第54回:熱狂のSUPER GT
観客を魅了する“市販車”バトル
2019.07.25
自動車ヒストリー
日本で根強い人気を誇る“ハコ車レース”の最高峰SUPER GT。多彩なエントラントがグリッドを埋め、国内3大メーカーがしのぎを削るこのレースが盛り上がりを見せる理由とは? “日本グランプリ”の熱狂を今日に受け継ぐ、その歴史を振り返る。
3大メーカーがサーキットでしのぎを削る
トヨタ、日産、ホンダが激烈な戦いを繰り広げている。販売台数のことではない。日本の3大自動車メーカーは、サーキットでも激しい競争を展開しているのだ。日本で最も人気が高いとされるSUPER GTは、各メーカーがその存在をアピールするステージとなっている。
2019年は、GT500クラスにレクサスの「LC500」、日産の「GT-R」、ホンダの「NSX-GT」の3車種が参戦している。どれも市販されているクルマの名前だが、中身はまったくの別物だ。エンジンもシャシーも、レース専用のものが使われている。それでも、形を見れば街で見かけるクルマを思わせる。自分の愛車や、自分がひいきにしているメーカーのクルマがレースをしていれば、応援したくなるのも当然だろう。フォーミュラカーレースよりも感情移入がしやすいのだ。
日本で初めて行われた本格的な自動車レースは、1963年の第1回日本グランプリである。フェラーリ、ポルシェ、ロータスといったスポーツカーが、完成したばかりの鈴鹿サーキットを走った。そのスピードに観客は驚嘆する。低く構えた車両のフォルムも、これまでに見たことのないものだった。ヨーロッパの最新スポーツカーの走りを目の当たりにし、日本人はモータースポーツの魅力に目覚めたのである。
同時に行われたツーリングカーレースも鮮烈な印象を残した。国産乗用車がクラス分けされ、「トヨペット・クラウン」「日産セドリック」「スバル360」といったモデルがサーキットを走った。市販車そのままで参戦するマシンが多く、初めてレースをするアマチュアドライバーがほとんどである。運営側も経験がなく現場は混乱したが、レースそのものは大いに盛り上がった。
サーキットを走っていたのは、もしかしたら自分が購入して乗ることになるクルマかもしれない。ヨーロッパのスポーツカーとは違い、手の届くところにあるということが人々を熱狂させた。レースが絶大な広告効果を持つことに気づいた自動車メーカーは、モータースポーツに取り組む体制を整えていった。
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性能差のあるマシンが混走
今日、SUPER GTに出走しているマシンは、GT500とGT300の2クラスに分けられている。このうち、トップカテゴリーのGT500の車両は完全にレース専用車と言っていい。大幅な改造が認められていて、各メーカーがモンスターマシンを仕立てている。
GT300はGT500に比べると出力が抑えられており、改造範囲の狭いFIA-GT3の車両や、GT500と同じく大幅な改造が可能なJAF-GT規定の車両、そしてレースの運営組織が販売するマザーシャシーをベースとした競技車両で競われる。3大メーカーが激突するGT500とは違って車両価格が低く、比較的参加しやすいカテゴリーだ。GT-RやNSXが人気車種で、ほかにも「トヨタ・プリウス」から「マクラーレン720S」まで、バラエティーに富んだマシンが並ぶ。
SUPER GTがスタートしたのは2005年。歴史をたどると、前身の全日本GT選手権(JGTC)は1993年に始まっている。前年に終了した全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)や、同年をもって終了するグループA規定での全日本ツーリングカー選手権に代わるイベントとして期待が寄せられていた。ただ、スタートが順調だったとは言いがたい。1993年シーズンは参加車両が集まらず、わずか3戦しかレースが成立しなかった。JGTCのために開発されたマシンは2台のみで、他のクラスの車両と混走することでようやくレースの体を保っていた。公式には、JGTCの開始は翌年の1994年とされている。
多くの車両の参加を促すべく、規定の見直しが行われた。ヨーロッパのGTレースにならい、GT1、GT2という2つのクラスが設定される。1996年からはGT500とGT300に名称が変更され、今に至っている。この数字は、約500psと約300psという最高出力が想定されていることを意味するものだ。
決勝レースは2クラス同時に行われる。性能差は明らかで、GT500のマシンは圧倒的なスピードでGT300のマシンを追い抜いていく。GT500のドライバーには、遅いクルマを利用してバトルを有利に展開するテクニックも求められる。抜かれる側も細心の注意が必要だ。結果として、サーキットのいたるところでエキサイティングなシーンが見られるようになった。
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ウェイトハンディキャップで白熱したレースを演出
