第103回:アメリカ車の黄金期
繁栄が増進させた大衆の欲望
2021.06.23
自動車ヒストリー
巨大なボディーにきらびやかなメッキパーツ、そそり立つテールフィンが見るものの心を奪った1950年代のアメリカ車。デトロイトの黄金期はいかにして訪れ、そして去っていったのか。自動車が、大国アメリカの豊かさを象徴した時代を振り返る。
「T型フォード」がもたらしたデトロイトの発展
2013年7月18日、アメリカのミシガン州デトロイト市が財政破綻し、破産法適用を申請した。以前から財政危機がささやかれていたとはいえ、衝撃的なニュースだったのは確かである。かつてアメリカの、いや世界の自動車産業の中心として栄華を誇った都市の没落は、驚嘆と悲哀の念をもって受け止められた。2009年に破綻したゼネラルモーターズ(GM)とクライスラーがようやく復活し、一筋の光が見え始めていた時だっただけに失望感は大きかった。
デトロイトは、間違いなく自動車の聖地だった。ガソリン自動車を誕生させたのはヨーロッパだったが、20世紀に入って自動車産業の中心地はアメリカに移る。上流階級の遊びという意味合いが大きかったヨーロッパとは違い、国土が広く実用的な移動の手段としての側面が強く求められたアメリカでは、当初から自動車の大衆化が進む条件がそろっていた。工業化が進んでいたことで中間層が増加しており、自動車を購入する財力を持った人々によるマーケットが存在したのだ。
自動車大衆化の先兵となったのが、「T型フォード」である。フォードはデトロイトに大規模な工場を建設してT型を量産し、湖にほど近い工業都市は自動車産業の隆盛とともに発展していく。それを追って多くの自動車メーカーが誕生したが、スケールを拡大できなかった企業は、不況の波の中で脱落していった。
1929年の大恐慌を乗り切ったのは、フォードに加えてGMとクライスラーの3社、いわゆるビッグスリーである。ナッシュやハドソンといった中堅以下のメーカーも存在したが、この後は、ビッグスリーを核とした自動車産業がアメリカの経済を先導していくことになるのだ。
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大衆が求めた大型化とハイパワー化
ビッグスリーのなかでも、フォードの存在感は別格だった。1908年に発売したT型が大ヒットしたのである。1車種に絞った戦略が奏功し、業界標準のポジションを獲得して、自動車という製品の価格決定力をも手に入れた。コンベヤーラインによる生産性の向上もあり、一時は地球上のクルマの3分の1がT型になるほどだったという。
しかし、T型にこだわりすぎたことがアダとなった。フォードは次第に時代に取り残されていき、大衆車の市場はGMのシボレー、クライスラーのプリムスと分け合うことになる。1920年代の半ばになると、フォードの独占状態は終わりを迎えた。
第2次世界大戦中は自動車の生産は軍事車両が優先され、乗用車の開発はストップする。世界のどの国でも事情は同じだったが、戦後いち早く民生用の自動車開発が進んだのはアメリカだった。戦場となったヨーロッパでは、生産設備の損傷がひどく、復興に時間を要したのだ。
国土が無傷だったアメリカは、軍需に向けられていた工場を民生用に転換すればいい。3年もの間新車が発表されず、人々の間にも戦後の新しいモデルを待ち望む声があふれていた。
繁栄に浮かれるなか、大衆は大きくてパワフルなクルマを求めていた。フルサイズのボディーに大排気量のV8エンジンを搭載したモデルが、広く大衆の支持を集めたのである。オートマチックトランスミッション、パワーステアリングなどの先進装備も急速に普及し、イージードライブが当たり前になっていく。クルマの大型化とハイパワー化は燃料消費の増大を招いたが、ガソリンの安いアメリカでは大きな障害にはならなかった。
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GMがトレンドセッターに
毎年モデルチェンジを行って装備はどんどん豪華になり、1年前のモデルは古めかしく見えるような印象がもたらされた。ビッグスリーは最新のモデルに対する欲望を喚起することで、さらに需要を拡大していったのである。
この新時代にトレンドセッターとなったのが、戦前にフォードを抜いてナンバーワンとなっていたGMである。アメリカ車にそれまでほとんど存在しなかったスポーツカーを生み出したのもGMだ。1953年、GMが開催していたモーターショー「モトラマ」に展示されたのが、「シボレー・コルベット」のプロトタイプ。白いFRPボディーをまとった軽量なオープン2シーターは熱狂的に歓迎され、急いで生産化が進められた。1954年にはフォードが対抗馬の「サンダーバード」を発表。コルベットにも大排気量のV8エンジンが搭載され、ハイパワー競争が繰り広げられることになる。
コルベットのコンセプトを提案したのは、GMのデザイン部門を仕切っていたハーリー・アールだった。高級車のカスタムボディーを製造していた彼は、GMに入社してデザインを担当するようになる。彼は1927年に発表した「ラサール」の成功により、製品のスタイリングにおける発言権を増していった。その頃から、デザインが自動車の販売に占める役割は重要な要素となっていたのだ。
テールフィンとともに去った熱狂
アールが自動車のデザインにもたらした大きな要素が、テールフィンだった。GM初の戦後型となる「キャデラック」の1948年モデルには、控えめながらリアフェンダー後端に突起状の装飾が施されていた。アールはロッキードの戦闘機「P-38ライトニング」にインスピレーションを受け、垂直尾翼の形状をキャデラックのデザインに取り入れたといわれる。最初は小さな出っ張りにすぎなかったが、年を追うごとにフィンは巨大化していった。他社もこぞってフィンを目立たせるデザインを採用し、影響はヨーロッパ車にまで及んだ。
1959年のキャデラックで、テールフィンは頂点を極める。クロームで飾られて輝く鋭角的な形状は、ジェット戦闘機以上の攻撃性を感じさせた。身長が2m近い巨漢だったアールにとっても、これ以上の巨大化は無理だったかもしれない。1960年代に入ると、熱が引いたようにテールフィンは縮小し、やがて消えていった。尾翼を模したものといっても、もともと空力的な貢献は皆無だった。戦勝の余韻と大量消費の賛美が一段落すると、過剰なゴージャスさは必要とされなくなったのだ。
アメリカ車が巨大化すると、ヨーロッパからその隙間を埋めるようにコンパクトカーが進出してきた。戦後、この市場に先鞭をつけたのが「フォルクスワーゲン・タイプI(ビートル)」で、アメリカでも人気を博していた。1958年には、画期的なFF車の「Mini」が登場する。ビッグスリーもコンパクトカーの開発に手をつけるが、はかばかしい成果は得られなかった。その後、驚異的な成長を遂げた日本から、丈夫で壊れにくいクルマが来襲する。テールフィンの輝きは、デトロイトに訪れたつかの間の繁栄だった。
(文=webCG/イラスト=日野浦剛)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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