第17回:アウディA8(前編)
2018.12.19 カーデザイナー明照寺彰の直言![]() |
アウディのフラッグシップセダン「A8」。常に時代に先んじてきた超精緻な大型セダンは、新型でどういうデザインの世界を切り開こうとしているのか。それとも、デザイン面では行き詰まっているのか。
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キレイな形はしているのだが
明照寺彰(以下、明照寺):新型A8のシルエットを見て思うのは、このクラスのセダンとしては、リアのカタマリ感をはじめとして全体にシンプルで、とてもキレイだということです。
永福ランプ(以下、永福):そうですか?
明照寺:ただフロントは、グラフィック的でリアの強さと合ってないんですよね。
永福:あんまり立体的じゃなく、“お絵描き的”だということですね。
明照寺:その理由を考えてみたんですけど、アウディは2014年にデザイン部長が代わってるんです。
ほった:元フォルクスワーゲンの、マーク・リヒテさんでしたっけ?
明照寺:そのリヒテさんが最初にやらせたのが「プロローグ」というコンセプトカーで、「これからアウディはこれを目指すぞ」という意味合いのモデルだったんです(写真を示す)。
永福:ものすごくスタイリッシュですね。いかにもアウディ的だ。
明照寺:フロントグリルは六角形で、フロント、リアともにブリスターフェンダーにしている部分が特徴的ですよね。
ほった:FR車ではリアタイヤを強調するところを、前後すべてのタイヤを強調しているんですね。
明照寺:これはたぶん、アウディのアイデンティティーであるフルタイム4WD「クワトロ」を、視覚的に表現しようとしたんだと思います。FRらしさを強調するBMWやメルセデスに対抗して、こちらも大衆車と差別化するために「デザイン的にもクワトロで攻めよう」ということなのかなと。
永福:見た目もクワトロを大盛りにしようって感じですかね。
新型はオッサンくさくなった?
明照寺:ただ、アウディはこのプロローグに倣って「A5」「A7」「A8」、そして新型の「A6」と造っているはずなんですけど、実際にはかなり違いますよね。
永福:A8はこんなにグラマラスには感じません。
明照寺:グリルの輪郭自体はそんなに変わらないんですけど、でもそのまわりの面のボリューム感がかなり違う。たぶんA8はフロントマスクの内部にビームが通っていて、コンセプトカーのように彫りを深くはできないんでしょう。結果的にグラフィック的になってしまった。フェンダーの盛り上がりも同様です。
永福:プロローグのフェンダー、これは全幅が2mはないとできないんじゃ?
ほった:いえ、全幅は1950mmで、A8とほぼ同じです。
永福:じゃ、2ドアクーペだからキャビンを小さくして実現したんだ。僕の印象としては、新型A8は「オッサンくさくなったなぁ」なんですよ。先代も先々代も、もっとスポーティーなイメージだったけれど、新型はかなり格式張ってきたな、という。
明照寺:グラフィックはそうかもしれないですね。
永福:いや、フォルム全体のイメージも。メッキの縁取りがすごく増えたせいかもしれないけど……。
明照寺:「BMW 7シリーズ」も、メッキの使い方は大体こんな感じですよ。
永福:そう言われればそうですねぇ。
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“ドイツ御三家”のインテリ枠だったのに……
永福:でも、アウディA8はもともと、7シリーズや「Sクラス」よりもっともっとハイブロウな、超然たるスーパーエリートだったと思うんです。でも新型A8には「やっぱり、もうちょっと売らなきゃ」みたいなニオイを感じる。その分ダサくなってしまった。リアのメッキ、確かに7シリーズにもありますけど、A8はこういうことはやらなかったはずなのに、って思うんです。
ほった:永福さんが言う「スーパーエリートなA8」って、和田 智さんが途中からシングルフレームにしたA8ですよね?
永福:そうそう。2代目A8だね。
ほった:マイナーチェンジでシングルフレームになって、W12気筒が載ったんですよね。『トランスポーター』っていう映画にも出てきましたけど、あのクルマは本当に「すげぇ」って思いました。
永福:完全に浮世離れしてて、すっごいゼータクだったよね。下取り価格のハンパない下落も浮世離れしてた(笑)。
ほった:メチャメチャ安くなってましたもんね。
永福:そういうところもハイブロウだったと思うんだ。そこから比べると、新型は明らかにオッサンになってきてる。
明照寺:わかります。なんか「高級に見せたい」感じが出てきちゃってますね。
永福:ショルダーにエッジをいっぱい入れたりとか。
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プレスラインで高級に見せる時代は終わった
ほった:ただ、「この狭いところにプレスラインを入れるのってすごく大変なんだぞ」とか、「エッジをこれだけ立たせるのってすごい技術なんだぞ」ってプレスリリースには書いてあるけど、実物見たら「そのライン本当に必要だった?」と感じることが、最近のアウディでは多いような気がしませんか?
明照寺:フォルクスワーゲンもそうなんですよ。エッジが立っているように見せるために、わざわざちょっと返しを作ってるんです。フォルクスワーゲンやアウディはプレスの成形技術がすごいので、他社にはマネできないような角のRも実現できる。でも、それが筋張って見えるようになってきて、最近ではあんまり造形の魅力に還元してないような気はしています。ちょっとやり過ぎになっている。
永福:当初は、確かに誰もマネできないって感じでしたけど、今はもう「ダイハツ・ミラ イース」もプレスラインがビンビンですからね。僕は「ミラ イースがついにアウディに追いついた!」って思ったんですけど(笑)、その時点でもう、“そっち路線”での高級感の追求は終わったんじゃないかと。エッジで高級に見せるって考え方じゃ、もう未来は見えない。
明照寺:コンセプトカーのアウディ・プロローグは、全然そんな感じじゃないんですけどね。なぜA8はこうなったのかな、という気はします。
(文=永福ランプ<清水草一>)

明照寺 彰
さまざまな自動車のデザインにおいて辣腕を振るう、現役のカーデザイナー。理想のデザインのクルマは「ポルシェ911(901型)」。
永福ランプ(えいふく らんぷ)
大乗フェラーリ教の教祖にして、今日の自動車デザインに心を痛める憂国の士。その美を最も愛するクルマは「フェラーリ328」。
webCGほった(うぇぶしーじー ほった)
当連載の茶々入れ&編集担当。デザインに関してはとんと疎いが、とりあえず憧れのクルマは「シェルビー・コブラ デイトナクーペ」。