マセラティ・レヴァンテ トロフェオ(4WD/8AT)
忘れ得ぬ快楽 2019.03.27 試乗記 スーパーカー並みのハイパワーを誇る、マセラティの高性能SUV「レヴァンテ トロフェオ」に試乗。どれだけ速いかは言わずもがな。むしろ驚かされたのは、その名門ブランドならではのエレガンスだった。秘密裏に進んだ開発計画
マセラティ史上初のSUV、レヴァンテに、フェラーリ謹製3.8リッターV8ツインターボが搭載された。2016年に発表されたレヴァンテには、不思議なことに、V6エンジンしかなかった。プラットフォームがV8を持たない「ギブリQ4」の進化版だったから、なのかもしれない。
レヴァンテの開発初期段階で、本社に知らせることなく、エンジニアが限界性能のテストのためにV8のプロトタイプを製作していた、とマセラティのプレスリリースにはある。正式に開発が始まったのはワールドプレミアのあとの2016年夏のことで、レヴァンテの担当エンジニアはフェラーリのエンジニアと共同でV8エンジンをマッチングさせる方法を模索した。フロントアクスル用ドライブシャフトのスペースを確保するため、クランクケースを新型にし、クランクシャフトのアッセンブリーを改良、オイルポンプと補機ベルトを新型に置き換え、ワイヤーハーネスの取り回しにも変更を加えたという。
ギブリにも「クアトロポルテ」にも「Q4」と呼ばれる4WDはあるけれど、どちらもV6との組み合わせで、V8とQ4を新たにペアリングするにはそれなりの改良が必要だったのだ。
「クアトロポルテGTS」に搭載しているこの3.8リッターV8ツインターボをレヴァンテに移植するにあたって、そのまま移植した「レヴァンテGTS」なるモデルも設定されたわけだけれど、旗艦となる「トロフェオ」用にはさらにひと手間加えられた。エンジンのマッピングのキャリブレーションの書き換えだけでなく、ターボチャージャーを新型のパラレルツインスクロールに交換し、シリンダーヘッドのデザイン、ピストン、コネクティングロッドも見直されたという。
名門にふさわしいV8エンジン
こうして生まれたトロフェオ用のV8は、最高出力590ps/6250rpm、最大トルク734Nm/2500rpmを生み出す。基本的に同じボア86.5mm×ストローク80.8mmの3799cc 90度V8でも、GTS用は550ps/6250rpmと733Nm/3000rpmだから、トロフェオのほうがより高出力で、より低速から最大トルクを発生させられるフレキシビリティーを持っていることがうかがえる。
公称最高速度は304km/h、0-100km/h加速は3.9秒。レヴァンテGTSだと、それぞれ292km/hと4.2秒にとどまる。どちらも十分速いけれど、より速いのはトロフェオということになる。ちなみに「カイエン ターボ」は4リッターV8のツインターボで、最高出力は550ps、最高速度286km/h、0-100km/h加速は4.1秒である。
もちろん、これらの数値は机上のものであって、「ちなみに」ご紹介しているにすぎない。ポルシェはポルシェ、マセラティはマセラティである。1914年12月1日、マセラティ兄弟がボローニャで黎明(れいめい)期の自動車の工房を開いたことに始まるマセラティはイタリアのレーシングスポーツの名門であり、軽々にほかと比較するようなブランドではない。1914年の創業で、2019年の今年は105周年を迎える。名門なればこそ、フェラーリは彼らのためにエンジンをつくる。ビジネスとはいえ、最大限の敬意であることに疑いはない。
3799ccで590psだから、リッターあたり155.3psである。「フェラーリ・ポルトフィーノ」のV8ツインターボは排気量3855ccで600psだから、リッターあたり155.6ps。マラネロのエンジニアはかつての最大のライバルに跳ね馬と同等の高性能エンジンを与えている。
飛ばさなくても官能的
より強力な心臓を持つトロフェオの登場を機に、レヴァンテ全体の内外に意匠変更が加えられた。目立つところでは、フロント下部の左右のエアインテークが大型化された。ただし、トロフェオのみ、フロントグリルが真っ黒けになり、大きくなった下部のエアインテークにこれまた真っ黒けのハニカムメッシュが配される。随所にカーボンファイバーが使われ、レーシィなムードが漂う。トロフェオ専用のフロントのボンネットには、熱気抜きが2つ設けられている。これまたトロフェオのみ、フルマトリクスLEDのヘッドライトが標準装備され、試乗車のように外装色がグルジオと呼ばれるシルバーだったりするとメカゴジラみたいだ、と思うひともいるかもしれないけれど、実物はまったく似ていない。質感と量感が自動車らしさを醸し出している。
ドアを開けると、鮮烈なロッソとネロのインテリアが目に飛び込んできて、思わずため息が漏れる。センターコンソールにもカーボンのパネルがあしらわれていて、ステキだ。でもって、エンジンをスタートさせると、ヴァフォンッとマラネロ製のV8が目をさます。低回転では、乾いた重低音で、割合のんきな音のようにも感じられる。アクセルを踏み込むと、フロントのV8が濃厚なティラミスのなめらかさとスイートさでもって回転を積み上げ、一般道ではせいぜい4000rpmまでが精いっぱい、タコメーターは7000rpmからレッドゾーンだけれど、ZFの8段ATをオートにしていたのでは、どんどんシフトアップしていくので、そこまで回すのは到底無理である。ステアリングの根もとに設けられたパドルでマニュアル操作したところで、公道でフルスロットルにできるのはほんの一瞬だ。
