第620回:「スープラ」&「Z4」にもう一台の兄弟車が!?
大矢アキオ、自動車業界の“もしも”に思いをはせる
2019.09.06
マッキナ あらモーダ!
ドラえもん、あのひみつ道具貸してよ
フォルクスワーゲン(VW)グループのCEOおよび監査役会会長を務めたフェルディナント・ピエヒ氏が死去した。82歳だった。ドイツの『ビルト』紙が伝えたところによると、2019年8月25日にドイツ・バイエルン州ローゼンハイムのレストランで妻のウルスラ氏と夕食をとっていたところ体調が急変し、搬送された病院で死亡したという。
ピエヒ氏といえば、1998年にブガッティとランボルギーニ、そしてベントレーを相次いでVWグループ傘下に収めた人物。当時、ヨーロッパの新聞は、「VWの高級ブランド品ショッピング」といった見出しで報じたものだった。
もしもピエヒ氏がいなかったら?
ふと筆者が思い出したのは、藤子・F・不二雄による漫画『ドラえもん』に出てくる、主人公ドラえもんが使う“ひみつ道具”の「もしもボックス」である。
形状は公衆電話ボックスのようだが、中に入って受話器を取り、「もしも◯◯が△△だったら」というふうに条件を告げると、そのとおりの世界が展開されるというものだ。
今回は、そのもしもボックスを、イタリアを取り巻く自動車界に当てはめてみたい。
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藻くずと化していた
まずは、その「もしもピエヒ氏がブガッティやランボルギーニを救わなかったら」である。
1987年にイタリア人実業家ロマーノ・アルティオーリ氏によって復興されたブガッティは、1995年に不運にも破産している。アルティオーリ氏自身が筆者に語ってくれたことだが、ライバルメーカーの圧力によって、サプライヤーからの部品供給が停止されてしまったのが原因だった。兵糧攻めである。
もしもその後にピエヒ氏がブガッティを救わなかったら、ブガッティは名門ブランド復活企画の失敗例の一例として葬られていただろう。アルティオーリ氏もブランド復活のきっかけを作った功労者ではなく、単なる失敗者という評価を下されていたに違いない。
ランボルギーニもしかりだ。同社の歴史をさかのぼれば、創業者フェルッチョ・ランボルギーニ氏が1972~73年にかけて経営権を段階的に手放したあと、スイス人実業家、公的整理機関、フランス人実業家、クライスラー、マレーシア資本のメガテック、そしてインドネシア資本のVパワーと、25年間で6回もオーナーが変わっている。
1998年の世界乗用車生産は、前年比0.7%減であったが、2000年には4000万台を突破。その後5000万台に向かってまい進していく。
ダイムラー・ベンツとクライスラーが合併し、大西洋をまたぐダイムラー・クライスラーが誕生したのも1998年だ。
傍らで、ローバーは英国モーターショーで「75」を発表したものの、その2年後にBMWは、ローバーの将来に見切りをつけてしまう。
世界の自動車業界で徐々に勝敗が明らかになろうとしていた時期でもあった。
もしもそのときにピエヒ氏が、ランボルギーニをアウディの傘下に組み込んでいなかったら? 2010年のボルボのように、中国企業の傘下に組み入れられていたら?
開発や品質面でVW&アウディと実現したようなシナジー効果は得られなかったに違いない。結果としてアウディと基本を同じくするV10エンジンを搭載し、総計1万4022台もつくられた「ガヤルド」のようなヒット作には恵まれなかっただろう。
フェラーリはもちろん、スーパーカーの世界ではマクラーレン、パガーニといった新興ブランドに対抗できず、大海の藻くずと化していたことが容易に想像できる。
次は、他のイタリア系ブランドでも、もしもボックスを使ってみることにしよう。
アルファ・ロメオの“もしも”
もしもボックスを使ってみたいのは、やはりアルファ・ロメオである。
2019年6月に発表されたデータによると、2019年上半期におけるアルファ・ロメオの欧州販売台数は2万9336台で、前年同期比で41.6%減である。2019年ジュネーブショーで公開されたコンパクトSUV「トナーレ」の一刻も早い発売が望まれる。
思い出すのは、2018年に突然この世を去ったフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)のセルジオ・マルキオンネ前CEOである。彼の現役時代にヨーロッパのメディアは、彼がジープやマセラティなどと一括でアルファ・ロメオの売却を模索していると、たびたび報じた。ただし当時の報道は、交渉相手の中国系企業からはジープブランドのみの取得を打診され、交渉は頓挫したと伝えた。
そのいっぽうで彼は、アルファ・ロメオをF1に復帰させるなど、同ブランドのバリュー向上を最後まで図っていた。
そこで考えられる「もしも」は、過去にアルファ・ロメオの岐路となった、いくつかの経緯である。
ドイツの『アウトモービレ・ヴォッヒェ』誌は2010年、あるVW幹部の話として、同社がアルファ・ロメオの取得を模索していると報じた。それに対してマルキオンネ氏は、即座に売却の可能性を否定した。
いっぽう2019年3月、VWグループのヘルベルト・ディース社長は、イタリアの経済紙『イル・ソーレ24オーレ』の取材に「現在は社内の取り組みに集中すべき」としてFCAの買収を否定している。加えて、記者の「アルファ・ロメオやマセラティのみの取得に関心はあるか」との質問に対しても「プレミアムブランドはすでに保有している」と否定している。
実は「もしもアルファ・ロメオがVWグループ傘下に入っていたら」と考えるイタリア人エンスージアストは、決して少なくない。そうした彼らに、思い描く“VW系のアルファ・ロメオ”像を聞いてみると、現在のアウディのようにラインナップ豊富なプレミアムブランドである。
アルファ・ロメオに関して、もう少し時計の針を戻してみよう。
1986年、第2次世界大戦前から同社を傘下に置いていた産業復興公社(IRI)がアルファ・ロメオの売却を決定したときだ。フォードとフィアットが争い、最終的にフィアットが取得した。もしもあのとき、フォード傘下になっていたら?
