安全な交通社会の実現へ向けて(前編)
自動運転技術が加速させる、新しい安全装備の開発
2019.05.10
デイリーコラム
加速する「事故を起こさない技術」の開発
例年通りというべきか、令和最初のゴールデンウイークも、いつものことながら交通事故のニュースが目についた。日本の交通事故発生件数は2004年のピーク時から半減しているが、それでも年間43万件もの事故が起こり、53万人が負傷し、3500人あまりが亡くなっている(警察庁発表資料より)。交通事故の悲劇を繰り返さないために、本稿ではクルマと安全について考えてみたい。
安全は自動車業界の悲願であり、究極のミッションである。それゆえ、古くから研究開発がなされてきた。技術的にはシートベルトやエアバッグなど、事故の被害を最小限にする「パッシブセーフティー」と、横滑り防止装置やアンチロックブレーキシステムなど、事故を未然に防ぐ「アクティブセーフティー」に大別できるが、昨今は後者の研究開発が目立つ。
世界初の3点式シートベルトを実用化したボルボ・カーズは、安全に強くこだわるメーカーのひとつだ。この3月には、2020年以降に発売する新車の最高速度を、すべて180km/hに制限すると発表した。狙いは速度超過による交通事故を防ぐことだが、同社の挑戦はこれにとどまらない。2021年以降は、オーナーがキーを使って自車の最高速度を設定する「ケア・キー」を標準装備するという。運転に不慣れな家族や友人にクルマを貸す際の使用を想定している。
さらに、2021年以降には車内カメラを使ったドライバーのモニタリングシステムも導入を予定。その目的は、薬物や飲酒による酩酊(めいてい)状態、注意散漫な状態での運転による事故を回避することだ。システムがドライバーの状態を危険だと判断したら警告を発し、それでも変化がなければ運転に介入する。最終的には自動で減速して路肩などに安全に停車するという。
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新しいシステムを支える自動運転の技術
このモニタリングシステムは、ドライバーの急死(デッドマン)や急病による意識喪失で運転を継続できなくなった場合の対策としても有効で、多くのメーカーが開発に取り組んでいる。国土交通省は2016年3月、世界に先駆けて「ドライバー異常時対応システム」のガイドラインを発表した。ガイドラインはドライバーの異常を自動で検知するシステム向けと、車両を安全に路肩に退避させるシステム向けの2本立て。ザックリ言えば、モニタリングと自動運転だ。
スバルの新型「フォレスター」に搭載されたドライバーモニタリングシステムは、顔認証技術を使ってドライバーを識別し、それに応じてシート位置や音楽などの設定を自動調整する“おもてなし機能”として話題になったが、ドライバーの眠気やわき見を検知し、注意を促す警告システムにも使われている。これに自動運転を組み合わせれば、ドライバー異常時対応システムにもなり得る。
BMWはモニタリングではなく、具合が悪くなったらドライバーが自らボタンを押す仕組みを提案する。ボタンを押すとコールセンターに自動通報すると同時に、自動運転に切り替わって路肩に安全に停車させるというものだ。またアメリカでは、テスラの自動運転機能「オートパイロット」のおかげで、意識を失ったドライバーが助かったという話もあった。
自動運転というと「お酒を飲んでも寝て帰れそう」「移動中にスマホができるのはうれしい」といった声があがるが、これはシステムが事故を起こさないという信頼を持てることが大前提。全幅の信頼を置ける自動運転システムという夢の実現はまだまだ先の話だ。しかし、事故回避の分野においては、部分的な自動化の流れが始まっているのだ。
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大事なのはドライバーの理解
被害軽減ブレーキは日本で普及が先行しているが、2019年2月の国連欧州経済委員会で日本や欧州を含む40カ国が導入義務化に合意したので、2020年から世界的に導入が加速しそうだ。車間距離維持機能や車線逸脱防止機能、誤発進抑制機能なども、ドライバーの安全運転を支援する機能として導入が拡大している。
ちなみに、被害軽減ブレーキとは一時期“自動ブレーキ”と呼ばれていたシステムのこと。“自動”という単語から「あらゆる状況で作動するもの」と過信する人が多かったため、最近は被害軽減ブレーキや衝突被害軽減ブレーキ、衝突軽減ブレーキなどと、機能の内容を説明する表記になっている。国土交通省は運転支援機能への理解を深めてもらうための啓発ビデオをYouTubeで公開中だ。
どんなに便利で優れた技術でも、使い方を誤れば事故は起こり得る。技術は万能ではない。安全のためにはドライバーが機能を理解し、適切に使用することが最重要なのだ。このことは自動運転時代になっても変わることはない。(後編につづく)
(文=林 愛子/写真=スバル、ダイハツ工業、ボルボ・カーズ/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。