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第182回:M635CSiの輸入から始まった狂乱の日々
『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』

2018.11.09 読んでますカー、観てますカー 鈴木 真人

若手イケメン俳優初共演なのに……

物語が始まるのは1983年。『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』は、ビバリーヒルズを舞台に野心あふれる若者たちのサクセスと破滅を描く。1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンが“レーガノミクス”と呼ばれる大盤振る舞いの経済政策を実行し、一時的な好景気が演出されていた時期である。富裕層への減税を行い軍事費を中心に政府支出を増加させるという手法はアメリカ経済の構造的な問題を解決するものではなかったが、株式ブームによって浮かれ気分が広がっていた。1987年のブラックマンデーで幻影が消え去ることなど、まだ誰も知らない。

高校の同級生が偶然出会う。いじめられ組のパッとしない生徒だったジョー・ハントは、金融会社で働いている。能力と意欲はあるものの、収入は少ない。高校時代から軽くてチャラいキャラだったディーン・カーニーは、今も口八丁手八丁で調子よく世間を渡っている。2人とも、もっともっと金が欲しい。ジョーは専門分野の知識を生かして金投資を持ちかけ、ディーンは金持ち連中の人脈をフル活用する。最強コンビの誕生である。

ジョーは『ベイビー・ドライバー』のアンセル・エルゴート、ディーンは『キングスマン』のタロン・エガートンが演じる。2人の若手イケメン俳優初の共演なのだから、この映画はもっと話題になっていてもよさそうだ。問題は、もうひとりの共演者である。トレーダーのロン・レヴィン役がケビン・スペイシーなのだ。過去の性的暴行疑惑が浮上した彼は、ほぼ俳優生命を絶たれてしまった。問題発覚以前の出演作とはいえ、大々的な宣伝は打ちにくい。

(C) 2017, BB Club, LLC. All rights reserved.
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輸入車ブローカーで大もうけ

ジョーとディーンは1万ドルの原資で投資グループ「BBC」を設立し、金持ちの友人たちから資金を集めることに成功した。BBCとはもともとボンベイ・バイシクル・クラブの略称だったが、途中でビリオネア・ボーイズ・クラブに変更された。億万長者のドラ息子たちが集まっていたのだから、この名称のほうが適切である。

投資グループと称してはいるものの、実態は怪しいものだ。本当は資金運用など行ってはいない。甘言でカモを釣り、かき集めた金で派手に遊んでいたのだ。確かに、最初のうちは輸入車のブローカーとして商売をしていた。当時はドルが強く、ヨーロッパでクルマを安く仕入れてアメリカで高く売り、利ざやを稼ぐことができたらしい。BMWの「M5」や「M3」なら、入った途端にすぐ売れていく。

特に人気があったのが「M635CSi」だったという。あぶく銭を握った若きセレブたちは、資力を誇示するためにハイパワーな希少車を競って手に入れようとした。いかにも浅はかな行動に見えるが、数年後にわが国でも同じような事態が発生している。東京ではあちらこちらに自動車の並行輸入屋が店を開き、金ピカのアクセサリーで飾った成り金を集めた。バブル期にBMWがもてはやされたのは日米共通である。なにか理由があるのだろうか。

クラブでかかっている曲は、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『リラックス』やデビッド・ボウイの『レッツ・ダンス』。日本でもヒットしたナンバーで、聞いているとあの頃の気分がよみがえってくる。テレビ画面に映し出されているのは、ジョン・ザッカリー・デロリアンの裁判が始まったというニュースだ。デロリアン・モーター・カンパニーは社長の逮捕もあって1982年末に破綻し、「DMC-12」は製造中止に追い込まれていた。

(C) 2017, BB Club, LLC. All rights reserved.
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「BMW M635CSi」
“世界一美しいクーペ”と呼ばれた初代「6シリーズ」の「M」モデル。日本や北米では「M6」として販売されたが、本国仕様のM635CSiが希少性を評価されて高い人気を得ていた。
「BMW M635CSi」
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消費と贅沢を追い求めた果ての破滅

2016年の映画『20センチュリーウーマン』は、1979年のサンタバーバラが舞台だった。他人を思いやる気持ちがまだアメリカの広範囲に残っていた頃で、マイク・ミルズ監督が考える最後の善き時代だ。ラスト近くにテレビで当時の大統領ジミー・カーターが国民に語りかけるシーンがある。“自信喪失の危機スピーチ”として知られる有名な演説だ。アメリカ人が消費と贅沢(ぜいたく)ばかりを追い求めているとして、彼は「これからの5年間が今までの5年間より悪いものになるだろうと国民の大半が信じている」と指摘した。

『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』が見せるのは、カーターの“予言”が的中してアメリカの魂が失われた世界である。カフェではアンディ・ウォーホルがアートを語り、レストランで供されるのは1959年のシャトー・ラフィット・ロートシルトだ。街は華やかな空気に満ちている。その空虚さは、同時代にジェイ・マキナニーの『ブライトライツ・ビッグシティ』やブレット・イーストン・エリスの『レス・ザン・ゼロ』が暴いてみせた。

ジョーは“パラドックスの哲学”を掲げ、金取引で大損しながらも「視点を変えれば善悪の境が変わる」と言い放つ。内容のないただのダマシ言葉だが、引っかかる人はいくらでもいたのだ。もちろん、デタラメな商売がいつまでも続くわけがない。金が無から湧いてくることはないのだから、自転車操業は行き詰まるに決まっている。窮地に陥った彼らは、海千山千のレヴィンにとっては格好の獲物だった。快活な空気は一変し、物語は悲劇的な色彩を帯びる。虚構の友情は崩れ去り、事態はカタストロフに向かって突き進んでいく。

恐ろしいのは、これが実話に基づく作品であることだ。BBCは実在した社交クラブであり、詐欺やそれ以上の重大犯罪が発覚して裁判が開かれている。映画で展開されるストーリーは、実際の判決で採用された筋書きとは異なる。本当は誰が一番悪かったかを詮索することにはあまり意味がない。彼らだけでなく、あの頃の人々の多くが病的な妄想と狂気に取りつかれていたのだ。

(文=鈴木真人)

(C) 2017, BB Club, LLC. All rights reserved.
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『ビリオネア・ボーイズ・クラブ』
2018年11月10日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開!
 
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鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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