普及を妨げる最大の障壁は?
ニッポンのEVと、EV事業のこれからを考える
2019.06.24
デイリーコラム
製品は進化し、インフラ整備も進んでいるのに……
最近の自動車にまつわる話題といえば、やはりCASEだ。コネクテッドのC、オートノマス(自動運転)のA、シェアリングのS、そして電動化のEである。この中で、日本が世界でも最先端を走っているのがEの電動化であろう。ハイブリッド車はどこよりも普及しているし、電動化の象徴とでもいうべき電気自動車(EV)も、すでに実用化されて久しい。「三菱i-MiEV」の発売は2009年、「日産リーフ」の発売は2010年と、すでに“普通のEV”が世に現れて10年が過ぎているのだ。
ところが、リーフもi-MiEVも、販売面ではさっぱりだ。2018年の年間販売ランキングを見ると、リーフは登録車の35位で、その台数は2万5722台であった。i-MiEVにいたっては、通年でわずか128台である。電動化がこれほど話題になっているのに、肝心のEVの販売は大いに苦戦している。それが日本の状況だ。
では、EVは商品として不出来なのだろうか? 実際に乗ってみれば、それは違うとわかるだろう。特にリーフに関しては、相当なレベルに進化している。最新モデルの「リーフe+」であれば、62kWhもの電池を搭載し、一充電走行距離は458km(WLTC)。一充電でこれだけの距離が走れれば、「航続距離が足りない」と文句をいう人は少ないはずだ。さらに最高出力は160kW(218ps)、最大トルクは340Nmもあるから、驚くほど俊敏に走る。
ランニングコストでも、やはりEVは優れている。契約内容や利用状況にもよるが、最近の電気代は1kWhあたりおおむね20~30円。一方、リーフの“電費”は7.4km/kWhで、単純計算だが458kmを走るのにかかる電気代は、高く見積もっても1856円だ。一方、30km/リッターの燃費性能を持つエンジン車でも、ガソリン代を140円/リッターで計算すると、同じ距離を走るのにかかる費用は2137円となる。充電環境の整備も進んでおり、急速充電のスタンドは国内で約7000カ所、普通充電も合わせると約2万カ所にのぼる。たっぷりとあるわけではないが、困ることのないくらいまで増えたと言っていいだろう。
つまり、「航続距離は十分にある」「パワーも十分」「ランニングコストも低い」「充電インフラもそろってきた」というのがEVの現状であり、そしてそれでも、売れ行きは厳しいのだ。
最大のネックは“値段が高い”こと
EVが売れない最大の理由、それは単純だ。なんといっても価格が高い。高すぎる。リーフはCセグメントのハッチバックであるのに、バッテリーの少ない40kWhのバージョンでも324万円以上する。バッテリーの大きい62KWhなら416~472万円だ。一方、同じCセグハッチバックである「トヨタ・カローラ スポーツ」は、ガソリン車でおよそ210~240万円、ハイブリッドでも240~270万円。いくら何でも差がありすぎる。「メルセデス・ベンツAクラス」の328~399万円と比べても、リーフの割高感はぬぐえない。
この差額を多少なりとも緩和すべく、国はEVに補助金を出しているが、その支給額は最大で40万円に限定されるうえ、4年以内の売却を禁じるという“縛り”もある。地方自治体の中にも補助金を支給しているところはあるが、いずれにせよ先述の差額を埋められるほどではない。
問題は、価格がここまで高い理由で、何も日産が暴利をむさぼっているからではない。電池が高すぎるのだ。量産効果によって価格がこなれてきているとはいえ、まだまだEV用の電池は高く、それがEVの販売を阻んでいる。
しかもEVは家庭で充電するために、オーナーが駐車場付きの戸建てに住んでいることも望まれる。これもEV普及を阻害する高いハードルだ。逆に言えば、かように厳しい条件の下にありながらも、リーフが年間2万5722台も売れているのはたいしたもの。これこそがEVが持つ商品力の高さの証明だろう。
電池が高ければ、搭載量を減らすというアイデア
電池の価格が高いならば、搭載量を減らせばよい。そんなアイデアを採用するのがトヨタだ。トヨタは2019年6月上旬に「トヨタのチャレンジ~EVの普及を目指して」という説明会を開催し、そこで2020年に超小型モビリティーを市販すると発表した。2人乗りのEVで、すなわち軽自動車よりも小さい新たなカテゴリーに挑戦するのだ。最高速度は60km/h、航続距離は100kmほどで、電池の容量は7~8kWh程度と予想される。
すでにある1人乗りEV「コムス」が80~90万円であるし、できれば100万円台前半で販売してほしい。そうでないと、普通の軽自動車の方が安くなってしまうからだ。価格をいかに抑えられるのか? ユーザーを満足させられるクオリティーを提供できるのか? いろいろとハードルはあるが、それがトヨタの挑戦ということだろう。どのような車両が出てくるのか、ぜひ期待したい。
さらにこの説明会で、トヨタはグローバル市場向けにEV専用プラットフォームを開発するとも発表した。車型はコンパクト、ミディアムSUV、ミディアムクロスオーバー、ミディアムSUV、ミディアムミニバン、ミディアムセダン、ラージSUVの6種。2020年以降に10車種をリリースするという。コンパクトカーはダイハツとスズキ、ミディアムSUVはスバルとの共同開発だという。
EV専用プラットフォームはホンダも手がけている。その先兵となるのが、欧州に、次いで日本にも投入される「ホンダe」である。ホンダはトヨタよりも先にEV専用プラットフォームを市場投入することになり、その出来栄えが気になるところだ。さらには、現在声高に電動化をアピールするフォルクスワーゲンも、EV専用プラットフォームを用意している。
