第181回:デューセンバーグは闇に潜む陰謀の象徴なのか
『アンダー・ザ・シルバーレイク』
2018.10.12
読んでますカー、観てますカー
A24は鉄板のブランド
日本人が映画を観る本数は年間1.3本ほどだという統計がある。そもそも映画なんて観ないという人を除けば、年に5、6回映画館に出掛けるというのが平均的なところだろう。昨年公開された映画は洋画邦画合わせて約1200本。映画評論家でもすべての作品を見ることはできない数だ。その中からどうやって自分の観るべき作品を選べばいいのか。俳優、監督、原作となっている小説や漫画の評判などが指標になりそうだ。
もう一つ、製作会社というのも重要な判定基準になる。アニメ映画では、ジブリやピクサーなどが鉄板のブランドだ。実写映画で最近注目されているのが、A24というスタジオである。2012年に設立された新しい会社で、映画やテレビ番組の製作や配給を行っている。2013年の『スプリング・ブレイカーズ』で名を上げ、当欄で紹介した『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』『ヤング・アダルト・ニューヨーク』も配給した。2016年に製作した『ムーンライト』はアカデミー作品賞を受賞している。
日本で今年公開された『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『レディ・バード』、もうすぐ公開される『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』もA24作品だ。いずれも若手の実力派監督を起用したり斬新なテーマを扱っていたりして、大手の映画製作会社にはできない挑戦的な姿勢を見せている。映画ファンの間では、A24なら間違いない、という共通認識が生まれつつあるのだ。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』は、A24の最新作。監督は『イット・フォローズ』でホラー映画の新境地を開拓したデヴィッド・ロバート・ミッチェルだ。A24に認められたということは、才能に太鼓判を押されたという意味を持つ。
ゴルフ カブリオに乗る怪しい女たち
主演はアンドリュー・ガーフィールド。スパイダーマンや『ハクソー・リッジ』の博愛主義兵士の役で知られる若手俳優だ。クールなイケメンというよりは気弱ないい人風の顔立ちで、今回はハリウッドで“大物”になることを夢見るオタク青年サムを演じる。
ロサンゼルスのシルバーレイクで暮らす彼は30過ぎになっても芽が出ず、アパートの家賃を滞納して追い出されそうになっている。危機感はあるのだろうが具体的な打開策があるわけでもなく、相変わらずダラダラした生活をおくる毎日だ。気力というものが感じられない彼も、隣に美女が引っ越してくれば少しは意欲が湧く。彼女が飼っている犬を利用して部屋に入り込むというベタな手法が意外にも功を奏した。ベッドの上でキスなどしていい感じになってきたところに、ルームメイトたちが帰ってくる。体よく追い払われたサムは、翌日の約束を取りつけるのがせいぜいだった。
しかし、次の日に訪問するとそこはもぬけの殻。見張っていると昨日来たルームメイトらしい女性が運び忘れた箱を取りにきた。彼女はほかの2人の女性と一緒に「フォルクスワーゲン・ゴルフ カブリオ」に乗ってどこかへ出掛けていく。サムは愛車の「フォード・マスタング」で後を追う。家賃を払っていないくせに、クルマは手放せないのだ。
ゴルフ カブリオの3人が向かった先では、人気バンドの「イエスとドラキュラの花嫁たち」が演奏していた。そばで風船を付けた女が妖しく踊る。サムが出会う人々はみんなどこか現実離れしていて、市井の生活人には見えない。
クルマごと焼死体になった富豪
テレビでは、映画プロデューサーの富豪ジェファソン・セヴンスが1937年型「デューセンバーグ」ごと焼死体となっているのが見つかったと報じている。車内には3人の娼婦の遺体もあったという。画面に映し出されたのは、隣の女がかぶっていた帽子だった。サムは巨大な悪事が裏で企てられていると直感し、ロサンゼルスを裏で動かす闇の力を暴き出そうと決意する。
少し前から、夜になるとシルバーレイクの街には犬殺しが出没するようになっていた。セレブの失踪や不可解な死も連続している。街全体が不穏な空気に覆われていた。隣の女の部屋には正体不明の記号が記されていたし、彼女のルームメイトが海賊の格好をしていたのもおかしい。彼らを追ってパーティーに忍び込むと、ウィッグを付けた3人の女に囲まれた。彼女たちは口を開けて威嚇し、犬のようにほえる。
サムは強力なパートナーを見つける。本屋でシルバーレイクの呪いについて書かれた同人誌を読み、作者に会いに行った。彼の家にはリンカーンやジョニー・デップのライフマスクが飾られている。アメリカ全土にうごめく陰謀を解き明かそうとする賢者だったのだ。彼は隣の女の部屋に刻まれていた記号がホーボーサインであることを指摘し、シルバーレイクで起きたさまざまな事件にカルト集団が関わっていることを教える。目には見えないが、陰謀のサインは街のいたるところに隠されているらしい。
「イエスとドラキュラの花嫁たち」も、闇の力を体現する役割を持っているようだ。サムはレコードを逆再生し、隠されたメッセージを聞き取ろうとする。街全体が陰謀に覆われていることを確信した彼は、もう何も信じることができない。
陰謀の網から抜け出せない
世の中には陰謀論が大好きな人々がいて、アポロは月に行っていないとか豊臣秀頼は死なずに薩摩へ落ちのびたというような話を信じている。三百人委員会、イルミナティ13血流、田布施システムといったワードに敏感に反応するタイプだ。アメリカではエルヴィス・プレスリーの目撃情報が定期的に浮上するし、日本には義経とチンギス・ハーンが同一人物という説がある。ある政治家が実はレプティリアンで、人類支配の計画を進めようとしているらしいといううわさだって聞こえてくる。世界は陰謀に満ちているのだ。
『アンダー・ザ・シルバーレイク』では、意図的に大げさなカメラワークと仰々しい音楽が使われている。ヒッチコックやデヴィッド・リンチなどへのオマージュがちりばめられ、一つのシーンにいくつもの意味が重ねられている。かつて『ツイン・ピークス』や『新世紀エヴァンゲリオン』では、映像に込められた裏の意味を深読みすることが流行した。観客が解釈を競うように仕向ければ、物語世界は勝手に拡大していく。つまらない主張を押し付けるより、よっぽどスマートな手法だ。
隣の女にエルヴィスの孫ライリー・キーオを起用したのは、彼がまだ生きていることのほのめかしかもしれない。アメリカの経済が破綻した1937年に倒産したデューセンバーグのクルマを登場させたのは、現在の経済状況が崩壊することの予言という解釈もできる。映画自体が陰謀の網で成り立っていると考えることも可能なのだ。
主人公がオタク青年なのは偶然ではない。記号には意味があり解読すれば真実にたどり着けるという思い込みがあれば世界は単純化し、日々の探索活動が生きがいになる。陰謀論にハマるのは、結構楽しいことなのだ。本人たちにとっては論理的な必然なので、それが間違っていると説得することは困難である。主人公が悪の根源に肉薄しても、彼の魂は迷宮から抜け出せない。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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