第198回:愛せよ! プジョー205 初めての「ライオン」と熱き本国ファン
2011.06.17 マッキナ あらモーダ!第198回:愛せよ! プジョー205 初めての「ライオン」と熱き本国ファン
さりげなく、しなやか
今日かなり挑戦的なデザインを連発するプジョーだが、ボクのまぶたに残るプジョーといえば、もっと素朴なムードが漂っていた頃のモデル「205」(1983-1999年)である。
205との出会いの日は、今でも鮮明に覚えている。1980年代半ば、ボクが大学生だったときだ。ある日、キャンパスの駐車場に白い205がたたずんでいた。日頃から構内で教授や学生のクルマをまめにチェックしていたボクだが、205を見たのは初めてだった。
しばらく眺めていると、なんと同じ学科の先輩がやってきて、ドアを開けようとするではないか。彼女は日頃「シトロエンBX」に乗っていた。買い替えたのか? と思って聞けば、「BXを車検に出している間の代車」だと教えてくれた。頼んで乗せてもらうことができ、シートに座った途端、驚いた。低く抑えられたウィンドウラインの恩恵だろう、外観から想像できないくらい室内は開放感に満ちていた。シート生地は一見なんということもないファブリックだったが、肌触りがなんとも心地よかった。
走り出してまたびっくり。彼女が日頃乗っているBXのハイドロニューマチックとは別の意味で、その乗り心地はしなやかだった。東京郊外の荒れたアスファルト上のドライブを、涼しい顔をしてこなしていった。
ちなみに翌日、親のお下がりだった自分の「アウディ80」で同じ道を走ると、まるでトラックのように感じた。ついでにいうと、ウインカーレバーをステアリングコラム側に押して鳴らすホーンの音色もかわいかった。
そう、それまでフランス車といえばアバンギャルドを突っ走るシトロエンにしか目がいかなかったボクが、さりげなくしなやかな“ライオン”に目覚めたのは、205のおかげだったといってよい。
これが「205」愛好会だ
プジョーの資料によれば、205は約16年間で、527万8050台が製造された。いちばん多かったのは5ドアの約259万台で、次が3ドアの約224万台だ。以下商用車仕様、カブリオレ、フルゴネット型と続く。
その205も生産完了から12年。本国フランスでも、ボクが住むイタリアでも、路上であまり見かけなくなってきた。背景には、両国で進められてきた低公害車への買い替え奨励金政策がある。さらにイタリアの場合、古いディーゼル車の廃止は、自動車税の増額という手段を用いて進められたので、コンパクトなディーゼル車の先駆けであった205はさらに引退を促されたのだろう。
そうした中、205愛好者たちのクラブが存在することを知った。その名を「ル・クラブ205」という。現在の会員数は約130名。年間4〜5回のミーティングを開催しているという。昨今のヤングタイマーブームに同調した、ゆるい会かと思いきや、彼らの志はもっと高かった。
「ル・クラブ205」は、205の誕生20周年であった2003年、戦後プジョーにおける傑作として名高い「404」愛好会の一部有志によって設立されたものという。現在、「FFVE(フランス古典車協会)」にもきちんと加盟している。それに伴い、チューニングをはじめとするあらゆる改造車の参加は認めていない。至ってまじめな会なのである。
会ったメンバーは、いずれも1960年代から70年代初頭生まれだった。ボクとほぼ同世代だ。会員たちは、「205は青春そのもの」と定義する。205でアマチュアラリーに参戦経験のあるメンバーもいて、彼は「ぶっ壊しちゃったこともあったよ」と言いながら、頭をかいた。また、ノーマル仕様、ラリー仕様、カブリオレと、205ばかり3台を所有するつわものもいた。
やがて話がのってきたついでに「こんなものも、やってます」と彼らが見せてくれたのは、会員向けに製作した「205GTI 1.6」のシフトノブのレプリカだった。パーツのリプロダクションといえば、「シトロエン2CV」や「シトロエン・メアリ」が有名で、もはやビジネスと化している。だが、「ル・クラブ205」のそれは小規模だけに、より情熱を感じる。
2008年にはプジョーの故郷ソショーに集結し、205の誕生25周年を祝ったという。ちょっと前に横丁でよく見かけたコンパクトカーで、これだけ楽しめてしまう。クルマは値段やグレードではないことがわかる。そして何より、ボクの好きだったプジョー205が、クルマ趣味新時代の一旗手を務めていることを知り、とてもうれしく感じたのだった。
ボクの青春?
おしまいに、冒頭のボクの205体験の続きを記そう。
そうこうして先輩と大学の近所を走っているうち、どこかに行ってみようということになった。あまり遠くでも悪いし、と考えたボクがとっさに思いついたのは、旧通産省・村山試験場の跡地だった。自動車雑誌『CAR GRAPHIC』創刊号で「メルセデス・ベンツ300SL」をテストしたという場所を、壊される前にいちど見ておきたかったのだ。
「お前は小林彰太郎(カーグラフィック初代編集長)か!」と、突っ込みを入れられるかと思ったが、幸い先輩も同意してくれた。
そして実際に試験場跡地の横に205を止め、草むらに隠れたテストコースを金網越しから見ることに成功した。しかし今になってみれば、205のウインドスクリーンに映る五日市街道の並木を南仏プロヴァンスのそれに見たてて、麗しき先輩をもう少し粋なところにいざなう考えになぜ及ばなかったのかと、後悔することしきりである。
かくも自動車雑誌は、青春を不健全にする。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=Akio Lorenzo OYA、Automobiles Peugeot)
![]() |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道 2025.8.21 イタリア在住の大矢アキオが、シエナのワイナリーで元気に働く初代「フィアット・パンダ4×4」を発見。シンプルな構造とメンテナンスのしやすさから、今もかくしゃくと動き続けるその姿に、“自動車のあるべき姿”を思った。
-
第923回:エルコレ・スパーダ逝去 伝説のデザイナーの足跡を回顧する 2025.8.14 ザガートやI.DE.Aなどを渡り歩き、あまたの名車を輩出したデザイナーのエルコレ・スパーダ氏が逝去した。氏の作品を振り返るとともに、天才がセンスのおもむくままに筆を走らせられ、イタリアの量産車デザインが最後の輝きを放っていた時代に思いをはせた。
-
第922回:増殖したブランド・消えたブランド 2025年「太陽の道」の風景 2025.8.7 勢いの衰えぬ“パンディーナ”に、頭打ちの電気自動車。鮮明となりつつある、中国勢の勝ち組と負け組……。イタリア在住の大矢アキオが、アウトストラーダを往来するクルマを観察。そこから見えてきた、かの地の自動車事情をリポートする。
-
第921回:パワーユニット変更に翻弄されたクルマたち ――新型「フィアット500ハイブリッド」登場を機に 2025.7.31 電気自動車にエンジンを搭載!? 戦略の転換が生んだ新型「フィアット500ハイブリッド」は成功を得られるのか? イタリア在住の大矢アキオが、時代の都合で心臓部を置き換えた歴代車種の例を振り返り、“エンジン+MT”という逆張りな一台の未来を考察した。
-
NEW
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。