光があればまた影もある……
バブル期に生まれたビミョーなクルマたち
2019.08.21
デイリーコラム
日本車が世界で認められた黄金期
「1989年は日本車のヴィンテージイヤー」というフレーズがある。それから30年となる今年は、とりわけ目にする機会が多い。「日産スカイラインGT-R」「ユーノス・ロードスター」「トヨタ・セルシオ」という、世界を驚かせた3台の傑出したモデルの出現を称賛する表現であることはよく知られている。日本車が数の上で世界一になったのはもっと前のことだ。1980年に自動車生産台数でナンバーワンになっている。
それでもわれこそはイチバンと胸を張れなかったのは、独自の技術やデザインで世界をリードしているとは言い難かったからだろう。1980年に日本カー・オブ・ザ・イヤーに輝いたのは、「マツダ・ファミリア」だった。よくできたコンパクトなハッチバック車で若者から絶大な支持を得たが、1974年に発売された「フォルクスワーゲン・ゴルフ」から多くを学んでいたことは否定できない。
1981年には“トールボーイ”の「ホンダ・シティ」がヒット。1982年は“元祖デートカー”「ホンダ・プレリュード」と“元祖ミニバン”の「日産プレーリー」。1987年は“元祖パイクカー”「日産Be-1」。そして1988年には“ハイソカーの頂点”と言われた「日産セドリックシーマ/グロリアシーマ」がデビューする。振り返ると面白いラインナップではあるが、日本の中でこそ価値を持つモデルばかりだ。
やはり、1989年は特別な年だったのである。この年にはほかにも多くのモデルが登場している。3台の陰に隠れた形だが、「スバル・レガシィ」も1989年デビューだ。ほかに日産の「インフィニティQ45」と「180SX」とホンダの「アスコット」「アコードインスパイア/ビガー」、さらに「いすゞ・ミュー」もあるが、後に続かなかったのでヴィンテージという言葉の対象からは外れる。
絶頂期を迎えたバブル経済
1989年は、世界史的には天安門事件とベルリンの壁崩壊の年として記憶されている。日本ローカルでは、平成が始まりバブルが絶頂期を迎えた年ということになるだろう。令和と違い昭和天皇の崩御による改元だったので手放しの祝賀ムードではなかったが、世間には浮かれた気分があった。年末の大納会で日経平均株価が3万8915円をつけたのを最後に日本経済は長期停滞を余儀なくされるが、誰もそのことに気づいていなかった。
<日本はさらに金持ちになるだろう。世界中の土地や権益を買いあさり、札びらで相手の頰をたたくようなしかたで世界各地に事実上の「植民地」を手に入れるだろう。宗主国アメリカには欲しがるだけの「小遣い」を渡してうるさい口出しを封じ、そうすることで「国家主権を金で買い戻す」という世界史上どんな国も果たし得なかった偉業を成し遂げるだろう>
これは『街場の平成論』の中で内田 樹が1989年当時考えていた未来予想を記したものである。内田ほどの知性でも、これほど誤った判断をしていたのだ。あるニューアカデミズムの論客から、フランスの知識人に「日本は資本主義を利用してポストモダン社会を実現する最初の国になるだろう」と言われた、と聞いたことがある。自動車業界が楽観的な考えを持っていたとしても、責めることはできない。
マツダの多チャンネル化と大盤振る舞い
とにかくイケイケの時代だった。僕自身もちょっとした恩恵にあずかっている。マツダが主催した「編集部対抗ユーノス・ロードスターレース」に参加したのだ。自動車誌と一般誌の2部門に分かれており、当時女性誌編集部にいた僕は一般誌で参加。ほかのメンバーもほとんどがレース初体験だったので、B級ライセンスを取得することから始めた。
寺田陽次郎や片山右京からレッスンを受けるというぜいたくなプログラムで、費用はすべてマツダ持ち。下手くそ集団だからむちゃな運転をしてクラッシュするケースも続出したが、マツダの担当者は「ちょっとぐらいぶつけても大丈夫ですよ」と言って平然としていた。信じられない太っ腹である。
マツダからはこの年「ユーノス300」が発売されている。「マツダ・ペルソナ」の姉妹車で、ディーラー網多チャンネル化に対応して場当たり的に企画されたモデルだ。案の定まったく売れずに1992年に退場。拡大路線は大失敗に終わって会社存続が危ぶまれる危機に追い込まれたのだから、マツダはどうかしていた。素人レースに大盤振る舞いしている場合ではなかったのだ。
この年の東京モーターショーには、派手なコンセプトモデルが並んだ。トヨタは4.5リッターV8エンジンを搭載した「4500GT」を出展。これは販売されることはなかったが、「ホンダNSX」と「ユーノス・コスモ」は1990年に、「スバル・アルシオーネSVX」は1991年に市販化されている。バブルが崩壊したことに気づいていないので、自動車メーカーはまだまだ強気だった。
トヨタもまたバブルに踊った
1992年になると、雰囲気が変わってくる。トヨタの「カローラセレス/スプリンターマリノ」、日産の「レパードJ.フェリー」が不発に終わったのだ。シャレたスタイリッシュなクルマを出せば売れるという状況ではなくなっていた。バブル期に開発されたクルマが、景気後退が明らかになった時代にそぐわなくなったのは当然である。
1993年になると、“元祖軽ハイトワゴン”の「スズキ・ワゴンR」が、翌1994年には“クリエイティブムーバー第1弾”の「ホンダ・オデッセイ」が登場する。いずれも実用性に優れており、人気車種となった。世界に覇を唱えるのではなく、国内の需要に誠実に向き合う姿勢が求められるようになったのだ。
大事なモデルを紹介するのを忘れていた。1990年デビューの「トヨタ・セラ」である。1987年の東京モーターショーに「AXV・II」というコンセプトカーとして出展されていたモデルの市販化なので、バリバリのバブル期企画モデルということになる。「スターレット」をベースにバタフライドアを備えたグラスキャノピーのクーペに仕立てるなんて企画が、よく審査を通ったものだ。トヨタですらも、バブルの気分からは逃れられなかったのである。
実をいうと、最近までセラを所有していた。ドアの開き方が変わっているだけで運転感覚に特筆すべきところはなかったが、コンパクトなサイズとシンプルなデザインは気に入っていた。ヴィンテージイヤーには1年遅れてしまったモデルではあるが、乗っているだけであの頃の気分に浸ることができた。日本車はその後も品質を高めて世界に確固たる地位を築いているが、誰もが浮かれていたあの時代も悪くはなかったような気がしている。
(文=鈴木真人/写真=トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車、マツダ、スバル、スズキ/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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