EV普及が本格化したとき、専用プラットフォームがあればコストを抑えてクルマづくりができる。いざEV時代が到来したとき、これを持たないメーカーは、ビジネス的に非常に不利になるだろう。今はまだEVがどれだけ売れるのかが見えていないが、各社それに備えているのだ。
次世代の電池に求められるのは安価であること
もっとも、車両価格を下げる上では、やはり電池の低価格化が肝要だ。幸いなことに、リチウムイオン電池の価格は着実に下がってきており、それは車両価格にも反映されている。2010年に最初に発売されたリーフは、わずか24kWhの電池搭載量でありながら376万4250円もした。今であれば40kWhで324万円スタートだ。電池容量を1.6倍にしながら、50万円も安くなった。
この調子で価格が下がっていけば、いつかはEVもエンジン車と競争ができるようになるかもしれない。そうなれば、当然今よりも何倍も売れるようになるだろう。リチウムイオン電池には、このまま順調に安くなってもらいたいものだ。
また、2020年代前半に実用化が期待される全固体電池は、より速い急速充電が可能で、価格もリチウムイオン電池の3分の1といわれている。急速充電が速いのは、当然大きなメリットだが、それよりも重要なのはコストだ。割高な電池であれば「進化したリチウムイオン電池で十分」となるはず。全固体電池には大幅なコストダウンを期待したい。
一方で、ガソリン車に対する燃費規制は、年々厳しくなっている。厳しい燃費規制によって、多くのエンジン車はハイブリッド化が進む。そうなればエンジン車の価格は上昇する。価格の下がるEVと上昇するエンジン車の価格が交差するのは、2025~2030年ごろだろうといわれている。EVの普及が一気に進むのは、恐らくそのころからだろう。
航続距離不足を解消する、2段構えの方策
もうひとつ、EVには「価格が高い」というほかにも「航続距離が足りない」という問題があったが、最近では「電池をたくさん積む」というシンプルな解決策がメジャーとなりつつある。テスラが「モデルS」で実践した方法で、ジャガーの「Iペース」もメルセデス・ベンツの「EQC」も、基本的にはそれに倣っている。
電池の価格を無視すればいい考えのように思えるが、実は落とし穴もある。それは大容量の電池は充電に時間がかかるという点だ。特に問題となるのは出先での急速充電で、対策としては急速充電器の出力を高くするしかない。そのため、テスラは120kW以上というハイパワーな充電設備「スーパーチャージャー」を用意した。この専用充電インフラと大容量電池のコンビで、長距離ドライブを実現しているのだ。世界的に普及している日本発の充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」の急速充電器は50kW程度なので、テスラのような大容量電池の搭載車だと充電が追いつかない。そこでテスラは、自前の充電設備を用意したというわけだ。
もちろん、チャデモも対策を怠っているわけではない。次世代の急速充電の規格は600kW以上のパワーを見据えたものになり、乗用車だけでなく、さらに大きな商業車などへの対応も考えているという。電池の大容量化に対するインフラ側の準備は着々と進んでいるのだ。
その次世代規格は、2020年に規格制定が予定されている「Chao Ji(チャオジー)」で、これは中国との共同開発となる。つまり、世界最大のEV市場の標準規格となるのだ。もしこの規格が実現すれば、中国を主戦場とするドイツブランドも、当然のように「Chao Ji」を採用することになる。もしかすると、かの国以外にも“最大市場”に合わせて急速充電の規格をそろえる市場が現れるかもしれない。中国との共同開発とはいえ、日本発の規格がどの程度世界に広がるのか。EV時代を見通す上では、次世代の充電規格の行方も要注目だ。
電池の価格が下がったときに本当の勝負が始まる
ちなみに、グローバル市場におけるチャデモを装備したEVの台数は、急速充電に対応するEV全体の4分の1弱を占め、そのシェアは世界最大である。充電施設についても、欧州ではチャデモと「コンボ2」の双方に対応する充電設備が一般的となっており、年々チャデモのステーション数は増加。昨年(2018年)には、欧州における充電器の数が“おひざ元”である日本を超えたという。
なんだかんだ言われながらも、日本発のチャデモという規格がこれほど普及したのは、やはり“先行していたこと”が大きな理由のはずだ。パワートレインの電動化やEVにいち早く取り組んできた日系ブランドも同様で、追いかける立場にある欧米勢との差は、決して小さくはないだろう。現在のEVは、本格的普及期に入る前の助走の段階であり、電池や充電インフラ、制御技術、コストといった課題にひとつずつ取り組み、それをクリアしている最中だ。遠まわりかもしれないが、今後もそうした問題にひとつひとつ対処していけば、そこで得られた知見が、後々アドバンテージになるのではないだろうか。
いずれにせよ、EVにおける本当の勝負は本格普及が始まってからだ。2025~2030年になって、エンジン車とEVの価格差がなくなったとき、それぞれのメーカーの底力が試されることになる。今はまだ、そこへ向けた準備の期間なのだ。
(文=鈴木ケンイチ/写真=鈴木ケンイチ、テスラジャパン、日産自動車、本田技研工業、三菱自動車、webCG/編集=堀田剛資)

鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。