現代によみがえった“ハイドロ”
シトロエンの新たなサスペンションシステムを知る
2019.06.12
デイリーコラム
シトロエン=コンフォート
シトロエンの新フラッグシップとなる「C5エアクロスSUV」の骨格や足まわりの基本構造は、おなじみの「EMP2」プラットフォームのそれだが、サスペンション部分に日本初上陸の「プログレッシブ・ハイドローリック・クッション(以下、PHC)」が使われている。このクルマで好事家の皆さんがもっとも注目する技術的特徴はそこだろう。
今年2019年で創業100周年をむかえるシトロエンはここ数年、ブランド独自性を高める活動を強化している。シトロエンを傘下にもつグループPSAはシトロエン最大の強みを“コンフォート(=快適性)”とあらためて定義して、それを特徴づける技術群を「シトロエン・アドバンストコンフォート・プログラム」と命名。それに属する新技術を随時、市場投入しはじめている。
PHCもそのひとつであり、2017年に中国で先行発売された「C5エアクロス」に加えて、欧州では2017年秋にマイナーチェンジされた「C4カクタス」(日本未導入)にも搭載されている。シトロエンCEOのリンダ・ジャクソン氏によると、PHCは「“新世代のハイドロ”ともいえる“魔法のじゅうたんのような乗り心地”を実現する画期的なサスペンションシステム」だそうである。そういえば、シトロエン伝統のハイドロ(=ハイドロニューマチック/ハイドラクティブ)を搭載した最後の市販車「C5」が2015年に生産終了した際、PSAは「ハイドロにかわる新サスペンションを開発中」とアナウンスしたが、PHCはその翌年の2016年6月に技術発表された。
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めったなことでは底付きしない
実際のPHCそのものは、新世代のハイドロ……という言葉からイメージするよりは、ずいぶんシンプルな機構である。基本的にはショックアブソーバー=ダンパーだけで完結する技術であり、C5エアクロスの足もとも、見た目にはコイルスプリング&ダンパーによる一般的なサスペンションと変わりない。さらに、完全にメカニカルな機構なのでそれに付随する電子制御システムも存在しない。
PHCはメインダンパーのストロークエンド部分に高減衰のセカンダリーダンパーを内蔵したものだ。そのセカンダリーダンパー=第2のダンパーが、実質的にバンプストッパー役をつとめるのがPHCのキモである。
サスペンションが縮み切った末端のエンド部分に組み込まれるバンプストッパーは通常ウレタンやゴムの部品である。バンプストッパーを乗り心地の微妙なチューニングに使うケースもあるが、いずれにせよ最後の壁となる部品だからそれなりの強度が必要で、どうしても反発力が出る。よって、バンプストッパーに触れるような大入力時には、乗り心地に不快な“底付き感”が出るのは避けられない。
PHCはそんなバンプストッパーの役割を吸収力に優れ(て、理論的には反発力も発生しないとされ)る第2のダンパーに受け持たせることで、サスペンションストロークのエンド領域をゆっくり強力に減衰する。一般的なバンプストッパーのようにストロークを急激にせきとめることがなく、普通に起こりうる路面入力では基本的に底付きしない……というのが、シトロエンの主張するPHCの効能である。
さらにいうと、こうして最後の壁を柔らかく積極的に使えるようになることで、その手前を担うメインのバネレートやダンパー減衰力も遠慮なく(?)柔らかくできるので、結果として“魔法のじゅうたん”のごとき快適な乗り心地が実現できるという理屈である。そんなPHCの技術はもともと、1994年のパリダカで優勝した「ZXラリーレイド」で投入されて以降、その後2000年代から現在にいたるまでの同社のWRCカーに採用されている技術をベースとしているという。
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「ルノーHCC」との共通点と相違点
第2のダンパー、ラリー技術の応用……ときたら、ルノーの「ルーテシアR.S.」や「メガーヌR.S.」に使われている「ハイドローリック・コンプレッション・コントロール(HCC)」を思い出すフランス車エンスーも少なくないだろう。
シトロエンPHCとルノーHCCの原理は同じである。効果を発揮する想定シーンやスピード域のちがいこそあれ、内蔵する第2ダンパーにバンプストッパー役を担わせることで、より快適な乗り心地やしなやかな路面追従性を実現する……というねらいも基本的に変わりない。
ただ、ルノーHCCが本格スポーツ車に特化して、具体的には高速旋回中に路面不整やサーキット縁石などを踏む……といった限界領域でのみ第2ダンパーを作動させる設定なのに対して、シトロエンPHCのそれはもっと広範囲で作動させるようだ。PHCのさらなる詳細は後日に発表されるというが、少なくとも現在公表されている説明を見るかぎり、第2ダンパーの担当領域はサスストローク全体の半分近くに達している。加えて、HCCの第2ダンパーは縮み側だけだが、C5エアクロスのフロントでは伸び/縮みの両エンド(リアは縮み側のみ)に第2ダンパーを内蔵するところも、PHC特有の思想が垣間見える。
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オリジナルでしか味わえないもの
もっとも、こんなPHCが「新世代のハイドロである」という主張には、素直にうなずけない面があるのも事実である。
窒素を封入したエア室がスプリングで、そして前後左右で連関した油圧回路が車高・姿勢維持や減衰をおこなっていたハイドロニューマチック/ハイドラクティブ最大の技術的効能はあくまで「荷重や走行状況を問わず、あらゆる場面で理想的な車高と車両姿勢を積極的に保つ」ことであり、快適な乗り心地はいわばその副産物にすぎないからだ(実際の商品としてはそれが最大の売りだったとしても)。その意味で、車高維持機能をもたないPHCはハイドロの正統後継技術とはいいにくい。
ただ、早い話がエアサスペンションの一種であるハイドロでは「初期ストロークは柔らかく、深く縮むほどコシが強まる」というエアスプリング特有のプログレッシブ効果も、その味わいに少なからず影響していたことも確か。ストロークに応じて減衰力が変化するPHCはそういうプログレッシブ効果こそが最大のキモであり、この点はなるほどハイドロとの類似点はある。
まあ、いずれにせよ、PHCは独自性の高い(市販車では)新しい技術であり、以前のハイドロよりシンプルで低コスト、より幅広く使えそうな点は大きなメリットだ。これが実際に乗って「これこそ令和のハイドロや~!」と叫びたくなる革命的なデキなら、素直に素晴らしいことである。
(文=佐野弘宗/写真=グループPSA、ルノー/編集=藤沢 勝)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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