第194回:青いビートルが運ぶのは災厄か、それとも幸福か
『ドント・ウォーリー』
2019.04.29
読んでますカー、観てますカー
ロビン・ウィリアムズが熱望した映画
もちろん偶然なのだろうが、「フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)」が登場する優れた映画が立て続けに公開されている。以前紹介した『バンブルビー』では黄色いビートルのトランスフォーマーが大活躍。アカデミー脚本賞を受賞したスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』では、クライマックスで真っ赤なビートルが爆破された。
『ドント・ウォーリー』のビートルは、青である。黄色いビートルは幸福を運んでくるといわれるが、青いビートルにはそういった話がない。それどころか、この映画のビートルは大変な災厄をもたらす。事故を起こして主人公が大ケガをしてしまうのだ。いや、悪いのはクルマではなくドライバーだろう。飲酒運転なのだから、言い訳のしようがない。
ジョン・キャラハンの自伝『Don’t Worry,He Won’t Get Far on Foot』が原作である。アメリカでは有名な風刺漫画家なのだそうだ。彼は2010年に他界している。彼の物語を映画化したいと熱望していたのがロビン・ウィリアムズだが、2014年に死去。思いはガス・ヴァン・サント監督に受け継がれ、この作品が生まれたわけだ。
ジョンが自らのアル中体験を語る場面から物語は始まる。ステージ上から観客に向かって話し、時には車座になって仲間と語り合う。彼はアル中克服のための集団セラピーに参加し、禁酒に成功してからは依存症の恐ろしさについての講演を行っているらしい。ネタはどちらも同じである。彼が最後に自分の足で歩いた日のことだ。
テキーラ一気飲みで蛇行運転
ジョンは明らかに重度のアルコール依存症である。後に語るところでは、13歳でジンを盗み飲みして以来、ずっと酒に溺れているという。この日もアルコールが切れて禁断症状が出そうになり、酒屋でテキーラを購入。物陰でビンから一気にあおり、ようやく一息つく。
パーティーではビールやらウイスキーやらをちゃんぽんで飲みまくり、すっかりできあがって泥酔状態に。そこで帰ればよかったのだが、気のいい酔っぱらいのデクスターが「もっと楽しいパーティーがあるぜ!」と声をかけてきた。意気投合した2人はテキーラを一気飲みし、吐きながらビートルを運転して次の会場へ。ストリップバーで仕上げると、「運転は無理だ」との忠告を無視してビートルに乗り込む。蛇行運転を繰り返した末に電柱に激突した。
ジョンが目覚めると、自分が病院のベッドに固定されていることを知る。胸から下は動かない。医師からは、一生このままだと通告される。運転していたデクスターはかすり傷で、すでに帰ったという。ジョンは突然ふりかかった不運を嘆くが、自分の行動が引き起こした事態である。
もともと自分勝手な人間だった彼は、状況を素直に受け入れられない。ショックは大きく、未来に向けて希望を抱くことなどできそうにないのだ。絶望の中にいた彼にとって一筋の光となったのが、セラピストとしてやってきたアヌーである。ストックホルムの鮭(さけ)について何気ない会話を交わしながら、少しずつ心が解きほぐされていく。
ハズレのない2人の俳優が出演
リハビリセンターを出たものの、ジョンは不自由な生活を強いられる。住み込みの介護人にすべてを頼るしかない。焦燥感は強まるばかりで、むしゃくしゃすると当たり散らす。介護人に怒鳴り散らして酒を買いに行かせ、アル中生活に逆戻り。症状はむしろひどくなったようにも見える。
ジョンは禁酒を決意する。依存症を克服するための集まりに参加し、グループトークでお互いの状況を語り合う。ここでも彼は自己中ぶりを発揮するが、優しくいさめてくれたのが主催者のドニーだ。裕福で何不自由ない暮らしをしているが、実は大きな問題を抱えながら生きているらしい。
キャスティングに触れておこう。ジョンを演じるのはホアキン・フェニックス。リヴァー・フェニックスの弟だが、イケメン度ではちょっと劣る。演技は高く評価されてきたにもかかわらず、2008年に突然ラッパー転向を表明。その後は奇行を繰り返してまわりから心配されるが、それは『容疑者、ホアキン・フェニックス』というモキュメンタリー映画の仕掛けだった。本気で彼を気遣った俳優仲間から総スカンを食ったのは当然だろう。
なんとか許してもらったようで、『ザ・マスター』や『ビューティフル・デイ』などでは振り切った演技を披露。『her/世界でひとつの彼女』で共演してから交際が始まったルーニー・マーラが、この作品でアヌーを演じている。
デクスターはジャック・ブラックで、ドニーはジョナ・ヒル。2人はどちらも出演作にハズレが少ないことで知られる。このキャスティングが実現したことだけでも、成功は保証されたようなもの。ジャック・ブラックはビフォーアフターの変貌ぶりが見事だし、ジョナ・ヒルは太ったキリストのようなルックが新鮮だ。
車イスでドライブデート
ジョンはクルマには乗れなくなってしまったが、代わりに車イスでスリルを楽しむ。やたらにスピードが出る電動式の最新型なのだ。速く走れば電力消費量が急激に増加するのはEVと同じである。バッテリー切れで救援を要請しなければならなくなることが相次ぎ、リハビリセンターに何度も迷惑をかけることになった。
アヌーとはドライブを楽しんだ。彼女を車イスの後ろに乗せ、全開で突っ走る。疾走感は心地よいが、歩道を激走するのはさすがに危険だ。段差があるとわりあい簡単に転ぶ。あわてないでいられるのは、誰かが助けてくれるのがわかっているからだ。彼は風刺画家として成功し、居場所を見つけていた。自分が誰かのためになることがわかっていれば、他人の善意に希望を託すことができる。
ジョンには幼い頃にひどく傷ついた。子供には耐えられないような残酷な経験である。それがアルコールに溺れてしまったことの原因だと考えれば、少しは楽になるだろうか。たぶん、逆である。憎悪の念を抱き続けていれば、そこから前には進めない。何が自分に必要なのか、ジョンはアヌーとドニーから学んでいく。
青いビートルは、災厄をもたらさなかった。ジョンは事故で胸から下の自由は失ったものの、心の解放を得る。黄色ではなくても、ビートルは幸福を運ぶらしい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。