この一瞬の快楽のためだけにトロフェオを選ぶ価値はある、と筆者は思う。快楽なんてものはほんの一瞬、あ……という間である。
ドライビングモードにはノーマル、I.C.E、スポーツに加えて、新たにコルサが設定されている。センターコンソールのスポーツ/コルサのボタンをダブルクリックするとコルサモードに変わる。自動的にギアダウンするからエンジン回転がおのずと1000rpmほども上がり、エンジンのレスポンスが素早くなるだけではなくて、マセラティ特有の野獣の咆哮(ほうこう)が聞こえてくる。といって、室内にいる限り、それも控えめなように感じる。
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峠道でもエレガント
タイヤは前265/40、後ろ295/35のともに21インチサイズ。こんなにでっかいタイヤを履いているのに、低速でもさほどドタドタしないのは、試乗車が「ピレリ・スコーピオン ウインター」なるスタッドレスを履いていたこともあるだろう。にしても、綿のたっぷり詰まった分厚い布団の上に乗っているようなエアサスペンションの設定が、筆者の好みにピッタンコで、コルサモードにすると若干硬くなりはするけれど、あくまで若干であって、ガチガチではない。
箱根の山道ではひらりひらり、全長5m、ホイールベース3m強、車重2340kgの巨体が優雅にロールしながらコーナーをクリアしていく。さながら、アゲハチョウの如くゆらゆらと舞いながら。不安感はない。ロールすることでノーズがきれいに入っていく。ロールスピードはゆったりしていて、コーナリング中の姿勢は安定している。山道では巨体が苦にならない。
SUVというのはコーナリングを楽しむタイプのクルマではないし、ひとを乗せていたり、荷物を積んでいたりすることが多いだろうから、山道を飛ばすなんてもってのほかである。もってのほかのことをトロフェオはエレガントにこなす。なぜそういうことができるのかといえば、マセラティだからである。
フルスロットルせずとも、トルクに余裕がある。ゆったり走っていれば、2000rpmを超えることはめったにない。車両価格は1990万円。これに、オーディオやらカーボンインテリアやらのオプションが170万2000円相当付いて、総額2160万2000円。V8搭載により、いいもの感のステージはガバッと上がった。このV8にほぼ匹敵するエンジンを積むフェラーリ・ポルトフィーノは2530万円だから、依然お値打ちである。
人間はイメージすることが大切だという。あ、無理。と諦めてはそこで終わる。寝る前に、これに乗っている私、を想像する。あとは運次第。夢でもし会えたら、すてきなことね。と、大瀧詠一も歌っている。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
マセラティ・レヴァンテ トロフェオ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5020×1985×1790mm
ホイールベース:3005mm
車重:2340kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:590ps(434kW)/6250rpm
最大トルク:734Nm(74.8kgm)/2500rpm
タイヤ:(前)265/40R21 105V M+S/(後)295/35R21 107V M+S(ピレリ・スコーピオン ウインター)
燃費:13.5リッター/100km(約7.4km/リッター、欧州複合モード)
価格:1990万円/テスト車=2160万2000円
オプション装備:電動調節式フットペダル(3万3000円)/3Dカーボンインテリアトリム(32万4000円)/4ゾーンオートマティッククライメートコントロール(21万2000円)/メタリックペイント(12万8000円)/22インチホイール オリオーネ マットフィニッシュ(18万7000円)/Bowers & Wilkinsサウンドシステム<17スピーカー>(43万2000円)/レッドブレーキキャリパー(1万1000円)/トラフィックサインレコグニション(4万3000円)/スポーツステアリング<ヒーティング機能付き>(12万2000円)/スペアタイヤ(6万円)/ブラックウィンドウフレーム(14万円)/キックセンサー(1万円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:6398km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:303.0km
使用燃料:61.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.0km/リッター(満タン法)/5.3km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。