても88回目だ。それを機に大会ロゴも含めて大幅リニューアルが行われ、二輪ショーも同時開催となった。
しかし自動車メーカーの展示パビリオンは3館にとどまり、2日設けられたプレスデーのプレゼンテーションに関していえば、主要メーカーの分は1日目の昼過ぎにはおおかた終わってしまった。
筆者が会場で出会ったジャーナリストたちからは「かなり寂しい」「中身が薄い」といった感想が次々と聞こえ、「2日目は予定より早めに切り上げるよ」と告げた人もいた。
一般公開日の初日も入り口にチケット購入待ちの大きな列はなく落ち着いていた。ダフ屋にもあまり客がつかない。フランスのフォード変速機工場の従業員が人員削減をめぐり、地下鉄の駅からブース内の展示車にまでゲリラ張り紙をして騒いでいた数年前のような喧騒(けんそう)はもはやなかった。
あの大女優は忘れられた
ところで世界最大級の自動車メーカーであるVWブランドの欠席が与えた影響は? 正直なところ、VWがいなくてもショーのムードは保たれていた。背景には同じグループのアウディやシュコダ、セアトそしてポルシェがいずれも大きなブースを構えていたこともあろう。
それ以上に考えてみれば、もはやVWの「ゴルフ」や「ポロ」が欲しい欧州のユーザーは、たとえモーターショーがなくても自らインターネットで価格を調べ、自宅ガレージに入るかサイズを確認し、最寄りのディーラーへと赴く。Appleが世界最大級の家電エレクトロニクスショー「CES」に出展しなくても売れるのと同じだ。
モーターショーへの出展は金額的コストと多数の労力を伴う。プレスデーひとつとってもばかにならない。
車両の配置もプレスデーと一般公開日では違う。ボクも一般観覧者だった学生時代は知らなかったが、その都度展示車両を並べ替えたり、場合によってはターンテーブルの位置を移動させたりする。それに合わせて天井の照明も調整することがある。
今回、すいていたパビリオンの一角をのぞくと、PA機器(放送設備)の輸送用ケースがうず高く積み上げられていた。その中に「Press」と手書きされた一角を発見した。そう、プレスデー用の機器だ。
主要メーカーはプレスデーでたびたび歌手やバンドなどを呼び、新製品プレゼンテーションの前に演奏させる。そのための音響機器が必要なのである。筆者は行きの空港の荷物受け取りカウンターで、いかにもモーターショーで演奏するのだと思われるバンドの一群にも出会った。
大物が登場したこともあった。2014年にVWグループが主催したパリショー関連イベントには、あのカトリーヌ・ドヌーヴが現れたのだ。彼女がサポーターを務めるチャリティーイベント、シネマ・フォー・ピースにグループが寄付を行うという趣旨だった。
ファッションの世界では、例えばミランダ・カーが着用しているのと同じアイテムを買えば、そこには彼女のギャラが間接的に含まれていることになる。同様に、その晩フランス屈指の大女優をステージに上げたコストは、VW車に含まれていたことになる。
それにもかかわらず、VWグループがドヌーヴを通じて社会貢献したことは、あれから4年が経過した今では、ほとんど誰もおぼえていない。
ショーおよび関連イベントに要するコストがクルマに転嫁される時代は、もう過去のものになったといっていいだろう。そうした意味でVWの大きな方針転換は、追随するブランドを生むと思われる。
自動運転シャトルで場内移動
2018年のパリショー会場に話を戻そう。場内では、フランスのトランスデヴによる自動運転シャトルがデモ走行を実施していた。
入り口に近いパビリオン2と最も遠いパビリオン7の間を往復する。16人乗りで最高速は50km/h、20%までの勾配を登ることができる。このデモ、残念ながらあまり目立たない位置から発着するため、待ち列がなかった。
実際に試乗させてもらう。スタート直後、予期せぬ横揺れを感じた。スタッフが「路面のうねりによるものです」とすかさず説明する。
その後、会場内を往来する搬入車に進路を巧みに譲りながら走行していく様子は見事だった。他車を追い越そうとするような「攻め」の走りは、こうしたシャトル系自動運転車は当然のことながら見せない。
やがて到着すると、ドアを開ける前に今度はブルブルっと軽微ではあるが、おしっこをしたあとのようにボディーが揺れた。この挙動の理由については聞き忘れたが、前述の「うねり」への対応しかり、人間が運転する自動車とは違う、こうした微妙なアクションをいかに消してゆくかが自動運転モビリティーの課題とみた。ヨーロッパから来て日本のエレベーターに乗ると、たとえ小さな雑居ビルのものでもそのスムーズな挙動に関心する。自動運転車を開発する日本メーカーは、それに相当するデリケートな心づかいを投入することで、評価が高まるチャンスありとみた。
トークショー中止でシャンパンパーティーに
到着地であるパビリオン7では、モンディアル・テックと題されたショーが開催されていた。先ほど試乗したトランスデヴをはじめとする自動運転シャトルなど、BtoBを中心とした展示である。
プレスデー2日目には、隣接する会場にアメリカ・ラスベガスのCESが出張し、アンベールド・パリスと題したイベントを開催していた。CESといえば家電・エレクトロニクスショーだが、今回のパリ編はシンポジウムだ。