ウェイトハンディキャップ制もこのレースを特徴づける規定である。上位入賞車は次のレースで一定の重量のウェイトを載せることが義務づけられる。速いマシンほどハンディが増す仕組みで、戦力を平準化して白熱したレースを演出することが目的だ。
開催当初はマシンの製作が間に合わず、GT1ではグループA仕様のGT-Rを改造したマシンが主役となった。ほかにも、N3やN1耐久など、さまざまなカテゴリーからの転用マシンが参戦している。「ランボルギーニ・カウンタック」や「フェラーリF40」なども走り、スーパーカーファンを喜ばせた。
観客が驚いたのは、「ポルシェ962C」の登場である。プロトタイプレーシングカーではあるが、ヨーロッパではロードゴーイングカーとして登録されているという理由で参加が認められた。規定に合わせるために350kgものウェイトを載せたが、それでもポールポジションを獲得している。
1995年からはR33のGT-Rが加わり、「トヨタ・スープラ」も本格的に参戦する。参加台数は大幅に増え、レースによっては30台以上がエントリーした。1996年になるとホンダNSXもデビュー。これでGT500クラスにおけるトヨタ、日産、ホンダのワークス対決の構図が定まった。
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レギュレーションによる調整で戦力の均衡を保つ
エンジンには、リストリクターと呼ばれるパーツを装着することが義務づけられた。吸気量や燃料流量を制限することによって、出力の上限を定めるのだ。排気量や車両重量などにより、リストリクターには異なるサイズが設定される。性能が低いと判断されたマシンには、1ランク上のリストリクターが許容される規定もあった。戦力の均衡を保つために、毎年レギュレーションの見直しが行われている。
イコールコンディションを追求する努力の結果、JGTCでは常に複数の車種が競い合う状況が生み出された。特定のモデルだけが勝利を独占することはなく、シーズン終盤まで観客の興味は薄れない。勝利の可能性は平等に与えられるので、GT500クラスでは3大メーカーのいずれも欠けることなく、激しい競争が続けられてきた。
エンジン出力では勝負が決まらないわけで、勝つためにはマシンの総合的なポテンシャルを上げる必要がある。外観にベース車の特徴を残すという条件をクリアしながら、レースに最適な条件を満たしたマシンを作り上げていく。サスペンション形式やエンジン搭載位置もベース車が基準になるが、次第に規制が緩められてレースに特化したパーツを使用することができるようになっていった。
ボディーには大きな空力パーツが取り付けられ、フェンダーは太いタイヤを収められる形状になった。重量物の搭載位置を見直し、低重心化とマスの集中化が図られる。ボディー下面の空気の流れをコントロールし、ダウンフォースを得る研究も進んだ。技術の進化でスピードが上がりすぎると、危険を回避するためにレギュレーションが変えられる。それに対応して各チームはまた別な手法を開発し、競い合いながらマシンが熟成されていく。
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海外レース開催で国際化を模索
レースは鈴鹿サーキットや富士スピードウェイなど全国のコースで行われ、順位によって得られたポイントの合計で年間チャンピオンが決定する。2000年にはマレーシアのセパンサーキットでノンタイトルのスペシャルラウンドが行われ、2002年からは正式にシリーズに組み込まれた。モータースポーツへの関心が高まるアジアに目を向け、国内レースの枠から一歩を踏み出したのだ。セパンでの開催は2013年をもって終了したものの、2014年からはタイ・ブリーラムのチャーン・インターナショナル・サーキットが新たな開催地となった。
中国や韓国でもレースを行うことが検討されたことがあり、3カ国以上で開催されると国内選手権とみなされないというFIAの規定に触れる可能性が高まった。2005年からはJAFの管轄を離れてレース名も改められ、今日に続くSUPER GTが誕生する。今のところ2カ国での開催にとどまっているが、現在もSUPER GTはFIA公認の国際シリーズである。
2014年にはドイツツーリングカー選手権(DTM)と車両規則が統一され、レギュレーションが大幅に改定された。GT500クラスのマシンに搭載されるエンジンは、2リッター直4直噴ターボのNRE(Nippon Race Engine)である。トヨタ、日産、ホンダが共同で開発したもので、以前のエアリストリクターに代わって燃料リストリクターが装着される。モノコックやプロペラシャフトなども共通部品化されている。
イコールコンディションによって激しいバトルが約束され、ファンは自分の乗るクルマと同じ形のマシンを応援する。あたかも自分がレースを戦っているような気持ちになれるのだ。1963年に行われた日本グランプリの熱狂は、形を変えて今も続いている。
(文=webCG/イラスト=日野浦剛)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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