ACCは付いているのが当たり前?
加速する軽自動車の進化と技術競争の激化
2019.07.31
デイリーコラム
圧倒的な強さの「ホンダN-BOX」
元号が令和に変わっても日々のニュースに事欠かない自動車業界。特に本年度は10月に消費税が増税される見込みで、それが販売に影響を及ぼすことが容易に想像できる。
そうした波乱の兆候が消費者心理に働いているわけではないのだろうが、依然として販売好調なのが軽自動車というカテゴリーだ。全国軽自動車協会連合会のデータによれば、2018年の軽乗用車(ボンネットバン含む)の販売台数は152万9613台と、対前年比4.8%の伸び。軽自動車が最も売れた2014年の186万2048台には及ばないが、2016年に大きく台数を落としたことから見れば、回復していると言っていいだろう。2019年に入ってからも1~6月の軽乗用車の販売台数はほぼ横ばいといった感じで推移している。
そんな現在の軽自動車、いや登録車も含めた国内市場をけん引しているのが、「ホンダN-BOX」なのは周知の通り。現在のN-BOXは2代目になるが、登録車も含め、2年連続で新車販売台数1位というから正直驚くしかない。これについては「登録車をつくっているメーカーは奮起せよ!」とも言いたいところで、ホンダ自体もN-BOXが上半期における国内販売の約33%を一車種でまかなうという、数多くの登録車を扱うフルラインナップメーカーとしては、いささかゆがんだ構造になっているのだ。
2019年は軽自動車の当たり年
このように2019年に入ってもN-BOXの強さは変わらないのだが、そこに食い込んできそうなのが、ここ数カ月で投入された各社のニューモデルだ。具体的には、3月に発表された新型「日産デイズ」「三菱eK」、7月に発表された新型「ダイハツ・タント」と新型「ホンダN-WGN」(発売は8月9日)である。どのモデルも販売の中核を担うハイト系/スーパーハイト系であり、N-BOXの独壇場にストップをかけるべく、商品力がより強化されている。
特に各社が力を入れており、昨今の軽自動車の好調を支える要因ともなっているのが、予防安全装備をはじめとした先進運転支援システム(ADAS)の充実である。もっとも「軽自動車だから登録車より劣っていた」という昔の姿こそナンセンスであって、同じクルマである以上、特に安全装備を手抜きしてきたことについては、厳しい言い方だが“怠慢”であったと感じている。
予防安全装備についても、導入当初の軽自動車のそれは、センサーに赤外線を使ったシンプルなものが多く、衝突被害軽減ブレーキ(自動ブレーキという言い方は個人的には誤解を招きかねるので使わないようにしている)であれば、低い速度域でしか作動しない、歩行者などは認識できない、といったものがほとんどだった。そうしたシステムは今でも一部の車種に使われていたりするのだが、昨今ではセンサーも単眼カメラとレーダーとのフュージョン、あるいはステレオカメラなど、より高度なものが主となった。前述した弱点はだいぶ改善され、安全性も向上してきている。
ACCの搭載が軽自動車の価値を高める
進化を続ける軽自動車のADASの中でも、現在注目を集めているのが「ACC(アダプティブクルーズコントロール)」である。細かい説明はいまさら不要かもしれないが、アクセルから足を離しても一定車速で走行できるのがクルーズコントロール。ACCは前方を走行する車両との距離や相対速度をセンサーで検知し、自動で“加減速”を行う、クルーズコントロールの高機能版である。
現行のN-BOXには、このACCを含めたADAS「ホンダセンシング」が、軽自動車として初めて採用された。昨今の安全に対する意識の啓発もあり、これがN-BOXの販売を後押ししたことは言うまでもない。
余談だが、軽自動車初のACC(当時はレーダークルーズコントロールなどの名称)の採用は、ホンダN-BOXではない。実は「ダイハツ・ムーヴ」の3代目(2002年10月発売)に、メーカーオプションとして設定されたのが最初なのだ。しかし、当時はまだ価格が高かったことから装着率は低かった。その後「ソニカ」(絶版)にも設定されたが広がりを見せることはなく、ムーヴにおいても5代目のマイナーチェンジ時に廃止されてしまった。
そのACCだが、使用前提が「自動車専用道」なので、「高速道路などはほとんど走らない」という人にとってはややオーバースペックな装備に感じられるかもしれない。しかし、昨今の軽自動車は操安性や静粛性の向上により、セカンドカーではなくファーストカーとしてのニーズが増えてきている。品質の向上によって車両価格は上昇傾向にあるが、「これ1台で済む」点や、軽自動車ならではの維持費の安さを考えれば、ADASが充実した軽自動車がやはり「賢いお買い物」であることは間違いない。小型の登録車と比べて見劣りする点は、強いて言えば乗車定員が4名という制限があるくらいだろう。
メーカーや車種によって異なるACCの機能
さて、2019年に発売された軽自動車の特徴を見ると、前述したACCのさらなる進化、すなわち「全車速追従機能」の追加が挙げられる。
