希代の自動車デザイナー、イアン・カラムが引退
“現代ジャガー・デザインの父”の歩みをたどる
2019.07.08
デイリーコラム
30年来の夢をかなえ、ジャガーのデザイナーに
2019年6月上旬、世界の自動車デザイン界に衝撃的なニュースがもたらされた。1999年以来、英ジャガーのデザインチームを率いてきたイアン・カラム氏が、6月末をもって退任するとの発表がなされたのだ。
1954年、スコットランドに生まれたカラム氏は、1961年にデビューした「ジャガーEタイプ」に衝撃を受け、自動車デザインへの興味を抱いたとされる。そして初代「XJ」の登場により、彼のジャガーへの憧れは決定的なものになったという。当時14歳のカラム氏は、自身の描いたデザインスケッチをジャガーの伝説的エンジニア、ウィリアム・ヘインズに送ったのだが、なんとヘインズは少年の熱き思いを受け止めて「デザインだけではなく、エンジニアリングも学びなさい」と記した手紙を返送したという逸話も残っている。
カラム少年はヘインズの教えを守るかのように、ランチェスター科学技術大学(現在のコヴェントリー大学)に進む。さらにいくつかの学校で工業デザインを学んだのち、美術系大学院であるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)にて自動車デザインの修士号を修得。1979年から北米フォードに職を得ることになった。
その11年後、カラム氏は故トム・ウォーキンショーらとともに「TWRデザイン」を創立。ここでは、アストンマーティンの「DB7」や「プロジェクト・ヴァンテージ」(のちのV12ヴァンキッシュ)のデザインワークを担当することになる。
そして、アストンマーティンと同じく1989年からフォード傘下PAG部門に属していたジャガーにて、それまでデザイン・ディレクターを務めていた故ジェフ・ローソンが1999年に急逝したことに伴い、同年カラム氏は、ついにジャガーのデザイン・ディレクターに就任するのだ。
その後のカラム氏がジャガーで果たした活躍は、誰もが知るところであろう。2005年に発表された「XK」を皮切りに、「XF」や「XJ」「XE」などのサルーン、2座席スポーツカーの「Fタイプ」、そしてSUVの「Fペース」「Eペース」と、今日に至るジャガーの生産モデルはもちろん、PHEVスーパーカー「C-X75」などのコンセプトカーも、すべてカラム氏の監督のもとで開発された。そして、今世紀のジャガーのデザイン改革の旗手として“現代ジャガー・デザインの父”とまで呼ばれるに至ったのである。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
ジャガーは最先端であるべき、という哲学
筆者はこれまで一度だけ、しかも極めて短時間ながらカラム氏と会話を交わした経験がある。イタリア・コモ湖で開催された、2007年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステの会場でのことである。
この年のジャガーは、もちろんカラム氏の作品であるコンセプトカー、初代XFを示唆した「C-XF」を出品していたのだが、肝心のレビュー直前にエンジンに不調が発生。慌てた運転席のカラム氏は、偶然周囲に居たわれわれに押しがけの手伝いを依頼し、なんとか始動に成功するというハプニングがあった。
レビューが無事終了したのち、カラム氏はわざわざ筆者を探し出し、感謝の意をとても丁寧に伝えてくれた。そして、この年たまたま出品されていたジャガーの歴史的傑作、1937年型「SS100」を前に、彼のクラシックカーに対する優れた見識を伺うという、実に幸福な数分間を過ごしたのだ。
この時カラム氏は、クラシック・ジャガーへの深い愛情を示す一方で「ジャガーのデザインは、常に最先端でなければならない……」というニュアンスの言葉を語っていたのが、とても印象的であった。
守旧派のジャガー愛好家の間では、「1990年代にネオクラシック的デザインで成功していたジャガーのデザインをカラム氏が台無しにした」という見方があることも承知している。しかし、筆者はその意見に真っ向から反対したい。Eタイプにせよ初代XJにせよ、ジャガーの名作たちは、それぞれの時代におけるまさに最先端だった。その歴史を熟知していたからこそ、彼は新しいデザインランゲージをジャガーで体現したのであろう。
カラム氏のデザイン改革がなければ、現在のジャガーの隆盛は成し得なかったと見て間違いない。そして、彼が最後に手がけることになった集大成、ジャガー初のEV「Iペース」で世界を魅了した、素晴らしい新生ジャガー・デザインへとつながることになったのだ。
