第192回:春休みに観たい! 常軌を逸したクルマ映画DVD3選
2019.03.29 読んでますカー、観てますカーローマ警察をナメてはいけない
『フェラーリの鷹』は1978年に日本で公開された作品である。昨年40年ぶりにHDリマスター版がリバイバル上映され、初めてディスク化された。マカロニウエスタンが衰退した頃に製作されているから、面白ければ何でもアリの精神が受け継がれている。
主人公のマルコ・パルマはローマ警察の熱血警官。街をパトロールしながら自慢のドライビングテクニックを披露できる事件を追い求めている。暴走する「ポルシェ911」を発見した彼は「アルファ・ロメオ・ジュリアスーパー」の覆面パトカーで追跡するが、あえなく横転して逃げ切られてしまう。上司のタリアフェリ主任から「高速走行中にブレーキを踏むからだ!」と叱責(しっせき)されるとぶんむくれ。エンジンをチューンして万全を期すものの、次は「シトロエンDS」にもてあそばれてクラッシュ。相棒を死なせてしまった。
DSを運転していたのは、ニースで名の知られた悪党のジャン=ポール・ドセーナ。仲間を率いてローマで銀行強盗を繰り返していた。昔タリアフェリに逮捕されたことがあり、恨みを晴らすためにやってきたらしい。タリアフェリはマルコに潜入捜査を命じる。運転がうまくなければ彼らの仲間にはなれないので、腕を磨かなければならない。2人はガレージに眠っていた「フェラーリ250GTE」を整備する。タリアフェリがかつて表彰された際に与えられたパトカーで、ボディーサイドにはSquadra Mobileと記されている。優秀な警官だけが配属される機動部隊のことだ。
タリアフェリはドセーナのDSとカーチェイスを繰り広げ、『ローマの休日』で有名なスペイン広場に追い詰めて逮捕したのだ。映画の中でも2台が階段を駆け下りる映像が使われている。いくらなんでもやりすぎだ。ローマの貴重な観光資源に傷をつけかねない。さすがにリアリティーに欠けるだろう……と思ったら、どうやらこれは史実だったらしい。
2台の250GTEがローマ警察に提供されていたのは確かで、マルセイユからやってきたDSに乗るフランスの強盗とスペイン広場でバトルを繰り広げたことがあるのだという。250GTEのボディー下部には大階段でついた傷跡が残っているのだ。よた話どころか、ほぼドキュメンタリーだったのである。
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愉快なパチモノ『マッドマックス2』
『マッドライダー』は『フェラーリの鷹』とともに「マカロニ・エンタテインメント傑作選」として上映された。1983年の作品で、1981年に『マッドマックス2』が公開された後に続々と作られたパチモノ映画のひとつである。本家はオーストラリアだが、こちらはイタリアとスペインの合作。多くのマカロニウエスタン作品を生んだスペインの砂漠で撮影が行われている。
核戦争でオゾン層が破壊され、地球には雨が降らなくなっていた。生き残った人々が野菜を室内栽培しようとしているが、ためてあった水は尽きようとしている。遠い水源地まで給水隊を派遣すると、道中でクレイジー・ブルが率いる暴走集団に見つかった。改造バギーや装甲を施したトラックとバイク軍団が襲いかかってくる。
『マッドマックス2』そのままのシーンだ。クルマが左ハンドルで、争奪するのが石油から水に変わったところだけが違う。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』も水を探しにいく話だったが、だからといってこの映画をパクったと考えるのはもちろん間違いだ。ジョージ・ミラー監督の『マッドマックス』こそがすべての始まりである。
給水車に乗っていた少年トミーだけがクレイジー・ブルから逃れて荒野をさまよっていると、一匹狼(おおかみ)の無法者エイリアンと出会う。クレイジー・ブルたちに見つかってトミーは右腕をもがれてしまうが、痛がらないし血も出ない。本物そっくりの義手だったのだ。時は西暦3000年という雑な設定で、バイオメカニクスは当たり前の技術となっている。自動車はまったく進化していないらしく、内燃機関はバリバリの現役。エイリアンの愛車エクスターミネーターは「マーキュリー・モンテゴ」を改造したもので、1000年落ちの中古車だ。
右腕を失う設定は、1971年公開の『片腕ドラゴン』の影響を思わせる。エイリアンが使う回転しながら飛んで相手の首を切るクサリガマのような武器は、1975年公開の『空とぶギロチン』からの発想だろう。オーストラリア・イタリア・香港のエキセントリックなエンターテインメント成分をミックスした映画なのだ。
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R8を大衆車扱いする超絶富裕層
東洋人ばかりのキャストでヒットを飛ばすという前代未聞の快挙が話題となった作品である。『クレイジー・リッチ!』の原題は『Crazy Rich Asians』。シンガポールの金持ち一家で巻き起こる恋愛騒動を描いたロマンチックコメディーだ。
金持ちといってもピンキリで、ヒルズ族などは本当の富裕層からすれば底辺なのだろう。ZOZOの社長だってひよっこである。シンガポールのヤン家は中国から移住して建国当時から不動産を一手に仕切っており、一族は香港や台湾、上海などでも勢力を伸ばしている。
アメリカ暮らしがすっかり身になじんでしまった跡取り息子のニック・ヤン(ヘンリー・ゴールディング)は異端児だ。彼の恋人がニューヨーク大学の経済学教授レイチェル・チュウ(コンスタンス・ウー)。ニックは親友コリン(クリス・パン)の結婚式に出席するためにレイチェルを連れて帰省する。しかし、自分が超金持ちであることは話していないのだ。親友は「ランドローバー・ディフェンダー」に乗って空港でお出迎え。食事をしに向かったのはサテーが名物の屋台村である。彼らは金持ちでありながら普通の感覚を保っているタイプなのだ。
レイチェルは久しぶりに再会した旧友ペク・リン(オークワフィナ)の「アウディR8」に乗ってヤン家のパーティーへ。彼女の実家もそこそこの金持ちだが、豪邸に到着するとレベルの違いは歴然だった。訪問客のクルマはロールス・ロイスとベントレーが標準で、R8は大衆車扱いである。庶民とは隔絶した世界で、一介の大学教授でしかないレイチェルが歓迎されないのは当然だ。ニックの母エレノア(ミシェル・ヨー)とのバトルは避けられない。
コリンの結婚前にぼんくら息子どもが集まってバチェラーパーティー。「BMW i8」や「マクラーレンMP4-12C」でやってきた彼らがヘリコプターに乗って向かったのは、洋上に浮かぶコンテナ船だった。浮世とは隔絶した人工的なパラダイスを仕立てていたのである。
想像を絶するゴージャスさだが、驚くには値しない。酒池肉林という言葉は、殷王紂(いんおうちゅう)が妲己(だっき)のために造った庭園の沙丘(さきゅう)に酒を満たした池を作り、樹木に干し肉をつるして宴を開いた故事に基づく。秦(しん)の始皇帝は巨大な阿房宮(あぼうきゅう)と驪山陵(りざんりょう)を建造している。隋(ずい)の煬帝(ようだい)は首都・長安から江都(こうと)までの大運河を作り、長さ600mの龍舟を浮かべて美女とたわむれた。中国4000年の歴史は、クレイジー・リッチによって紡がれてきたのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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