ACCの中には、車速が一定速度以下になるとシステムが解除されるものが少なくない。N-BOXのシステムもそれに該当しており、つまり渋滞の最後尾となった際には、最後は自分でフットブレーキを踏んで完全停止しなければならないわけだ。
しかし、日産デイズや三菱eKに関しては、日産が登録車である「リーフ」や「セレナ」に採用した操舵支援機能付き・全車速追従機能付きACCの「プロパイロット」(三菱では「マイパイロット」)を投入。完全停車までアシストを継続することで、渋滞時におけるドライバーの肉体的、精神的負担の軽減に寄与するものとした。ホンダの新型N-WGNも同様のシステムを搭載しており、いずれはN-BOXも、マイナーチェンジのタイミングでACCが全車速対応になると思われる。
一方、軽自動車用ACCの“開祖”であるダイハツも、新型タントに「スマートアシストプラス」として全車速追従機能付きACCを設定しているが、こちらは完全停止後2秒でシステムがキャンセルされてしまう。理由は簡単で、デイズ/eK、N-WGNにはEPB(電動パーキングブレーキ)が装備されており、オートブレーキホールド機構によって停止状態を保持できるが、タントのパーキングブレーキはシンプルな機械式(足踏み式)のため、それができないのだ。もちろん限られたコストや開発の考え方もあるとは思うが、せっかくのフルモデルチェンジ、しかも走りについては大きくレベルが上がっているだけに、「モッタイナイ」と感じたのは筆者だけではないはずだ。
あのメーカーはどうなっているの?
さて、ここまで書いてきて、何か忘れている存在はあるまいか。そう、スズキである。同社のADASは「スズキセーフティサポート」という総称のもと、それぞれの車種に設定されている。
しかしクルーズコントロールに関しては、「スペーシア カスタム」や「ワゴンRスティングレー」などのターボ車、および爆発的に売れている新型「ジムニー」の最上位グレードには設定されているが、残念ながら、今はやりのACCの設定はない。これを踏まえ、今回スズキにADASについての考え方をあらためて聞いてみた。
当然のことながら、市場からのACCの要望は高いとのことだ。ただ、現在のスズキはモデルサイクルから考えると運が悪いというか、タイミングに恵まれなかった。主要な現行モデルのデビュー時期をおさらいすると、主力のワゴンRは2017年2月、アルトは2014年12月、いまだに高い人気を誇り、軽クロスオーバーモデルの先駆けともなった「ハスラー」に至っては2013年12月と時間がたっている。要するに、いずれも今日の“ACCブーム”より前にデビュー/モデルチェンジしているのだ。
もちろん、スズキもこの間に技術を磨いており、一例だがハスラーの衝突被害軽減ブレーキをステレオカメラによる「デュアルカメラブレーキサポート」に変更するなど、改善を続けている。また比較的新しいモデルであり、現在における稼ぎ頭のひとつ(2019年1~6月の販売台数ではN-BOXに続き第2位)である現行「スペーシア」に関しても、11もの先進安全装備を設定している。
とはいえ、現行スペーシアのデビューは2017年12月。3カ月違いとはいえ、ACCを搭載した現行「N-BOX」の“後”である。そこで執拗(?)に「なぜACCを当時設定しなかったのか?」とたずねたところ、「当時としてはACCよりも利用頻度における安全性を重視して、後退時ブレーキサポートを軽自動車初として全グレードに標準装備することを優先した」とのことだった。
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より幅広い顧客に販売する難しさ
軽自動車に限らず、自動車の開発に使えるリソース(資産)は限られている。それをどの領域に振り分けるかは経営判断になるわけだが、スズキとしては当時「これがベスト」という判断だったのだろう。
またスズキは(ダイハツもだが)、国内の四輪事業においては軽自動車をその核にしている。ゆえに他社に比べ、80万~190万円台と価格レンジも広く、より幅広い顧客に軽自動車を販売していかなければならない。筆者の経験談だが、かつて、今では当たり前となったABSがまだオプションだった時代、顧客の「車両価格が上がるならばいらない」というリアルな声を取材現場で聞いたことがある。ここまでくるとユーザー側の意識の問題ではあるが、そういう顧客がいるのも現実なのだ。
ヨイショするつもりはないが、スズキは1980年に軽自動車初の4輪ABSを「セルボモード」に設定した実績がある。また近年では(安全装備の話ではないが)軽量・高剛性な次世代プラットフォームへの移行も他社に先んじていた。「やればできる!」とはいささか失礼な評価だが、次世代型の各モデルには期待してもいいだろう。
(文=高山正寛/写真=スズキ、ダイハツ工業、日産自動車、三菱自動車/編集=堀田剛資)
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高山 正寛
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