「官民でいかにイノベーションを育てるか」といったセッションでは、CESを主催するコンシューマー・テクノロジー・アソシエーションのG.シャピーロ氏がモデレーターを務めた。
フランス・アンジェ市長のC.べシュー氏は、「フランスではいったん教育の機会を失うと第2、第3のチャンスがない」ことを指摘した。たしかに政界しかり、自動車メーカーの幹部しかり、フランスではエリート養成校出身の人間でなければ頭角を現せる可能性が少ない。
残念だったのは、登壇者のうちシャピーロ氏を除くメンバーはフランスをベースにする人たちであるにもかかわらず、セッションが英語で行われたことだ。言いたいことが100%伝わらないムードがどこか残り、歯がゆかった。
いっぽう面白かったのは、シャピーロ氏が「フランス語は(イノベーションの)バリアーになるか」と質問したときだ。途端に他の登壇者たちから「言語を変えろということか?」「アメリカ的考えだ」「フランス語の美しさがわかるルソーの絵本を贈呈するよ」と集中砲火を受け、シャピーロ氏が慌てて「Je suis desole(失礼しました)」と笑いながらフランス語で謝るシーンがあった。
トークといえば、実は前述したモンディアル・テックの一角でもシンポジウムが企画されていた。しかし、FIA会長ジャン・トッド氏や元メキシコ大統領も参加する予定だったこのセッションは直前に急きょ中止に。代わりにシャンパンの栓を抜く音が響く、アペリティフを伴ったパーティーになってしまったところは、フランスらしかった。
大会委員長は剣道チームの主将
肝心の自動車メーカーの出展ブースで今回話題となったもののひとつといえば、ベトナム企業ヴィンファストの初出展であった。
親会社であるヴィングループは同国最大の民間企業で、不動産業や学校経営で知られている。今回ゼロから自動車産業へ参入するにあたり、ピニンファリーナにデザイン&エンジニアリングを仰いだ。
中国からは唯一、GAC(広州汽車集団)が参加した。本国ではフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と合弁関係にあることで知られるが、今回は自社開発の新型SUV「GS5」を初公開した。彼らは欧州進出もうかがう。その室内のフィニッシュをみるに、先に欧州進出しているグレートウオール(長城汽車)よりもやや上質といえる。あとはグレートウオールが苦戦しているディーラーネットワークの整備が鍵となろう。
かつてフランスが植民地や租界として支配していた国々のクルマがショーに並ぶというのは、ジャガー・ランドローバーのように資本にまで話は及ばないものの、これも時代を映し出している。
ここまで紹介してきたように、パリは従来の自動車ショーのコンテクストとは異なった領域を模索し始めている。そうした視点に立てば、まだ十分に興味深いイベントなのである。
中国GACのプレゼンテーションには、パリショーの大会委員長ジャン-クロード・ジロー氏が姿を見せ、なんとステージに上がってスピーチを行った。1メーカー、それも新規参加ブランドを大会トップがここまで歓待するのは、異例の待遇である。新しい出展者を集めたいという並々ならぬ意欲がうかがえた。
スピーチ終了後にジロー氏に聞くと、アジアの自動車メーカーにはこれからも出展を期待したいそうだ。筆者が思うに、1960年代初頭に日本のプリンス自動車が展示したトリノショーのごとく、パリも新興メーカーが“世界進出感”を演出できる装置になれば、これまた新たな道が開かれるだろう。
そして筆者が中国ではなく日本人とわかると、ジロー氏は「アスパークもいますよ!」と付け加えた。アスパークとは人材派遣業を主体としながら、2017年のフランクフルトショーにEVスポーツカー「オウル」をひっさげてデビューした日本企業である。日本の新興ブランドにまで言及するとは。
後日、ジロー氏のプロフィールを確認すると、1952年生まれでクライスラー・フランスの金融部門やルノー・トラックを経て天然ガス車両協会の会長を務めていた。自動車業界でも、比較的地味な分野で実績を積んだ人物といえる。
プライベートでは、かつてフランス剣道チームの主将も務めていた。なかなか話せる人に違いない。今度会ったら「二郎さーん」と声をかけてみよう。
蛇足ながらもうひとり人物評を。PSAグループのカルロス・タバレスCEOだ。ルノーから移籍し、瀕死(ひんし)のPSAを立て直したばかりか、オペルまで吸収した目下フランス産業界のスターである。
彼は会場のあちこちにふらっと現れては新型車を熱心に観察していた。対象となるクルマは「メルセデス・ベンツEQC」など、いずれも的を射たものだったと筆者は感じた。
そのタバレス氏に随行するスタッフは、常に1人か2人である。日本の自動車メーカーの社長や幹部が海外ショーで展開するような“大名行列”もしくは“総回診風視察”と比べ、なんとスマートなことよ。どちらかといえば、そうしたトップが率いるメーカーのクルマを買いたくなってしまうのは筆者だけだろうか。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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