これからのイアン・カラム氏は、後任となるジュリアン・トムソン氏をバックアップするデザインコンサルタントとしてジャガーとの関係を維持する一方で、自ら小規模のデザインスタジオを立ち上げ、自由な立場でデザインの仕事を続けるといわれている。今後の活躍を、心から祈りたいところである。
(文=武田公実/写真=武田公実、アストンマーティン、ジャガー・ランドローバー/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

武田 公実
-
空冷の「スポーツスター」が復活!? ハーレーダビッドソンの定番商品はどんなバイクとなるのかNEW 2026.6.5 ハーレーダビッドソンが、一度は廃止した空冷の「スポーツスター」の復活を発表! 伝統の一台はなぜ絶版の憂き目にあい、そしてよみがえることとなったのか? ファンに愛される定番車種を刷新する難しさと、新型に課せられた使命、そして課題を考察した。
-
気づけばすでに4モデル スバルのBEV戦略と水平対向エンジンの未来を考える 2026.6.4 「ソルテラ」に続き、「トレイルシーカー」「アンチャーテッド」「ゲッタウェイ」と、いつの間にか4モデルが顔をそろえたスバルのBEV。伝統的な水平対向エンジンやシンメトリカルAWDはこの先どうなるのか? スバルの未来戦略を探る。
-
ミドシップ化で運動性能はどう変わる? 「GRヤリスMコンセプト」の現時点での完成度を体感 2026.6.3 「GRヤリス」をベースとしたミドシップ4WDとして市販化を目指す「GRヤリスMコンセプト」。現在もスーパー耐久に投入されるなどして鍛えられているが、その開発車両をドライブできた。普通のGRヤリスとの運動性能の違いや、新開発エンジンの印象などをリポートする。
-
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える 2026.6.1 具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。
-
つまずきを糧に成功をつかみ取れ! 新型「CX-5」に宿るマツダの変革と覚悟 2026.5.29 既存のマツダ車とは一線を画す乗り味で、メディアをおどろかせた新型「マツダCX-5」。マツダの最量販車種は、なぜ3代目で大転換を迫られたのか? 賛否両論を巻き起こした“あのクルマ”との関係は? 新しくなったCX-5に宿る、マツダの覚悟と変革に迫る。
-
NEW
ホンダ・インサイト(FWD)【試乗記】
2026.6.5試乗記「ホンダ・インサイト」が電気自動車(BEV)として復活! ……というよりは中国工場製BEVにその名が与えられて日本にやってきた。さまざまな事情により、国内で販売されるのはわずか3000台のみ。日本人は“限定”に弱いとされるが、果たしてこの場合はどうか。 -
NEW
KTM 990 RC R(6MT)
2026.6.5JAIA輸入二輪車試乗会2026今年も開催された「JAIA輸入二輪車試乗会」より、魅惑のバイクを一挙紹介! 先陣を切るのは、この4月に発売されたばかりの「KTM 990 RC R」だ。オーストリアの雄が放つ最新鋭のスーパースポーツは、意外や“速さ”以外にも見どころの多い一台だった。 -
NEW
空冷の「スポーツスター」が復活!? ハーレーダビッドソンの定番商品はどんなバイクとなるのか
2026.6.5デイリーコラムハーレーダビッドソンが、一度は廃止した空冷の「スポーツスター」の復活を発表! 伝統の一台はなぜ絶版の憂き目にあい、そしてよみがえることとなったのか? ファンに愛される定番車種を刷新する難しさと、新型に課せられた使命、そして課題を考察した。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か 『シラート』
2026.6.4読んでますカー、観てますカー失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(前編)
2026.6.4あの多田哲哉の自動車放談ひさびさに日本市場に戻ってきた、ホンダを代表するSUV「CR-V」。最新世代の仕上がりを、トヨタの車両開発者だった多田哲哉さんはどう評価する? まずは、ワインディングロードを走らせた第一印象から。 -
第964回:フィアットグッズのコレクターから学ぶ人生訓
2026.6.4マッキナ あらモーダ!イタリア在住の大矢アキオが、トリノで著名なフィアットグッズのコレクターを取材。若き日の苦労を経て大成した人物が語る、人生で大切なものとは? フィアットやイタリアの歴史を物語る、貴重なコレクションの数々とともに紹介する。







