のちのボルボやアストンマーティン、ジャガー、ランドローバーと同じく、フォードのプレミアム・オートモーティブ・グループ(PAG)に組み入れられていたに違いない。
しかしそのフォードは2000年代に入ると、業績不振により、PAG各ブランドを次々と手放していく。アルファ・ロメオも、新たな受け入れ先を探してさまようことになったと思われる。
実はその前のIRI時代末期にアルファ・ロメオは、日産との合弁で1983年から「日産パルサー」をベースにした「アルナ」を生産した。
1987年までの5年間の生産台数は約5万台にとどまり、前述のフィアットによる買収のため、後継車の計画は持ち上がらなかった。イタリア人のなかでも、よほどカルトなエンスージアストでないと、その名前を覚えていない。
もしもこの合弁計画が成功していたら? 日産はさらなるコラボレーションを進め、「GT-R」の姉妹車がアルファ・ロメオから発売されていたかもしれない。また、日産が2000年代以降進めてきたSUVラインナップの拡大にアルファ・ロメオが便乗。「日産ジューク」の兄弟車として、小ぶりなアルファSUVがいち早く誕生していたと考えると面白いではないか。
ただし、1999年に日産がルノー傘下入りしたとき、カルロス・ゴーン氏がアルファ・ロメオブランドを残していたかどうかは疑問が残る。
なにしろ当時アルファ・ロメオの売れ筋は1997年登場の「156」のみ。「147」は翌2000年の登場で、その大ヒットはまだ予想できなかったからだ。
日本メーカーとの関連でも「もしもボックス」を使ってみよう。
デ・トマゾから「スープラ」の姉妹車
最後の“もしも”は、デ・トマゾである。
2003年に創業者アレハンドロ・デ・トマゾ氏が死去すると、妻が会社を継承したものの翌2004年に清算されてしまう。
2009年にその商標を買い取ったイタリア人実業家アレサンドロ・ロシニョーロ氏は、ピニンファリーナデザインのSUV計画を立ち上げた。しかし計画は実現されないまま会社は倒産。ロシニョーロ氏には公的機関の資金援助を不正に取得したとして、懲役刑が科せられてしまう。
その後、香港系企業が商標を取得。2019年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードおよびペブルビーチのコンクールで「P72」を発表したが、現段階では限定生産を前提としたスーパースポーツであり、完全なるデ・トマゾ復活と認めるにはもう少し時間が必要だろう。
アレハンドロ・デ・トマゾ氏は最盛期、デ・トマゾとマセラティ、そしてイノチェンティの3ブランドを擁していた。
そのひとつであるイノチェンティは、シティーカー「ミニ」用のエンジンとして3気筒1000ccエンジンの供給を受けるため、1981年7月にダイハツと調印している。
イノチェンティ・ミニのダイハツ製3気筒エンジンは、従来のレイランド製4気筒エンジンよりもよく回り、かつ信頼性が高かったことから好評を得た。それは今でも元オーナーの間で語り草となっている。
いっぽうダイハツも1984年1月、2代目「シャレード」にスポーツ仕様「デ・トマゾ ターボ」を追加している。
だが、その後イノチェンティは、マセラティとデ・トマゾの不振が足を引っ張り、1990年にフィアットに売却される。
当時の複数の関係者の証言によるとアレハンドロ氏は、フィアットではなくダイハツへのイノチェンティ売却を希望していたという。
実際には、当時のイタリア政府は、現在と同じく外資の参入を極めて警戒していたから、実現の可能性は限りなくゼロに近かっただろう。
だが、もしもダイハツが、場合によってはトヨタとともにイノチェンティを救済していたら? その後アレハンドロは、デ・トマゾブランドもダイハツに譲り渡していたに違いない。
ダイハツは「コペン」を手始めにデ・トマゾ仕様を連発。さらにデ・トマゾは、トヨタの潤沢な資金と技術をもとに、「スープラ」および「BMW Z4」の姉妹車として、魅力的なニューモデルをリリースした、と考えるのはいかがだろう。
まあ、そういう派手なことに踊らないのが、ダイハツのいいところなのだが。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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