第577回:RRのボディーにランクルの駆動系を搭載!?
“クルマ×クルマ”の魅惑のフュージョンの世界へようこそ
2018.10.26
マッキナ あらモーダ!
チョコレート&クリームSUSHI
ここ数年イタリアは、空前のSUSHIブームである。
店の多くは日本以外のアジア系経営者によるものだ。だがイタリアのウェブサイト『イル・ファット・クォーティディアーノ』によれば、2015年にはすでにミラノだけで400以上のSUSHI店が数えられている。
ボクの住む街シエナもしかり。チェーン系と独立系が入り交じっている。中には日本と同じコンベヤーを備えた回転式もある。
2017年、ボクは女房の誕生祝いに「ものは試し」ということで、そうした回転式に行ってみることにした。女房に「記念日にセコい」と避難されつつも、最も安価な平日食べ放題ランチ11.9ユーロ(約1500円。ドリンク代別)を目指した。
店内を見回す。「わしはイタリア料理以外食べん」という保守的なおじいちゃんやおばあちゃんも家族と一緒に来られるようにという作戦だろう。コンベヤーとは別に、パスタやティラミス、そしてジェラートがビュッフェコーナーに用意されているのがイタリアらしい。その隣にはやきそば、チャーハン、シューマイといった中華系もある。
食べ終わりに近い頃、見慣れない皿が回ってきたので女房のために取り上げてみると、なんと「しゃり」の上にチョコ&ホイップクリームが載せてあった。
女房は気味悪がって手をつけなかったが、残すのも気が引ける。そこでボクが代わりに食べてみると、どうだ。米とチョコのコンビネーションは味・舌触りとも意外に悪くない。満腹でなければ、もうひと皿取りたかったくらいだ。
こうした“フュージョン”こそ、伝統にとらわれないアジア系SUSHIレストランの真骨頂だ。日本にだってイタリアにない「めんたいこパスタ」があるのだから、文句を言うのは筋違いである。
ぜひ勇気をもって続けてほしいものだと個人的には思っている。
始まりは学位論文
クルマの歴史を振り返っても、“フュージョン”を試みる向きは長年数々存在した。
代表的なのは1960年代のアメリカである。かのフェラーリのエンジンを平気でシボレー製に換装する例が数々あった。
それは信頼性やレースとの相性といった背景によるものだが、今日そうしたフュージョンは、主に粋なジョーク的意味合いで行われていることが多い。
写真4および5は2018年3月のジュネーブモーターショーに出展されていたスイスのチューナーによる「メアニー2.0T」である。一見、元祖MINIであるが、フォルクスワーゲン(VW)の「ゴルフGTI」の220psエンジンがミドシップされている。
プロジェクトの始まりは、応用科学大学で機械工学を専攻していたラファエル・ファイエルリさんによる「クラシックカーの形態を用いたミドエンジン・スポーツ」という学位論文だった。
やがてラファエルさんは自らの夢をカタチにすべく、チューリッヒのショップ「エミール・フレイ・クラシックス」に掛け合った。そして実現したのが、このメアニー2.0Tというわけである。
ボディーには古いMINIの改造ではなく、現在ブリティッシュ・モーター・ヘリテージがリプロダクションとして生産・供給しているシェルを使用した。
スペックを見ると最大トルク340Nm/5800rpm、0-100km/h加速は4秒以下、最高速200km/hと勇ましい数字が並ぶ。ファイエルリさんは、EUの少量生産車向けレギュレーションへの適合を目指している。
同じフラット4ということで……
次はわが家と同じイタリア中部シエナ県で「VWビートル」のチューナーを営むジョヴァンニ・デイさんの作品である。
デイさんは地元で開催されるVWインターナショナルミーティングのオーガナイザーでもある。
このイベント、毎年クソ暑い夏の真っただ中にもかかわらず、欧州各地から冷房無し・三角窓だけの空冷VWが参集するという、知る人ぞ知る人気イベントである。
その彼が2015年のミーティングに持ち込んだのは、2トーンであること以外、一見何の変哲もないビートルであった。
そのデイさんが後部に回るよう手招きした。ついて行ってみると普通のビートルのエンジンルームと、やや光景が違う。デイさんは笑いながらすかさず教えてくれた。
「『アルファ・ロメオ・アルファスッド』のエンジンを載せてみたんだよ」。スペックや効果は明らかにされていないが、「同じフラット4を積んでみました」という、わかる者だけがわかるしゃれである。
もっと歴史をさかのぼれば、アルファスッドの主任設計者であったルドルフ・ルスカはウィーン工科大学卒で、第2次大戦前ポルシェ設計事務所でビートルの開発計画にも参画している。そうした意味で、デイさんの試みは、単に奇天烈(きてれつ)とは片付けられない。
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実は“なんちゃって”だった
しかしながらこうした類いのジョークで最高だったのは、つい先日パリモーターショー2018の特別展示で発見した一台で、「Routes Mythiques(伝説の道)」と題された歴史車の特集に展示されていたものだ。
なにやら勇ましいロールス・ロイス(RR)の「コーニッシュ」である。1981年のパリ-ダカール仕様という。スペックを読んで仰天した。エンジンはシボレーのV8 5750cc。それに「トヨタ・ランドクルーザー」の駆動系を組み合わせたものである。
構想の始まりは1980年のある日、ティエリー・ド・モンコルジェ氏と仲間たちの食事中の何気ない会話だったという。
彼らはその冗談ともとれる計画を実現してしまった。チューブラーフレームを溶接。そこにかぶせるコーニッシュを模したボディーはグラスファイバーで製作し、フロントフードおよびドアにはアルミを用いた。パワーステアリングや容量400リッターの燃料タンクも搭載した。
1981年のパリ-ダカールラリーではアフリカ区間にまで達したものの、フロントアクスル破損でリタイアを喫した。しかし、その奇妙なルックスをマスコミは興味をもって採り上げた。記録によれば当時、記事にして1800あまりが掲載され、テレビでは150回も報じられたという。
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ランクルが選ばれていたうれしさ
ティエリー氏は後日、RRの法務部門から極めて丁重な文面で、RRのマスコットであるスピリット・オブ・エクスタシーを掲げた車両を、今後公の場で走らせないように、との警告を受け取ったという。
GMのエンジン、トヨタの駆動系なのだから、RRの抗議は至極当然の話である。
しかし1980年代の英国車といえば、1970年代のいわゆる「英国病」の尾を引き、最低の信頼性で知られていた。
そうした状況ゆえ、仮にティエリー氏が完走していたら、RR本社はマスコミが報じるまま、この“なんちゃってRR”をムフフと苦笑しながら放置・看過していたかもしれない。
いっぽうティエリー氏にしてみれば、今日メーカー自らが砂漠も走れる「カリナン」を平然と造っているのはジョーク以外の何ものでもないだろう。
昨今、日本のメディアが盛り上げる「ニッポンすごい」の風潮には賛同しかねるボクである。だが三十数年前に、世界の数あるメーカーの中からトヨタの駆動系が選ばれていたことに、やはりうれしさを感じてしまうのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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